第八話 逃走劇~美濃國、稲葉山城下井ノ口~
北、南近江と美濃の国境砦にて関料を払い美濃の井ノ口へやって来ていた法師達は、斎藤利政(後の斎藤道三)が美濃国主である土岐氏を追い出し稲葉山城下にて楽市楽座令を出してから数年たった稲葉山城下に来ていた。
「母上、話には聞いていましたが結構な繁栄ぶりですね。井ノ口で一旦行商か露店商でもして日銭稼がないと美濃ー尾張の国境関を通れないですがどうしましょうか。」
「近江物を使って露店を開くしかないです。一ヶ月は露店しないといけないような。」
法師は母上に露店商をするかしないか聞いていると母上は露店を開くにしても一ヶ月開いてみないとわかりませんよ?と言ってきた。
三好家からの直接的な手は出なくても間接的に山城國を納める足利将軍家、近江國(南)南近江守護大名であり佐々木源氏嫡流六角家、近江國(北)北近江佐々木源氏庶流の京極氏を追い出した北近江の国人で京極家の家臣である浅井家、美濃国守護土岐家、斎藤家から何かあるかも知れないと言うことだ。
ただの三好家家臣であり、領地横領も有るので何があるかわからないが、間接的には無いと思っている法師は一ヶ月という期間を聞いて迷っていた。
実は、関を越えれるだけの銭は管理者から貰った十万貫あるので余裕で関は越えれるが、あまり使いたくないのが法師であった。
「七日間様子見では良いのではないのでしょうか。」
お菊はそう言ってその案にちゃっかり乗った法師が七日間だけ、堺、京、南近江産の土産物を露店で並べた。
人通りの多いところで露店を開いたお陰か、七日間で三貫八百文七十銭也(八万三千七百円也)を稼いだ。
「これで、関をわたれます。」
そして、井ノ口にある宿屋で今後の事を母上、お菊、法師、を交えて話し合った。
「母上、今後の事を話し合っておきたいと思います。尾張に入ったら南部にある織田家に私は仕官したいと思っています。最初はただの一兵卒やと思いますが…。」
「法師の好きになさい。母は貴方についていくだけですよ。」
「菊は、法師様の母上様の側使いです。」
「しかし、法師やそなたまだ、七歳よ?まだ八年は私の近くに居なさい。で、菊。貴女は、私の事は母と思いなさいって言ってるでしょう!」
その後、宿屋で一夜を明かした法師一行は美濃と尾張の国境沿いにある砦に関料を払い尾張国内に入って津島にて、法師が何処から稼いできた十万貫を使って母上を、店頭 に据えて母上とお菊の美貌を使って小物店を営んでいた。
この時、天文八年(1539年頃)であった。