裏の暗躍……くくく、お主も悪よのう。 あ、深い意味はありません
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時間も変わって夕暮れ時。新学期早々に校長室にお呼ばれするという稀有な経験をする生徒が一人。まあ、俺の事なんだが。
常々とは言わないまでもかなりの頻度で共にいる遼と梅本に関しては、もうすでに帰宅の途についている。どうして俺だけが、と憎まれ口を叩きたくもなる。
「失礼します。高等部二年の松本です」
小学校の頃に職員室前に貼ってあった「職員室の入り方」という手本は、いまだに役立っているのか、忘れずにいる。これが普通の生徒であるならば、職員室という学校の中の異空間を扱うことが少なく忘れるものなのだろう。こうして忘れるどころかルーチンのようになるところが何ともおかしい部分ではある。
「はい、どうぞ」
中からの許可を聞き、「失礼します」と言いながら、中に入る。
「よく来てくれましたね。まあ、立ったままもなんだから座りなさい」
椅子に腰掛けている校長に言われるままに随分と高そうな長椅子に腰掛ける。
「松本君、昨日はお疲れさまでした。いやいや、昨日は大変でしたね」
「ええ、本当にいろんな意味で大変でした。最後に梅本にはしてやられた感がありますがね」
俺の言葉に校長は頷く。俺たちは実害という意味で大変であっただろうが、校長にしてみれば、学校の理事や父兄のいる前でやらかされたのだ。新学期早々、胃が痛くなりそうだな。
「本当にあの後が大変でした。理事会や、父兄からお怒りの電話が何十件もきましてね」
顔は穏やかないつも通りに見えるが、その言葉の節々に疲れや、苛立ちがいくらか見える。
梅本、本気で大丈夫なのかな。さすがにやり過ぎたら停学か最悪の場合退学もありうるかもしれない。
そんな俺の心配をよそに校長は、喋り続ける。やれ、養護教諭がまたバカをやった。ホントは腕のいい養護教諭であるのにあいつは悪ノリが過ぎるやら、梅本が毎度毎度やらかさないかを考えるだけで胃が痛くなる。というか、昨日の件は梅本が何かやらかす可能性しかないのだから松竹梅の松と竹、それに梅本の被害に遭ったことがあり、俺たちに面識のある運動部メンバーで揃えた対梅本ゴールデンメンバーだったのに防ぎきれなかった、なんでだよなど。
校長の愚痴が炸裂する。
「ほんと、何で彼を止められないんでしょうかね?」
そんなの分かり切っている。
「それが梅本だからです」
止められない波を無理に止めようとしても、防波堤が壊れてしまいます。暴風に抗おうとするとたいていひどい目に遭う。あれはそういう自然災害の類だ。
人型災害発生機とでも、名付けるべきだ。
校長は大きくため息を吐いた。
「それでもどうにかするために考えるしかないのだよ。そこで私は考えた。止められない台風なのであれば、その力を利用するしかないと」
話の矛先が少しずつずれていく。
あれ?
この流れは何というか、フラグ?
「具体的にはどういうことですか?」
嫌な流れだが、とりあえず聞いてみることにした。
「生徒会の一つの下部組織を作り、その中の一員として動いてもらうことにしました。その名もイベント企画部。 どうでしょう? 危険な核も使いようによっては有効に使えます。その理論を当てはめるのですよ」
俺の中の時間が止まった。
「はあ?」
開いた口が閉まらないということはこういうことを言えばいいのか。突然の謎の説明に校長の頭が遂にいかれてしまったのか思う。何かの冗談ではないのだろうか。さすがに、そんな突拍子もないことを言って、誰が信じられるだろうか。
「何を言ってらっっしゃるのですか?」
聞き返してしまう程度には意味が分からない。
疑問も疑問。大疑問でしかない。何がどうしてこうなって生徒会の一つの組織に属することになるのだ?
皆目見当もつかない。そして何よりその話を生徒会の長である生徒会長は聞いているのだろうか。
「ふむ、理解できていないようですね。一つずつ説明しましょう。まず、梅本君についてだ。彼は、ある意味で問題児だ。しかし、別の側面から見ればアイデアマンであるとも言える。そしてそのアイデアを彼一人で実行に移すだけの実行力もある。その実行力の所為で泣かされる結果になっているが、この実行力を別の形で活かそうと考えた」
「それで、イベント企画ですか」
「そう、そうなのです。彼には、今後ともイベントを企画してもらう。しかし、それを彼一人の独断で行うには危険が生じる。そのために組織の中に組み込むことにしたのだ。こうすることで、最低限の安全性は確保できる」
「まあ、生徒会の下部組織なら、生徒会の許可とかがないと好き勝手にはできないですからね。好き勝手やった場合にはそれ相応の罰があるような形にすれば、動きを封じ込めると」
「理解が早くて嬉しい限りだ。それに、生徒が発案のイベントごとであれば、生徒も盛り上がるだろう。私立の学校であるため、金銭的に活動の幅が広い。それにイベントが成功すれば、それは外部への広告にもなる、とここらへんは一生徒には言うべきことではないかもしれないな。オフレコで頼む」
「はあ、それで何で梅本本人ではなく、俺が呼ばれたんですか? それにこのことに関して生徒会長の森さんは許可しているのでしょうか?」
「君に話したのは、君にもこの話に乗ってもらって、梅本君の外堀を埋めてしまおうと考えたからですよ。それに森さんには一切話をしていないですよ」
これは内緒ですよなんて言いながらとんでもないこと言いだす。
とりあえず、籠絡しやすそうなところから攻めるってことですか。そうですか、それに生徒会長に話がいっていないということは校長自らの独断ということか、いやはや。
真ん前に座っている古狸はどうやら、一筋縄ではいかないようだ。
「随分とわたしの事を買っているようですがね。さすがに先生方には話を通していますよ。渋い顔をされましたけどね」
校長がその話を職員会議でしたときの先生方の姿がありありと目に浮かんだ。ある先生は、たぶん人造人間の某組織のボスみたいに顔の前で手を組み、微動だにせず固まるだろうし、学年主任辺りは貧血を起こしそうだ。
そうかと思えば、保健室の住人はぷげらと大爆笑しているだろう。
「ええ、ありありと想像できます。特に保健室のあの方とか」
「そうですね。けど、想像している二割り増しくらいで笑っていたと思いますよ」
どうやら彼女はセルフ酸欠がお好みのようだ。
「まあ、そんなわけで一緒に被害を減らしていきませんか?」
それは、あまりにも学校の校長室で行われるべき会話の締めではない言葉だった。