3.風の精霊戦士
『にーちゃん、一緒に森の散策にいかね?』
『リーズ。あたしたちはやることがあるでしょ?』
『えーっ!? 別に今日じゃなくてもいいじゃんか!』
『ダメだよ! 後で困ることになっちゃうよ!』
リーズとシルフィにはどうやらすべきことがあるらしく、おさぼは許しませんとばかりにシルフィはリーズの首根っこを掴んで二人の自室へと消えていった。
リーズは泣き叫びながらオレに助けを求めてきたけど。
すまんリーズ、シルフィ怒らせると怖いってさっき知ってしまったし、それに、するべきことはちゃんとしなきゃいけないぞ、とただ黙って手を振って見送ったのだった。
トレアはトレアでご飯の準備をするとキッチンへと向かっていき、オレは一人暇人となってしまったのだ。
異世界の料理、とても楽しみである。
なので、オレは持て余した暇をどう消化しようかと悩みながらも家の外へ。
広々とした草原が広がり、空からは燦々と陽の光が降り注ぐ。
気持ちいいな。
こんなのんびりとした時間を過ごせるのは、何年ぶりだろうか。
よし、辺りを散策しよう!
と、オレは歩きだそうとした。
「お待ち下さい」
「んあ?」
するとふわりと風が巻き起こる。
そしてそこに人が立っていた。
オレよりも随分と背が高く、体つきもガッチリしていて。
ただ纏う雰囲気がリーズとシルフィに酷似していたからきっと風の精霊だろう。
オレの勝手なイメージで風の精霊は子供みたいな姿をしているんだと思っていたけど、大人の姿もあるんだなって思ったりもした。
「えっと、キミは……?」
「オレはファルスといいます。シルフィ様からアラシ様の傍にいろと命ぜられました」
無表情で言って頭を下げた。
彼は男のオレから見ても羨むぐらいの美男子だった。
背が高いのは勿論のこと、綺麗な顔立ち、淡い碧色の髪は短く整えられ、全体的に鍛えられた肉体美。
イケメンダダ漏れ!!!
つーか、小さくて可愛いが似合う風貌のリーズとシルフィが成長したら絶対に美男美女になりそうな有望株だし、年齢不詳のト――うおっ!? なんかタライが飛んできたんだけど!?
ゲフンゲフン。トレアもスタイル抜群の美人さんだ。
精霊って、みんな美形なのだろうか……
対してオレは平凡な顔だし、目の前にいる彼とは程遠いひょろもやしだし。
精霊、羨ましい。
「この辺りは安全ではあるのですが、万が一ということもあるので護衛に――」
ただイケメン君にも弱点はあるようだ。
「なあ、ファルスくん……だっけ?」
「はい」
「敬語、苦手だろ? 普通に喋ってくれればいいよ。オレも敬語苦手だから普通に喋らせてもらうし」
そう。
彼の敬語はたどたどしかったから、苦手なのだろうと簡単に推測できた。
オレがそう言うと、ガッチガチの直立状態だった彼はフッと力を抜いた。
無表情なのは変わらないけど。
「助かる……丁重にしろとシルフィ様に言われたからな」
苦手なりに頑張ってくれてたみたいで、逆に申し訳ないなと思った。
「それよりも、オレは人間なんだけどファルスさんは平気なのか?」
「ファルスでいい。オレは平気だ。人間の住む街や国に食材の買い出しに行く役目も持ってるからな」
「そうか。なら安心だな」
と、オレはホッと安堵のため息を吐いた。
いやぁ、どう見ても彼は腕の立つ戦士って感じだからさ。
嫌いだ、死ね、と言われて剣でも突きつけられたらどうしようと思っていたんだよ。
「精霊にも食事がいるんだな。意外だったよ」
「毎日食べなくても生きてはいける。だがオレは半端者だから食い物が沢山いる」
「半端者?」
「背中を見てくれれば分かる」
そう言って背中を見せてくるファルス。
彼の背中には、風の精霊である象徴の羽が生えている。
けど、その大きさは明らかに小さい。
オレの手のひらよりも少し大きいぐらいだろうか。
「持てる霊力が少ないから必然と沢山食う」
なるほどな。
精霊の面白い生態を知ることが出来た。
それにしても。
ガタイの大きなファルスだけど、背中の羽が可愛らしくピコピコと動いているのだ。
いや、見た目イケメンのしっかりした体つきにそれは……
ギャップが激しくてオレは吹き出しそうになったのを必死に堪えた。
「羽の大きさで持てる霊力が決まる。だからリーズ様とシルフィ様は風の精霊の中でも別格」
「確かにあの二人の羽は体に見合わずに羽がデカイよな。それだけ二人は強いってことか?」
「精霊術を扱えば最強だと思う」
なんとなく予想はしていたけど、強いじゃなく最強なんだな……
この世界にどれだけの精霊がいるかは分からないけど、風の精霊の中でも一線を画すのであれば、あの二人が丁重に扱われるのも頷けた。
「オレは霊力は少ない。けど、これがある」
と言いながらファルスは背に携えていた剣を手に取る。
柄に巻かれていた布は随分とボロボロだった。
かなり使い込まれているのだろうな。
そして鞘。
細かくも美しい細工を施されているから、ファルスもそれなりに地位の高い人物なのだろう。
何よりもオレが目を見張ったのはその大きさ。
柄尻から剣先までの長さは目算でも百五十センチ以上と随分と長く感じる。
更に刃幅がすごく広い。
人の頭の幅以上はありそうだ。
あれだけの鉄の塊、相当の重さを誇っているはずだ。
それを軽々と片手で持ち上げているのだ。
ファルス、絶対に強い。
これは、もしかして森の中に入っていっても良いんじゃなかろうか!
『いーい? 絶対に森の中に入っちゃダメだからね!』
シルフィに絶対に入るなとは言われてたんだけど。
これだけ力を持つ人物が護衛をかってくれるのだ! ちょっとぐらいなら森の味見をしても大丈夫だろ!
「なあファルス。オレを少し森の中を案内してくれないか?」
「ダメだ」
「えー!」
「シルフィ様に止められている。後で怒られる」
と、顔を青褪め体を震わせるファルスだった。
シルフィ……お前、どんだけ怖いんだ?
いや、トレアの件があってオレもシルフィを怒らせまいと思っていた。
のだけど!
オレには好奇心という止められない衝動が今体を突き動かしているのだ!
「危険だと思ったらすぐに帰るでいいから!」
と何度もお願いすると……
「……はぁ。アラシ様がそこまで言うなら」
「ありがとうファルス!」
折れてくれた。
オレの粘り勝ち!
「……その前にこれを持っておけ。森の中は魔物が沢山いる。今のアンタはヤツらのただのエサだ」
「マジか!?」
今オレは目をキラキラさせているに違いない!
そしてファルスは軽く引いている、気がした。
「いやぁ、オレファンタジー世界に憧れがあるからさ! 魔物かぁ、どんなヤツがいるんだろ」
「……アンタ、変なヤツ」
何とでも言えばいいさ!
今まで見たことのないものを見たい好奇心には、勝てないものなのだ!
ファルスから手渡されたのは動物の皮を鞣して作られた革マントだった。
「風の精霊の加護が施されている。並の魔物の攻撃であればダメージを軽減してくれる」
ほほぅ。
精霊の加護とな?
ただのマントが一気に高級品になりそうな響きだな。
「あと、シルフィ様には秘密だ」
「ふっふっふ。分かっておるよファルス君」
無表情で感情が読みにくいけど、ファルスの言葉が何故かいたずら小僧が言うようにも聞こえた。
嫌いじゃないぞ! そういうの!
「よし、行くか!」
オレたちは、家から見えにくい場所から、こっそりと森の中へと潜り込んでいったのだった。
あ、その前にマントを羽織らせてください。