罠にはめても、はめられるな パート1/2の純情
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「ええ、では漫才でもお願いします」
「「無理だ」」
場所は変わって、職員室。と繋がっている校長室。
目の前に座るその人は、言わずとも校長先生です。白髪の多いおじいさん。口髭。眼鏡。全体的によぼよぼ。外見的要素はそれぐらいであろう。頭はまだ太陽光を反射させるほどではないようだ。それは置いておくとして、全力で俺たちは突っ込んだ。このトンデモ校長の思い通りにさせてはならないと。時々とんでもないことをジョークで言ったり、ガチでやらせたりする目の前の爺さんに。
「というのは、冗談でして、入学式後に各クラスごとに施設案内をするのですが、生徒会役員だけでは足りないので、お手伝いしていただけないですかね」
眼鏡を少し上げるような仕草をしながら校長先生は言う。目の奥が眼鏡で反射して見えないところとか様になりすぎている。どこかの世界では組織のボスに君臨していたのではないかというほど似合っている。
その様変わりは異様ともいえる。先までジョークを口にしていた人間が、一人の大人として話す。うん様変わりが怖い。某司令官のように手を組んで机に肘をつけてもらえたらそれだけで、ゲンドゥになれるよ。
と内心で軽口を叩かないとやってられない。その姿に背に氷を入れられたような感覚になる。何度見ても慣れない。
「えっと、じゃあ俺たちは施設案内をすればいいんですね」
惚けていた俺とは違い、あいつは既にその依頼に関して話を進め始めていた。
鈍感と言えばいいのか、強心臓と言えばいいのか。呆れればいいのか、尊敬すればいいのか。
「ええ。そうなります。それに生徒会の皆さんより施設の利用方法が分かるのはあなたたちですからね」
少しばかりの皮肉をそれとなく入れてくるあたりさすがというべきか。施設をいろんな意味で利用しますからね。俺と隣のバカは。
「そうですね。施設はよく利用しますからね」
それを皮肉とも気づかずにそのまま受け答えする隣のバカ。さっきまでどっかの悪役のような雰囲気をまとっていたのが噓のように、毒気を抜かれたような顔をし、いきなり笑いをこらえるようにする白髪のおじいさん。それに何がなんだかわからないという顔をするバカ。
「えっと、どうかしましたか?」
「いえ、なんでもありません。少しばかり思い出し笑いを」
ホントに何で笑っているのかわからないということなのか。首をかしげる仕草をする隣のおバカ君。やめろ、その仕草はお前には全然似合わないし、気持ち悪いし、ホントに気づいていないのか。俺の腹筋がクラッシュする。校長も校長で、思い出し笑いと言いつつ、笑い続ける。もらい笑いという言葉があるかは知らないが、俺の現在の状況を表すならそれが妥当であろう。笑いは誘発するということを俺は身をもって実感した。
「えっと、それではよろしくお願いします。松本和輝君。竹本遼君」
「はい!承知しました」
笑顔で答える遼の隣で俺は腹を抱え込んだまま動けなくなっていた。
「それにしても、あいつは来なかったんだな」
「なんかやることがあるってさ。俺はよく知らんけど」
ところ変わって、待機室代わりとなっている生徒会室。俺たちの仕事まではまだ時間がある。具体的には一時間かそこらぐらい。目の前には入学式の最終確認のために忙しく動き回る教員と生徒会役員。さすがに座ったままで何もしないでいるのも良くないので手伝おうとしたところ「うれしいんだが、少し動きが複雑でな」ということでやんわりと却下された。仕方ないといえば仕方がない。この入学式のリハーサルを何度もしている連中の中に素人が入っても邪魔になるだけだ。そのあとに「松竹梅の松と竹に任せたらどうなるかわからないし」というつぶやきが俺には聞こえたのだが何かの間違いだろう。聞き間違いだといいなぁ。
その言葉を発した生徒の周りの人たちが俺たちをかわいそうな人を見る目をしていたことは見間違いだといいなぁ。ちょっと俺たちに対しての態度が何か危険物を扱うような感じなのも勘違いだといいなぁ。
現実逃避して心ここにあらず状態の俺を尻目に隣では出されたお茶を飲み続けるバカ。
「おいおい、そんなに飲んで途中でトイレ行きたいとか小学生みたいなことするなよ」
「いや、それはさすがにそれはやんねーよ」
「そう言いながら、また注いでるし」
「だってこれ会長が買ってきてるやつだろ。会長、センスいいからなぁ。お茶もうまいし」
「そういうことは本人に言ってやれよ。会長さん喜ぶだろうし」
首を傾げながら、俺が言って喜ぶのか? なんてつぶやいている。そういうところが鈍感だって言われるんだよっとツッコみたくなるが、我慢我慢。おれはできる子、我慢がちゃんとできる子だ。
手持無沙汰になった俺もお茶を飲む。どうやら遼が言っていることは正しいようだ。お茶についてそれほど知っているわけではないが、本当においしいということでだけは分かる。センスがいいというのは事実のようだ。
「そういえばさ」
少しばかり心配そうな顔をする遼。
「ん?」
「梅がなんかやらかしそうな気がするんだよな」
そう言った遼の顔から少しばかり血の気が引いているようにも見える。俺も同じような顔をしているのではないか。背中のあたりを冷たいものが流れていく。汗かな。汗だな。だけどこれは冷や汗かな。
先ほどから話題には挙がっていたあいつこと梅本。
遼が気にするのも分からなくもない。あいつが最も理解できない。
一言で言い表すなら変態。それも生理的に嫌なタイプというわけではなく、行動の一つ一つが突飛と言えばわかるだろうか。行動理論が読めない。行動のそれが宇宙人じみている。ゆえに変態。神出鬼没にして摩訶不思議。この世の不思議なことのすべてに関わっているのではないか?
これはさすがに言いすぎか。
その存在はまさに妖怪のようであるというのは否定できない、肯定してもいいんじゃないのでしょうかね。
性別は男。今更感があるが、変態は性別ではない。あいつにとってはそれが性別でもいいのだろうが。
この学園一の問題児と言える。俺ら三人合わせてバカ三人組と言えるかもしれない。
実際に「松竹梅のバカトリオ」というのが俺たち三人に対する愛称のようなものであろう。
俺や遼が一緒くたにされるのも奴の悪ふざけに少しばかり乗ってしまい、すこしばかりやらかしたがため。さすがにその後はある程度は自重しているが奴の場合はそこから発展させていく。
彼曰く「ここからが本当の始まりだ」だそうだ。引火したら連続的に爆発する爆弾みたいなやつというのが俺からあいつに対する評価だ。まさに世界の火薬庫もびっくり! 通常の火薬どころかニトロもあるんだよって感じだ。
さてそんなやりたい放題のやつが入学式の日に仕掛けてこないだろうか?
仕掛けないわけがない。
さすがに保護者がいるところや学園の理事がいる前では仕掛けないとは思うが、生徒だけになったときはどうであろうか。
九割仕掛けてくる。エンターテインメントが好きなあいつのことだ。相当手の込んだ仕掛けを作ってくるであろう。保健室をお化け屋敷に変えるようなことぐらい気分がいい時のあいつは朝飯であろう。
さて、生徒だけになる時間はいつでしょうか?
答えは、学校施設案内の時です。
俺たちが担当するのは?
学校案内です。
QED証明終了。あれ、目の前が真っ暗になってしまった。
「なあ、遼。俺調子悪くなってきた。帰っていいかな?」
「何言っているんだい?俺が先に帰るに決まっているじゃないか」
立ち上がろうとした俺を止めたのは隣に座った男。俺の手を握って離さない。
「申し訳ないがその手を離してくれないか。少しばかり目の前がまっくらになってしまってね。ポケ○ンセンターに行かないといけないんだ」
手は離れない。
それどころか手に痛みすら感じる。こいつ、力を入れてきやがった。
「手を離してください」
反応がない。ただのしかば、いや先ほどより手に力が相当入っているようで手がかなり痛い。生きてる、こいつ生きてやがる。
だが彼の顔は見えない。どうやら暗く沈んでいる。どういうことだ。ひとまず。
「手を離せこの野郎」
「放すわけがねーだろ。生贄が逃げっちまうじゃねーか」
どうやら彼の中では俺は生贄枠だったようです。いつから生贄になったのでしょうか。
「ふざけるな!俺は急いで帰らないと瀕死状態からデットエンドになっちまうんだ」
「知るか! 俺だって生きていたいんだ」
さてお気づきの方もいらっしゃるだろうが、ここまで騒いでなぜ生徒会役員が注意しないのか。
二人そろって帰ってしまえばいいのではないか。そう考えた人も多いだろう。しかし、現状はうまくいかない。世の中は不条理にあふれている。
「どっちか生贄として残らないとダメなんだったらお前が残れ!」
「断る。あいつを止められると思うか、俺は思わない。生徒会役員だけでは、あいつを止められない。俺が残るのは確定だ。だって、承知しました! とか調子いいこと言っちゃったし」
俺たちの現状は生徒会役員に囲まれているという状態。
二人で逃げようにも逃げられないし、変なところで真面目な遼は校長に「承知しました」と元気よく、本当に元気よく言ってしまったばっかりに引くに引けないのでやることが確定。ああ、だからさっき暗く沈んでいたのはそれに気が付いてしまったからか。
では俺は?
俺は逃げてもいいはず。だって生贄がすでにいる。
しかし、逃げることができない。遼という生贄が俺の手を離してくれない。
遼の考えていることは手に取るようにわかる。自分一人ではあの変態に太刀打ちできない。かと言って生徒会役員たちでは太刀打ちできないし、最初からほかの仕事も兼任しているものが多い中で人海戦術も不可能。
ではどうするか。
俺という生贄をもう一人作る。
俺も同じ状態であればそれを考えるし、実行に移す。そう、あいつがやっていることは俺がやることと同じ。
先ほど、生徒会の連中が俺たちをかわいそうな人を見る目で見てきた理由がやっと分かった。
こうなることを初めから予想していたのか。だからこそあの目を俺たちは向けられた。あれは本当にこの行く末を知らない無垢でかわいそうな奴らに向けた目だったのだ。
「俺は生きて、ホームへ帰るんだぁぁぁぁ」
俺の無情な叫びは生徒会室に木霊したが、その声はすぐにかき消されてしまった。
「ふぇー、いやだよー行きたくないよぉ」
どこかのエのつく漫画でありそうなセリフ。現実逃避も甚だしい。
幼児退行したかのように駄々をこねる人間とそれを冷たい目で、ごみを見るような目で見つめる男、それを囲むようにドン引きしている一団。
真ん中で駄々こねる気持ち悪い人間がいた、と言うかそれは俺だった。
「絶対に行きたくない。地獄への一本道みたいなのに誰が好きで行くんだよ。ドエムぐらいだろ」
「それでもやるしかないだろ、やると言ったんだからよ」
「なんだその正論、その正論は俺を傷つける」
「言ってることが飛躍しすぎだ。サイコパスか」
「もういやぁぁぁぁぁぁ、帰りたいよぉぉぉぉ、何で梅本のドキドキわくわくタイムに付き合わないといけないだよ」
赤ん坊のようにいやぁと言いながら、駄々をこねる、精神幼児退行、体は青少年の男がいた。
「駄々をこねたところで変わらん、さあ行くしかないのだよ。死地へ」
「かっこいいこと言ってんじゃないよ。死地だと、俺たちは死ぬのか、おい、誰かこいつに突っ込みを入れてくれ。もしくは正気に戻してくれ」
「茶番劇はそれぐらいにして、用意しろ。もうそろそろ入学式の一切が終わるから」
生徒会の眼鏡の少年はそう言って、去っていく。エエー。