容疑者Uの告白「俺は花火師になる!」
一番の後ろを歩きながら、前を歩くメンバーを観察する。どうやら問題なく進行しているようだ。
会長が言っていた案内ももうそろそろ終わりに近づいているのだろう。外の陽の光もかなり傾き始めている。黄色かった太陽の光はいつの間にか赤い色を帯び始めていた。
廊下を進む一団はそのまま階段を登り、屋上へと出ていた。
「さて、最後の案内の場所は屋上なんだけど、ここは普段あまり使う人がいなくてね」
運動部軍団の一人がそう言いながら、こっちを見ている。アイコンタクトとでも言えばいいだろうか。まあ意図はなんとなく理解した。
「ここからは、この屋上をよく利用する松本と竹本に説明してもらいます。それではよろしく」
軽いノリで説明を、と言われても説明のしようがないのがこの屋上という場所だった。
危険だからあまりはしゃぎすぎるなとか、昼寝をするには最高の場所だということくらいしか思い浮かばない場所である。
一斉に向いた新入生の視線が痛い。視線が痛いと感じることはそうそうないが、無垢な期待の目を裏切れないというプレッシャーがよりそれを助長させる。普通の視線の何倍も痛い。
「それじゃ、まずは注意事項かな」
ひとまず、屋上を使う上での注意事項から始めようとしたその矢先、「ちょっと待った」という聞き覚えのある声が屋上に響いた。
聞き覚えがあるし、できれば今日一日聞きたくなかったその声に頭痛がするレベルなのだが、声の主は、ヒーローか悪役気取りか。こちらを一切気にしていないことだけは理解できる。こちらの身としては悪魔の類に分類したい。
ともかく悪魔は、その声とともに姿を現した。
さて、屋上の仕組みというものをよく知っているという方はあまりいないだろう。それどころか屋上という場所に足を運ぶ機会がそもそもない人もいる。そこらへんが普通の学校との差だったりするのだが、それはおいておくとして、どの様なものがあるのかを思いつくだろうか。
出入り口に、給水タンク。二メートルほどのフェンス。たいていはこのくらいだ。そこらへんは我らの学校も違いはない。
それでは、声の主はこの時どこから声をかけてきたのか。真っ先に思いついたのは出入り口の上。それほど高くない出入り口の上には脚立などで足場を作れば、何の問題もなく登れるものだ。しかしそこに奴の姿はない。
「おーい、ここ。ここ。ここだよ」
間延びした声の発信源は円柱型の給水タンクの上。笑顔で手を振る奴がそこにいた。
「梅本。お前ってやつは」
運動部軍団の一人が呆れるように言い放った。実際、新入生も合わせたこのグループの中で梅本を知っているのは、俺たち案内組と一部の中学からのエスカレーター組だけだろう。林田も竹本の隣でうんざりした顔をしている。うんざりした顔をしながらもその腕は竹本を離さない。巻き付いている腕はまさに蛇が獲物を締め上げているがごとく。
「それで?梅本。お前は何をしに来た」
「何をしにって今年の可愛い後輩たちを見に来たんじゃないか」
顔だけは整っている梅本がタンクから梯子から降りながら格好つけるようにそう言うと黄色い声が飛ぶ。だが、なんというか降りながら、俺たちに背を向け、梯子を下りながらそう言うので、なんともシュールだ。特に顔だけをこちらに向けているところなど猿のような印象だ。
よッという掛け声とともに最後の数段を飛び降りると、またも何も知らない新入生から拍手がわく。
「タケッチ、まっちゃん。お疲れ様。それと新入生諸君入学おめでとう。あれ?ハナハナもいるおひっさー!」
「梅本先輩お久しぶりですけど、その登場はちょっと痛くないですか?」
「ん?全然痛くないよ。ぴんぴんしてくるくらい」
二人のかみ合わない会話を聞いていると毎度のことながら頭が痛くなる。
そうしているうちに近づいてくる梅本は貯水タンクと俺たちの中間ぐらいの距離まで歩いてきていた。ようやく逆光でなくなったため、梅本の姿が分かりやすくなる。学校指定の制服、まあそこら辺はおかしいところはない。
だが、その両手に持っているものはなんだ。大きなビンのような形の何かを両手に持っている。
夕焼けをバックに歩いてくるためか顔が暗くてよくわからないがいつも通り笑顔をその顔に張り付けているはず。
影のシルエットがどこかのB級映画の化け物のような様相だ。
「おい、梅本」
竹本が率先して前に出る。それと同時に腕にしがみついていた林田も離れる。なんか危険を感知したのだろう。勘のいい奴だ。
「どうしたのタケッチ」
「その両手にあるのはなんだよ」
いまこの場にいる人間全員の疑問であるはずのそれについて触れる。
「これ?」
右腕を上げてそれを俺たちに示す。当の本人は首を傾げながら、なんだろな?なんだろな?とおちゃらけたようにつぶやいている。作られた無邪気さが余計に不安感を増幅させる。簡単に言えば不気味だ。映画に出てくる悪役ピエロのようにしか見えないし、もしかするとそれよりも厄介だ。
運動部連中に視線を移すとどうやら新入生組に危害が加わらないように盾のように並んでいるのが分かる。少しずつ距離をとるように下がっているのも分かる。
その中の一人が手を合わせている。錬金術?そんなわけがないよな。
うん、分かるわ。俺と竹本であの無邪気なピエロを止めろってことだろう。実際、そこらへんが俺たちの今回の役割だ。
簡単に言えば、生贄。ゲームならばタンクの役割、それも生きる望みがほとんどない。
ここはおれに任せてお前らは先に行けと叫ぶ仲間Aの役割だ。
爆弾処理班の気持ちってこんなもんなのかな。
「で、竹本。ここからどうするつもりだ」
「どうしようも何もあいつを力づくで止める。あのビンみたいなやつがなんなのか分からないのが厄介だけどな」
竹本の隣によって聞いてみるが、これといった打開策はないようだ。どちらかというと速攻、拘束、作戦成功という感じの脳筋発想に近い。まあ今の現状だとそれぐらいしかできないよな。
「おい、梅本。ひとまずその両手にあるやつ下ろせ。何が入っているかは深くは聞かないでやるから」
どうせ深く聞いたところでバカバカしさに涙を流すことになりそうだから聞く気にはならないが、とりあえずそう言っておく。噓も方便とやらだ。使い方があっているのかは知らんけど。
「けど、これって新入生へのレクリエーションでしょ。ここは一発先輩からのプレゼントということで」
「「おまえからのプレゼントは絶対にいらない」」
俺と竹本がシンクロする。シンクロ率100パーセント。
こんなところでシンクロしたくないけどこれには絶叫してでも否としたい。
入学初日の縁起のいい日に何をやろうとしているのか目の前のバカは。
だが、後ろの新入生たちはプレゼントと聞いて拍手やら、黄色い声やらを上げている。
しっかりと聞いてやがったか。これには溜息しか出ない。
「うんうん。盛り上がっているね。それじゃ行ってみよう」
そう言いながら、梅本はポケットからマッチを取り出す。
マッチ?
流れるような手際でマッチに火をつけるとそれをビン状のものの中にいれる。
いやな予感がする。さっきの梅本の行ってみようが逝ってみように語彙変化されるくらいには嫌な予感がする。隣の竹本を見ると顔は青くなり、額には汗が噴き出している。
「おい、竹本。どうした顔がやばいぞ。具体的には言えないが、ひとまず人に見せちゃいけない顔になっている。何があった」
機械のような、それこそガシャンガシャンと音が聞こえてきそうな動きでこちらを向くとまず一言。
「やらかした」
「は?」
二言目。どうぞ。
「やらかした」
「うん、何が?」
「オレ、アレシッテル」
片言でしゃべる奴だとは思っていなかったがゆえに反応が遅れる。それにしても今、こやつはなんと申した?シッテル。シッテル。知ってる。
「おい、知ってるってどうゆうことだよ。説明しろ」
そう言った瞬間にドンと大砲のような音が響く。ビン状の物から何かが打ち出された。どこに向かってか。
お空に向かってだ。
「はははははははははははっはははっははははははっは。新入生のみんなにこの梅本からサプライズだ。受け取ってくれ」
笑いながら、手に持っているビン状のものを地面に置くとそこから世界陸上の選手のような美しいフォームでそのビンから離れる。どんどん離れて屋上の端まで到達すると俺らに向かって一言。
「それ爆発するぞ」
なんとなく嫌な予感がしていたが、最後の最後に特大級の爆弾を用意していた。まさに文字通りの爆弾を用意しているとは思わなかった。
「早く非難しろ。校舎の中に逃げ込め」
怒鳴るように運動部軍団の一人が言うが、新入生は誰一人として動けない。この事態に慣れてないというか慣れろというほうが酷だろう。
「遼、放心状態の子たちを抱えて校舎の中に逃げろ」
言うが早いか。俺はビンに向かって走り出す。こんなところで爆発してみろ。確実に説教部屋直通ルートじゃねーか。
手に二本のビンを持ち、それを空高く投げる。ビンは思ったよりも軽くガラスのように見えていたが柔らかい材質だ。
「吹っ飛べ」
そう吠えるとそれに呼応するようにそれが爆発する。だが、爆発というにはしょぼいそれ。空気が抜けたような音とともに赤に緑に黄色にと色を変えながら降ってくるごみが散らばる。落ちてくる様は少し花火のように見えるが、実際、中には何を詰めてどうするつもりだったのか。そこらへんは改めて聞く必要がありそうだ。
「そうだよな。そこから逃げようとしている梅本君よ」
こそこそと逃げようとかに歩きをしているそいつと目が会う。やっちまったなって顔をしながら、アハハと笑う。あはははと豪快に笑う。反省の色はどうも見えない。どうやら少しばかり痛い目に合わないと気が済まないようだ。
どちらかというと俺の気が済まない。こんなにいろいろと考えて、いろいろと注意深く警戒しながら歩かなくてはいけなかった俺の身にもなってほしいものだ。今日一日だけで胃痛になるかと思うほどに注意深く歩かなくてはいけなかった。
「いやいや、投げちゃだめだよ。爆発はするけど、あれの中身はねずみ花火なんだよ。投げちゃったらねずみ花火の意味がないじゃないか」
どうやらここでネタバラシ。ドッキリ大成功ってことにしておきたいようだが、いかんせんこちとら少しも許す気にはならない。
今頃、下にいる保護者や教員も屋上でおかしなことが起きていることに気づいて来る頃だろう。それまでこいつを逃げないようにしておくのが俺の役目だ。なんて言いながらも後ろにも心強いお仲間たちがたくさんいるのだが。
「さて梅本、すこしばかりはしゃぎすぎたな。昨日俺にやらせた花火制作をこんなことで使うなんてわかっているんだろうな」
ガチでキレかけている遼を見るのも久しぶりだななんて思いながら、ほかのメンバーに目を移すと誰もかれもおでこに怒りのマークがあるように見える。今回ばかりは少しばかりやりすぎたと思っているのか梅本も静かになっている。
ドアの向こう側にこちらをうかがい見ている林田ら一年生の諸君が見えた。君たちこれがこの学校一の問題児君だ。顔と名前とあとその他諸々を覚えておいて関わらないようにしてほしい。何人かすげえと言っているが気のせいだと思いたい。あんな奴に弟子なんかできたら今度こそ胃に穴が開く。
遼は無言で梅本に近づくと、その分だけ梅本も距離を取る。近づいて、それに合わせて距離を取って、また近づいて離れて、繰り返していくうちに徐々に梅本は追い込まれていく。
まあ、今回は本気で怒っている遼さんにここは譲るとしますか。俺は梅本が逃げられないようにドアの前に陣取る。
「まあ、そういうわけだ。神妙にお縄につく覚悟はできているか。答えを聞く気はないけど」
遼は数年前の変身ヒーローの決め台詞のようにそう言うと危険を察知したのか梅本が逃げる。どうやらただでは捕まるつもりはないようだ。
「追え、奴を追え。この空間から生かして返すな」
それに行動を示すように全力で追いかける運動部軍団とプラスアルファの一。
新入生を置いてきぼりにした鬼ごっこは生活指導の教員が来るまで続いたとさ。