5.はらぺっこ精霊たち
夕飯時のこと。
ファルスを交えての食事はなかなかに豪勢だった。
あれだけのでかい肉を一人で処理したファルス。
そしてあれだけの肉の量を調理したトレア。
テーブルの上は肉・肉・肉の肉三昧だったのだが。
もうちょっと野菜食おうぜ……
あ、飯は美味いんだ。
野菜が極端に少ないだけで。
肉の処理が丁寧だったみたいで魔物の肉とは思えないほどめちゃくちゃ柔らかいし臭みもない、付け合わせの野菜の塩茹でみたいなのもシャキッてしてて良い。
だけど日本人として言えば、コメが欲しいのと、味付けがシンプルすぎてもうちょっとこう、あと一歩が欲しいところか。
今度自分で料理してみようかな?
ところで。
リーズとシルフィ……その小さな体の何処に肉が収まっていくのですか?
精霊三人が寄ってたかって肉の取り合いに何故全力を出すんですか?
というぐらい、熾烈な奪い合いが目の前で始まり、彼らはただひたすら肉をお腹の中に収めていった。
オレの分はトレアが取り寄せてくれてたから良いんだけど、三人は血眼になって暴れていた。
ファルス……君、そんな顔もできるんだな。
テーブルの上の料理はあっという間に消え、晩飯の時間が終わった。
精霊たちの食欲恐るべし。
あれ? 精霊ってファルスのような異例を除いてそんなに食わなくても平気なんじゃないの?
え? 一度美味しいものを味わってしまったらいつもお腹が減っちゃう?
この時オレの中で三人をはらぺっこ精霊と命名した。
ちなみにシルフィはお小言こそ言っていたが、フォレストボアというご馳走の前では黙るしかなく、後でファルスを褒めていた。
ほんの少しだけ、だったが。
あと、あまりにもファルスに申し訳ないから、オレから森に入ろうってファリスに言い出したのだと正直に告げた。
やはりと言うべきか、お説教を受けました。
まるで般若のお面を被ったように怒りに染めたシルフィのお顔……忘れることはないだろう。
食事を終えたオレたちは、トレアが用意したお茶を啜りながら話を始める。
つっても、オレは部外者状態。
精霊たちの会議って感じだ。
「ところで、フォレストボアはどの辺りに出現したのですか?」
「森に入って南に少し下った場所にいた」
「信じられません。森深い場所ならともかく、比較的浅い場所にまで迫っていただなんて……」
トレアは唖然としていた。
確かにアイツの風貌といい、強烈な咆哮といい、強烈なインパクトを与えてくれる魔物だ。
弱いはずはないよな……うん、ファルスは余裕綽々でヤツを切り伏せたけど。
「ああ。魔物の動きが分からなくなっている。原因があるのであれば何らかの対策を講じたほうが良い」
「うーん……だったら調査人員を増やそうか? 討伐だったら、冒険者ギルドに街の依頼として出せば事足りるだろうから、調査は街のみんなにお願いしてみよう」
「そうだな。街に帰ったらやること多くてヤになるんだぜ!」
四人はあれだこれだと話し合い、オレは一人茶を啜る。
「ばーちゃん、樹の精霊たちから何か言われてねぇ?」
「今の所何も聞いておりません。彼らは我関せずなところがあるので……」
「基本動かない、だからね。仕方ないよ!」
「申し訳ありません……一応それとなく異変があるかどうかを聞いてみます」
「ファルス、街の周りの森の方はどうなんだ?」
「異常はなかった」
「まあそっちは戦える奴らも多いからなー。大丈夫だろ!」
「念のため見回りを増やしておく」
とか。
「そうだリーズ、討伐依頼の報酬はどうする? 支払える見込みはあるの?」
「どうだろうなぁ。それこそネリーゼンに聞かねぇとだな」
「街の収入のことも考えなきゃだもんね。今この場にネリーゼンがいればよかったのに」
「アイツに街を任せられるからこそおれたちが自由に動き回れるんだろ? 街にいてもらわないと困るぜ」
「それもそうだね!」
とか、オレには全く理解に及ばない話ばかりだ。
見てて楽しい。
けど、なんというか違和感がある。
取りまとめをする役が、子供の二人なのかって感じがして。
「あ、討伐依頼に出すのはいいけど、フォレストボアだけは美味しいからおれたちが討伐に出ようぜ!」
「いいね! あたしも賛成!」
「オレも狩る。肉のため」
だから! 三人共ヨダレをしまえ!
全く、ツッコミどころが満載で、オレの心は随分と疲れてきてしまったぜ……
「今決めることはこれぐらい、かな?」
「ああ」
「よっしゃー! 今日の会議は終わりだぜ!」
さて、そろそろオレの疑問を切り出しても、いいよな?
「なあリーズとシルフィ。ちょっと良いか?」
三人の目が、一気にオレに集まる。
「お前らって、街の運営か何かをやってるわけ?」
「……あ」
「しまった! にーちゃんがいるの忘れてうっかり!」
「だから隠し立てしてもいい結果にはなりませんよとあれだけ言ったじゃないですか」
「アラシ様に言ってなかったのか?」
途中トレアがそう二人に苦言を零した。
ファルスも、意外そうな顔をしていた。
どうやら秘密にしていたことらしい。
いや別にオレもこの世界や街のこと、一切聞いてないから文句を言える立場ではないけどな。
「後で驚いてもらおうと思ってね! てへっ!」
「てへじゃないぞ姉貴」
「こらファルス! それもまだ!」
「しまった。シルフィ様」
「もう遅いの!」
衝撃事実! シルフィがファルスの姉!
「つーことは、リーズは兄ってことなのか?」
「せーかいだぜ!」
と胸を張って言うリーズ。
この場にいる風の精霊三人衆は兄弟という事実は、オレにとって大いに驚愕だった。
三人が並ぶと違和感全開だ。
リーズ、ちっちゃい。
ファルス、でかい。
シルフィ、ちっちゃい。
どう目測で二人とファルスを見ても、身長差は一メートル程あるんじゃないかな!
なのに、ちっちゃいのが兄と姉、でかいのが弟……
「もっかい聞くけど、三人は本当に兄弟?」
「お二方とファリス様は正真正銘、つながりのあるご兄弟でございます。ちなみにリーズ様とシルフィ様は双子です」
と代わりにトレアが答えてくれた。
まあ、リーズとシルフィが双子だって言うことは薄々気付いていたけど。
でも二人は、姿といい言動と言い振る舞いといい、まさにザ・子供って感じだ。
だからファルスよりも年下だと思えて仕方ないのだ!
「にーちゃん、気にしたら負けだぜ!」
「そうだよアラシ!」
「そうか。兄貴がアラシ様のことを兄と言うなら、オレにとっても兄貴ってことだな」
まあ三人よりも見た目は年上に見えるだろうけど、精霊のお年なんて見た目とは違うのだろう?
いや嬉しいぞ! オレは一人っ子だったから、こんな弟とか妹が欲しかったって思わないこともない!
ファルスもなんだかんだで双子と並ぶと子供っぽさを見せてくるイケメンに見えて、ウズウズしてくる……ギャップも良いと思う。
あ、ヤバイ。
オレの思考能力のキャパオーバーで頭がグルングルンと回り始めてしまった……
「こほん……改めて、にーちゃん。オレはスピリト街当主の――」
「あたしがスピリト街の副当主の――」
二人が同時に言葉を紡いで、二人の体が変化していく。
「え? ええ!?」
見える影が大きくなっていき、二人の姿が明瞭になる。
「リーズヴェルだぜ」
「シルフィリアだよ」
大人の姿に成長した、リーズとシルフィが立っていたのだった。
成長したら美形になる有望株という予想の通りだった。
リーズは身長こそオレよりも少し低いぐらいだが、スラリとした体格と中性的な顔立ち、少しくせっ毛のあるふわふわな髪。
ファルスとはまた違ったタイプのイケメンだ。
シルフィもトレアと同じぐらいスタイル抜群で、淡い碧色のセミロングヘアーをゆらし、くりっとしたどんぐり眼に程よい高さのお鼻に小ぶりのお口。
こんな美人さん生まれて初めてみた……トレアも美人だけど、シルフィは格が違う。
「なあシルフィリア、兄ちゃんが固まってるぜ?」
「あーもう……しっかりしてよアラシ!」
「この姿はあくまで当主としての姿で、普段は小さい姿だからな!」
「そうそう!子供の姿になってるのは……そう! 省エネだから! ただそれだけだからね!」
すると二人はオレの体を思い切り揺さぶってくる。
省エネって言ってるけど、本当はそうじゃないのではなかろうか。
って、そんなことはどーでもいい!
オレに危機が迫っている!
「な、なるほど分かったから、体をブンブン揺らさないでくれ! 何かが出ちまうから!」
全力で、しかも成長した姿で体を揺さぶってくるものだから、腹がヤバイことになっていた。
うっ……飯を食った直後だから尚更……
「わ、悪い兄ちゃん……」
「ごめんなさい……」
「も、もう良いよ……苦しかった……」
二人に解放され、リバースの危険は回避できた。
しゅんとする二人を見て、体はでかくてもやっぱりあの二人だなって思うと苦笑する。
「まあ、どんな姿であれリーズはリーズだし、シルフィはシルフィだ」
「! 兄ちゃん!」
「アラシ!」
「うおおっ!? お前ら、だからやめろって! また――」
二度目の揺さぶりには、流石に堪えられそうにない……
というか、もう無理!!!
オレは二人の体を無理やり引き剥がして、全速力で家の外に出て――
――恐れ入りますが、しばらくお待ち下さい――
放送事故で現れてくる画面で隠させて下さい、いやマジで。
「じゃあ、大きい時はリーズヴェル、シルフィリアと。小さい時はリーズ、シルフィと呼び分けたらいいんだな?」
「おう! 頼んだぜにーちゃん!」
「紛らわしくなっちゃうからそれでお願いだよ!」
オレの腹がようやく落ち着いて戻った時、二人は小さな体に戻っていた。
まあ、まだ一日しか一緒に過ごしていないけど、小さな二人のほうが接しやすいっていうか、あんな美形が常に傍にいるっていうのも気が気でなくなりそうだった。
だから、ちっちゃな二人でいてくれるのは本当に助かると思ったオレだった。
「そろそろ良い時間だ。今日のところは街に帰る」
はらぺっこ三精霊の弟、ファルスは立ち上がり言う。
「じゃあ、アイツに色々と報告よろしくな!」
「あたしたちはしばらくこっちにいるから、何かあったら連絡してほしいの!」
「分かった。だがネリーゼンもそろそろ代理をするのに限界が近い。兄貴と姉貴もなるべく早くに街に戻って欲しい」
「ぜんしょする!」
満足そうに無表情で頷くファルスは、今度はオレの方に向いた。
「アラシ様。兄貴と姉貴のことを頼んだ」
「頼まれても、何も出来ることはないと思うんだけどな。寧ろオレのほうがお世話になると思うぞ」
「ふっ。そうかもしれない。だが二人があれだけ楽しそうにしているのを久しぶりに見せてもらえた。だから、二人と一緒にいてやってくれ」
「そういうことなら喜んで。今日はありがとう」
オレは手を前に差し出した。
不思議そうにオレの手を眺めるファルスだったが、なんとなく察してくれたのか手を握り返してくれた。
うれしいんだけど、力強い! も、もういいから手を離して! 肩外れちゃう!