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6.いざ、大森林へ




「では、転移陣を出しますね」

「頼む」


 解放された手を擦りながら、トレアが動き出すのを眺めた。


――我が力にて 彼の地へ通じる門 今開かれん――


 おおお? これって、精霊術の詠唱だよな!?

 精霊術自体は二度ほど見せてもらったけど、詠唱を伴ってというのは初めてだ。

 シルフィの飛行術と、ファルスが使った強化術かな?

 あれはあれで凄いと思っていたけど、やっぱり詠唱はあったほうがカッコイイよな!


 短い言葉を呟き終えたトレアの足元に、少しずつ描かれていく魔法陣。

 全ての線が繋がり、緑色に光り輝いた。


 こ、これが転移術!

 オレはウズウズした。

 この魔方陣に、飛び込みたい。

 だけど我慢だ。


「ではまた」


 ファルスは魔法陣の上に立つ。

 光の強さが際立っていき、そして一瞬のうちにファルスの体が消え、魔法陣も次第に崩壊し、粒子となって空気に消えていった。


「マジで消えた」

「ふふ。やはり精霊術には興味がおありですか?」

「もちろん! いつかは覚えたいな」

「でしたら、シルフィ様がおられるので教えていただけば良いのですよ」

「ふっふっふー。精霊術のプロとはあたしのことだよ!」

「そうなのか! 是非お願いしたい!」

「いいよ! だけど、あたしたちの仕事が一段落したらね!」


 街の副当主だもんなぁ、相当忙しいだろう。当主があんなだから。

 その当主は、たまたま持ってきていたポケットゲーム、テ○リスを必死になってプレイしていた。

 まあそのうち電池切れでそれもただのちっちゃな箱に成り下がるんだが。


「リーズ! そろそろ残り終わらせるよ!」

「えー! 今いいところなんだぜ! ちょっと待ってくれ!」

「だーめ!」

「別に明日でもいーじゃん!」

「明日にしてもいいけど、今日終わらせれば明日はアラシと遊べるかもだよ?」

「!!! 本当か!?」

「だからがんばろう?」

「よっしゃー! がんばるぞ!」


 ドタドタと扉の向こう側へと消えていった二人を眺めながら、オレはため息を吐いた。


「アラシ様。お茶のおかわりを淹れてきますので、おすわりになられて下さいな」

「あ、うん。ありがとう、トレア」


 促され、素直にイスに座る。

 ふわりと漂う香りは、どこかで鼻にしたことがある。

 渡されたティーカップには、淡い琥珀色が満たされていた。


「モルジリアという疲労回復にとても効果のある薬草を煎じたものです」


 思い出した、カモミールだ。

 疲労回復に効果があるってところも同じなのな。

 色は違うけど、匂いはこっちが断然強い。

 琥珀色をこくりと口に含む。

 さっぱりした味に、すっと鼻を通る香り。

 体の疲れが、抜けていくような感じがする。


「すごい……この世界のハーブティーは即効性があるのか」

「ええ。霊力が豊富なハーブは、とても効果が高いのです」


 なるほど。

 このような物にまで霊力が関わっていたんだな。

 本当興味深いことが多くて困る!


 一杯を飲み干す。

 体はポカポカして、やってくるのは眠気。

 もう脳はスリープモードに入りそうだった。


「あ……やべぇ……」

「ふふ。あのお二方、あのお姿だとまるで子供のようにはしゃぐので付き合っていると身がもたないでしょう。ベッドの準備出来ておりますので、お休みになられては?」

「いや、でもアイツらが……」

「大丈夫ですよ。お二方は恐らく真夜中まで終わらないでしょうし」

「だったら、お言葉に甘えて寝させてもらおうかな……ふああ……」

「はい、こちらにどうぞ」


 トレアに案内された部屋に入り、何も考えられなくなったオレはそのままベッドの住人になったのだった。

 ……今日のことが、夢でありませんようにと心の片隅に思い、深い眠りへと入っていった。






 薄っすらと覚醒する意識の中、どれぐらい寝たのだろうかと考えた。

 いや分からん。

 だったらどうでもいいと思いこんでおこう。

 それよりも、疲れは抜けたはずなのだが体と右腕がすこぶる重いのは何故だろう。


「……コイツらが原因か」


 胸の上に覆いかぶさるように爆睡しているのはリーズ。

 右腕を枕にしてすやすや眠るのはシルフィ。


 ああ、昨日の出来事は夢じゃなかったんだな。


 それにしてもコイツら一体いつから……

 いや、そんなことよりも二人を起こさずにどうやって起きるかが問題だ。

 夜遅くまでお仕事をしていて疲れているだろうからな。


 幸いなことに二人の体は軽い。

 シルフィの頭の下から腕を抜き出す。そしてフリーになった両手でオレの上で眠るリーズの体を抱えて、ベッドへと横たわらせた。


 ふぅ。無事任務完了だ。


 窓の外は薄暗い。

 不思議なことに森の中は時間経過に合わせて明るさが変わる。

 太陽の下にいるよりかは光量は少ないけど。


 部屋から出る。

 誰もいない。

 トレアがいるかなと思っていたけど。

 仕方ないからそっと外へと出てみる。


「んーっ!」


 凝り固まった体を伸ばし、深呼吸をする。

 昨日の息苦しさは嘘のようになくなり、寧ろ体が軽く感じるようになった。

 空気も、都会の中よりかは遥かにキレイだしな。


 遙か上の方から、鳥のさえずりが聞こえる。

 時々野太い鳴き声が聞こえるが、そんなことは些細なことだ。

 今はきっと朝なのだろう。

 森の中は薄暗いから時間感覚が狂うのが難点だな……

 と、やけに目立つものが視界に映ったのだ。


 おや? 昨日はこんな所にこんなでっかい木はなかったはずだけどな――

 見間違え? いや、家の前はそれなりに広い草原だったはず。

 その草原が半分以上その木に占められている――


『おはようございまーす……』

「うおっ!? この声、トレアか?」

『はぁい……あたくしはここでーす』


 寝ぼけた声が脳に直接響く。

 その声は聞き覚えのあるトレアの声なのだが、あいにく昨日見た姿が全く見えない。

 これは念話だな!


『ふわあああ……』


 と欠伸のような声とともに、目の前の巨木の枝がざわめいた。

 風は全く吹いていないにもかかわらず。

 そして枝のざわめきは更に大きくなっていく。

 背を縮めながら直線的な輪郭が丸みを帯びていき、人の形を象っていく――


「朝早いんですね、アラシ様」


 眠そうに眼を擦りるトレアがそこにいた。

 不思議現象が当たり前な世界だって分かってるのに! 驚いてしまったじゃないか!


「寝る時はいつも木になってるのか」

「ええ……大地から霊力を得るために、眠るときは木に变化しているんです」

「という事は、森の木は全て……」

「ご明察です。森と言わず世界中の木は全て精霊です」

「じゃあ全部トレアみたいに人の形になれる!?」

「出来ません。ですが、樹の精霊のほとんどは動くことを億劫だと思っています。木のままだと動く必要なく、一生を人化せずに過ごす者が大半ですね」


 世界中全て木が人間の形になって、木が全て消える現象に世界中が大パニック!!!

 なんてことがあったら面白いのになって思ったのは内緒だ。


「ところで、こんな早朝にどうなさったのです?」

「いや、リーズとシルフィがオレの体に乗っかってたから目が冷めちゃってさ」

「……もしやお一人で森の中に入ろうだなんて思ってはいないですよね?」

「思ってない! あのバカでかいイノシシみたいなのと出会うのは勘弁だ!」

「そうですか。だといいのですが」


 オレもそこまでバカじゃない。

 昨日はやらかしてしまったけど、やっぱり自分の身がかわいいのだ。

 折角異世界に来たのに、たった二日三日で死ぬなんてもったいないじゃないか。


「だったら、おれたちと一緒に行こうぜ!」

「フォレストボアより強い魔物が出ても安心だよ! あたしたちなら負けない!」


 と双子が家の中から飛び出した。


「おはようございます、リーズ様、シルフィ様」

「おはよう二人と――もっ!?」


 朝から元気だな、さっきまで爆睡していた二人とは到底思えない。

 事実、リーズのタックルが脇腹に決まり、オレは落ちそうになっていた。

 シルフィもオレの頭に飛びついてきやがった。


「げほげほ! リーズ、タックルはやめてくれよ……シルフィも頭はダメだ」

「軟弱だなぁにーちゃん」

「そうだよアラシ、鍛えないと魔物に食べられちゃうよ!」

「つい昨日? 一昨日? まではただのリーマンだったんだよ! 体を鍛えてる暇なんかねぇって」

「りいまん? なんだそれ?」

「サラリーマン――会社に雇われて仕事をしてお給料というお金をもらう人のこと」


 そう言うと、なるほど! と分かってくれたシルフィと、全く興味ありませんみたいな顔をしているリーズ。


「とにかく、だ。体を鍛えたいのは鍛えたいけど、どうすればいいんだろうな」


 昨日森に入って実感したこと。

 平坦な道、車、電車、移動するのに恵まれすぎた世界で過ごしてきたオレにとって、フェスタジアの環境は過酷だということだ。

 スピリトの街は森の中にあるということだから、少なくともその過酷な環境に慣れなければいけない。

 体をある程度鍛えることは、必須条件と言える。


「手っ取り早い方法は森の中を歩き回ることだぜ!」

「そうだね! アラシ一人だと危ないし、ファルスだけだとサポートは難しいけど、あたしたちがいるなら楽勝だね!」

「そ、そっかー」


 頼もしい。

 とっても頼もしい二人なんだけど!

 沸々と湧き上がる不安に苛まれていた。

 だってリーズとシルフィだぞ?

 何しでかすか分からん二人だぞ?


「ふふ。アラシ様諦めて下さい。それにお二方はこのペルケッタ大森林の王者と姫なのです、何も心配ありませんから」


 などとトレアに慰められるように言われ。

 有無を言わさずオレの運命は、この二人の手に委ねられることになった。


 つか、王者と姫だったのね二人共――




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