8.シルフィリアの実力
「どっちがいく?」
「私がやる。アラシにおいたしたんだもの、お仕置きしないとね」
「そうだな! じゃあ、オレはにーちゃんの守りに入るぜ!」
「よろしくー」
いつの間にかリーズがオレの前に立っていて、何かを掴んでいた。
それはリーズの手の中で激しく蠢いていて、リーズはなんのためらいもなくそれを握りつぶした。
飛び散る何かの肉片が辺りに散らばった。
「あぶねあぶね! アイツ、保護色で隠れてるから。にーちゃんは見えてないんだよな?」
「何が起こったのかも全然分からない……」
薄暗い森の中、身を隠す場所などいくらでもある。
そこに更に保護色なんて言われたら、見えなくて当然なんじゃないかと思う。
「にーちゃんを毒で動きを封じてしっぽで連れ去った後、おれたちを残してスタコラサッサと逃げてたと思うぜ!」
「え、なにそれ怖い」
「それがヤツの獲物の狩り方だからな!」
気持ちがいいぐらいに笑顔で恐ろしいことを言うリーズ。
すると、ミシミシと何かが軋む音が辺りを木霊する。
目の前にある大木が、形を変えていく。
いや――
そこに巻き付いた、全長がどれぐらいあるのかも分からない巨大な蛇が姿を表したのだ。
真っ黒な巨体をうねらせ、長い二股の舌を出し入れしながら、シルフィリアを見つめ続ける。
あんなのに巻き付かれたら全身粉々になるし、人間なんて簡単に丸呑みにされちまう!
「ダークネスマンバ。この辺に普通に生息しているんだけど、多分さっき狩ったホーンラビットを追ってきたんだと思う」
「……オレはアイツの獲物を奪ってしまったってことか?」
「そーゆーことかも! ナッハッハ!」
「笑い事じゃないっ!? じゃあオレを狙ったってことは――」
「そーゆーことかな!」
緊張感たっぷりの状況のはずが、リーズの笑い声で力が抜けちまった!
「エサを横取りされた腹いせって、心の狭いヤツだな!」
「人間ももちろんエサになるけど?」
身の毛もよだちました。
「まあ見てなって! シルフィリアのおしおきタイムを!」
リーズがそう言うと、シルフィリアを見る。
彼女の横顔がちらりと映った。
その表情は、いつもにこにこしているシルフィの表情と重なった。
「覚悟はいい? いいよね?」
無邪気に放つ言葉に、ダークネスマンバは何を考えていたのだろうか。
なんだコイツ? と思っているのだろうか。
いや、寧ろヤベェコイツ……と思っているのだろうか。
ヘビの気持ちは分からないけど、何にせよ目線をずらすことなくシルフィリアをただただ睨みつけていた。
「お気の毒だなぁ、あのヘビ」
「……」
ここは、ヘビにナムアミダブツを唱えるべきなのだろうな。
「逃げても良いんだよ? 逃さないけど!」
シルフィリアは動く。
手を広げ、言葉を紡いだ。
――我が風の力よ 集いて象れ 愚かな者を 裁く一条の矢――
そしてまるで弓に矢を番える構えを取ると、風が次々とその中心へと集まり弓と矢を象っていく。
美しいぐらいに輝くエメラルドグリーン。
見ているだけで、心が踊り続ける。
「詠唱あり!? そこまでしなくてもッ!」
ここで珍しくリーズは狼狽えた。
「風矢一閃撃!」
番えた風の矢を持つ右手が、弓の弦のようなものから離れていく――
ここまで来る強烈な風のうねり。
え、もしかして詠唱有り無しで威力が大幅に変わる、とか!?
ただ一直線に突き進む矢の軌道に、淡い緑が光り輝く。
そう言ってはみたけど、オレには突き進んでいった矢の速さについていけていない。
いや、眩い閃光が視界いっぱいに広がったのだ。
いつの間にかダークネスマンバの頭を貫く、どころか木を、また次の木を、と大きな風穴を開け続けていた。
頭を貫かれたダークネスマンバはその場に崩れ落ちたが、自然破壊が過ぎる結果となってしまったみたいだ。
「あーあ……やりすぎだぁ」
やれやれと言った様子で言うリーズ。
そしてオレは言葉を失っていた。
体をワナワナと震わせていた。
自然破壊であろうが、オーバーキルであろうが、オレは大感動している!
全身が喜びに震え、この光景を見せてくれたシルフィリアと、いるかどうか分からない神様に感謝をした!
してしまったのだ!
フェスタジアにやってきて、こんな大々的な魔法――いや精霊術を目の前で拝める日が来るとは――!
「アラシ、アラシ! 私、頑張ったよ!」
シルフィリアは満面の笑みを浮かべて駆け寄ってくる。
オレの前に立った時、オレは彼女の体を抱きしめた。
「え!? ちょ、アラシ!?」
「すごい! すごいぞシルフィリア! ゲームとか漫画とかの世界でしか体験できないものを生身では絶対に間近で見ることが不可能だと思えたものが現実に目の前で見れたオレは果報者だ! 幸せ者だ! オレはもう死んでもいい!」
「い、いやそんなに感動しなくても――って、死んじゃダメだよ!? というか離してー!?」
「あ……! わ、悪いっ!」
心が高揚してしまって、何も考えずにシルフィリアをだきしめてしまったもんだから、言われるまで気付かなかった。
今、変に意識してしまって、今度は別の意味で心臓バクバクだ。
シルフィの時とは違うのだ。
気をつけないと!
リーズはニヤニヤと意味深な表情でこっちを見ていたけど、気にしちゃいけない。
「で、どうするんだ? 木があんだけ穴だらけになってるけど」
「あ、だいじょうぶ! 時間が経てば勝手に塞がっていくし、被害もそんなにないと思うぜ!」
「へ? 塞がんの?」
「う、うん! 樹の精霊だから自己再生能力が高いの! だから、だいじょうぶ!」
「リーズがやりすぎだって言ってたけど、それなら安心だな」
「そうだぜ! まあ、シルフィリアが本気で精霊術使ったら、森自体が吹っ飛ぶかもな!」
「そ、そんなことはーーあるかも!」
「あるのかよ!?」
なんてやり取りをしてから。
ヘビ肉も美味しいというものだから、リーズは処理に走る。
そしてシルフィリアは防腐処理を施して、オレのリュックにポイポイとその肉を入れていった。
革も使えるので、それも一緒に。
ウサギのお肉とヘビのお肉、そしてヘビの皮。
随分と大量に手に入れているはずなんだけど、リュックの容量は大丈夫なのだろうか。
あらかた作業を終えると、随分と日が傾き始めているのだろうか足元が殆ど見えなくなりつつあった。
「そろそろ夜になりそうだぜ! ここらで今日は終わりにしようか!」
「そうだね、っと!」
シルフィリアはシルフィになり、懐から小さな筒のようなものを取り出した。
それを咥えて――
ピィィィィィィイイイイイイイ!!!
大音量の高音を吹き出したのだ。
あまりの強烈な音に鼓膜が破れそうだった!
笛を吹くなら吹くって言ってくれよ!
「お疲れ様でした、皆様」
「どわあぁっ!!!」
目の前にトレアがお辞儀しながら立っていて、寝泊まりした家がそこに建っていた。
もちろんオレは飛び跳ねた!
大げさかもしれないけど、突然目の前にトレアが現れ、ひたすら続く森の中にいきなり家が現れたのだ。
「え、スタート地点に戻ったってこと?」
「そんなわけないよ! ちゃんと今日一日歩いて着いた地点にトレアと隠れ家を呼び出しただけだから!」
とシルフィは言い残してさっさと家に入っていったのだった。
「めーし! にーちゃん、早く入ろうぜ!」
「あ、ああ……」
背後を振り向くと、穴だらけだった木は一本も見当たらず、広大な草原へと変貌していた。
なるほど、隠れ家って、こういうことなんだってオレは理解できた。
便利すぎるじゃないか、移動する家とか!
テント不要だし野営する必要もない!
改めて、異世界凄いと数度目の驚きを味わったのだった。
――はらぺっこ精霊とオレの日記――
アラシ:今日はトレアにアドバイスしたら、ちょっと工夫して調理してくれたみたいで香草の利いたソテーのようなものだった。ウサギも蛇も、どちらもあっさりしてて美味かった。ただ、リーズとシルフィに殆ど食べられてしまったのが残念。
リーズ:アラシがはじめて狩ったうさぎの肉の味はわすれないぜ!
シルフィ:アラシを狙ったヘビ許すまじ! 肉は相変わらず淡白でヘルシーだったからよしとする!
◇◆◇◆◇
森を歩き始めて六日目。
「あれ?」
後数歩歩くと、森を抜ける様だった。
向こう側に、明らかに木の密度が薄くなっていた。
「お! 抜けたんだ!」
リーズはぴょこんと飛び跳ねて先へ行く。
オレも後をついて行くと、森を抜けた――
「おおお!?」
森の薄暗さはなくなり、日の光が燦々と降り注ぐ丘陵が目一杯に広がる。
そして奥には街らしきものがぽつりとあった。
「あれがスピリトの街だぜ!」
「やっと帰ってこれたね!」
いやぁ、長かった長かった!
魔物は次第に強くなっていくし、道の険しい場所が幾つもあった。
それらを乗り越えてきて、やっとここまで辿り着いた。
大きな門、そして沢山の建物、更にその先には――
「でけぇ……」
今まで見てきた巨木なんて、小物ばかりだと言わんばかりに堂々と優雅に立ち聳える大巨木がそこに鎮座していた。
「霊神木アイフォルーン。あの木の名前だよ!」
ペルケッタ大森林の中心地、そしてスピリトの街の象徴であり神木アイフォルーン。
話には聞いていたけれど、本当に神々しい姿だった。
近付くにつれて分かる。
その木がもつ雰囲気は、まさに抱擁。
優しい腕に体が包まれる、そう錯覚してしまうほど優しい力が伝わってくる。
こんだけ離れていてもその力が伝わるとか、どんだけ強い力を持ってるんだ……
「リーズ、変身忘れちゃだめよ」
「ああ、分かっている」
二人の口調が、随分変わった。
リーズは大人バージョンへと姿を変え、その場に凛と背筋を伸ばして立つ。
シルフィリアも、さっきまでの砕けた話し方を潜めて、大人の女性な雰囲気を醸し出す。
「アラシ、スピリトでの私たちの立場は、分かってるわよね?」
「あ、ああ」
「心配するな、兄ちゃ――アラシはオレたちに畏まることはしなくていい。いつも通りの態度で接してくれ」
うおおおお、違和感の塊で背中が滅茶苦茶痒いッ!
シルフィリアはまだいい! 大人バージョンで過ごしてきた時間も随分長くなったから慣れた!
けど、リーズだけは……リーズヴェルだけはどうしても慣れそうにない!
子供っぽい言動しかしらないからな!
あんな大人な言動は、リーズっぽくない! いや、リーズヴェル!
ややこしい。
「考えてることは分かってるからな。慣れてくれ」
「う、うい……」
二人はスピリトの街の当主、頂点に立つ存在だ。
だから威張るところは威張らないといけない。
そうでないと示しがつかない。
情けない姿を見せると、住民を不安にさせてしまうものだ。
常に凛と、支配者たる姿勢でいなければならないのだ。
そりゃ肩凝るし、息苦しくなるわ。
だから隠れ家が存在し、子供のようにはしゃぎたくもなるのだろうな。
オレのただの憶測だが――
「リーズヴェルも我慢してるんだから、アラシも分かってあげて?」
「え? 我慢してるのか?」
「見て」
言われた通りリーズヴェルを見る。
シャキッとした表情が強張っているというか、歪んで見える。
そして体が小刻みに揺れている。
ウズウズしてるって言ったほうが正解か?
「気を抜くとリーズになってしまうみたいなの。アラシの傍だと」
「うああああ! 言うなシルフィリア! 兄ちゃ――アラシがいない時は平気だったんだ!」
「ふぅん? リーズヴェルも随分とアラシのことが大好きになったのね」
「当たり前だ! 兄ちゃんの霊力の傍にずっといたんだぞ! その霊力に触れちまったら――」
「リーズヴェル、兄ちゃん呼びになってるよ!」
「そういうシルフィリアも口調崩れてるぜ!」
「――なっているわよ?」
「ああ……気をつける」
どうやらオレの霊力が二人をダメにしてしまうらしい。
心地がいいって言われたけど、自分で霊力をコントロールする術はないからどうしようもない
オレはマタタビではないぞ。
だけど、オレが知っているような子供っぽくなる二人の会話が色々とおかしくて、オレはつい吹き出してしまった。
とにもかくも、目前に立派な門が控えていた。
これからオレたちは、スピリトの街へと足を踏み入れるのだ。
どんな街なのだろう。
オレは楽しみで心をウキウキさせながら、一歩ずつ足を進めていったのだった。