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27.いつの間に大稼ぎしていた?




 翌日。 

 家の中は静かだった。

 オレ、春田嵐はベッドから降りて居間へと歩く。

 真新しい木のテーブルの上には木彫りのマグカップ。

 なみなみと注がれていたのは――


「コーヒー、か!」


 この世界『フェスタジア』にやってきて、初めて目にする飲み物に、オレは食いついた。

 鼻をくすぐる、香ばしい匂い。

 一口含むと、程よい苦味と渋みが口の中いっぱいに広がる。

 ああ、たまらない。


「ん? でもこれ、一体誰が?」


 誰もいないのに、つい声を出してしまった。


「私ですよ」

「!」


 この部屋の隣は、確かキッチンがある。

 そこから、聞き覚えのある声がした。

 そして、すっと姿を表したのは、深緑色の髪をサラリと伸ばした美しい女性のトレアだった。


「おはよう、トレア」

「おはようございます、アラシ様」


 彼女は微笑んで言いながら、テーブルの上にパンと目玉焼きを置いてくれた。

 そして次に置かれたのが――

 

「野菜のミーソ炒め……」

「ええ。朝から精が付くものをと思いまして」


 えーっと。

 起き抜けの体にミーソ炒めとかなかなかにハードだと思うぞ?

 というか、相当気に入ったのだろうかトレアはほぼ毎日作ってくれるのだ。

 いい加減別の物を食べたい、そう思ったのだけど目の前にはにっこりとするトレアがいて。


「い、いただきます」

「はい、召し上がれ」

 

 食べないなんて選択肢、あるわけねえよな。




 スピリトの中心に聳え立つのは、スピリトの象徴でありペルケッタ大森林の大神木アイフォルーン。

 その袂にこの街の要を担う領主の館があり、そこからアイフォルーンを少し反時計回りに回った所に、トレアが用意してくれた、ちょっとした大きさの家がある。

 オレは今そこの家に住んでいた。

 家自体は大きいが、割り当てられた部屋は普通のワンルームマンションの一室って感じだ。

 ちなみに物はない。

 当たり前だけど。


 家の全てが大森林にある木を切り、木材にしたものだという。

 木って、全部が木の精霊なんじゃなかったっけ……

 いや、トレアが何言わないところをみると、何ら問題がないのだろう。


 家に住んでいるのはオレだけではない。

 同居人達は、領主の館でお仕事をしているのだ。


 館の入り口へと回り、扉を開く。


「アラシ様ですね。おはようございます!」

「お、おはよう」


 扉を抜けると、見知らぬ女性に元気よく挨拶される。

 突然だったから、オレは少し驚きながらの挨拶になってしまった。


「ネリーゼン様から、アラシ様がお越しになられた際には部屋へ通すようにと仰せつかっております。どうぞ」


 アクアブルーのロングストレートの髪の毛をたなびかせて、くるりと後ろを向く彼女。

 ついてこいと言うことだから、オレは素直に彼女の後を追う。


「私はネリーゼン様の部下のエリアスと申します。以後よろしくお願いいたします!」

「あ、ああ。よろしく……?」


 とにこにこしながら軽く頭を下げられ、オレも軽く会釈する。


「こちらのお部屋です! ソファにお座りになって下さいー!」


 通された部屋には、大きなワークデスクが置かれていて、片隅に申し訳ない程度に応接用のソファとテーブルが置かれていた。

 エリアスさんに促され、オレはソファに腰を沈めた。

 ふかふかで座り心地は抜群だ。


「あとしばらくでネリーゼン様たちがお越しになられると思います!」


 そう言って、彼女はオレの隣に立つ。

 無言の間が続く……


「エリアスさんも、座ったら?」

「いえ、私は大丈夫です!」

「そこにジッと立たれてると落ち着かないと言うか――」

「そうなんですか? あ、すみません! 気が付かなくて……すぐにお茶をご用意しますね!」

「家出る前に飲み物飲んできたから! って――」


 随分と忙しない子だなぁ。

 部屋の外へと走り去っていってしまったエリアスさん。

 どこかに行ってしまったのであれば仕方ない。

 オレはきょろりと目を巡らせた。


 綺麗に整理されたワークデスク、本棚もほぼ隙間なく書物が埋められていた。

 ネリーゼンって几帳面なんだな。

 床のカーペットにもホコリどころかダマ一つない。

 綺麗すぎるにも程があるなと思っていたら。


「待たせたのう」

「兄ちゃん……」


 金髪美少女――ただし吸血鬼で年齢はウン百歳――のネリーゼンと、エメラルドグリーンの爽やか髪型イケメン青年――ただし中身は子供で正体も子供――のリーズヴェルが入ってきた。

 リーズヴェルはかなりだるそうにしながら変身を解き、ポンッと小さなリーズの姿へと変わった。

 そしてオレの隣でぐったりと横になった。


「会わない内に随分とやつれたなぁ。そんなに忙しいのか?」

「お主がとてつもない物を落としてくれたからの」

「へ? オレ、何かした?」

「昨日の夜に言ったじゃん。人間が増えてきたって。そのせいだぜ」


 随分と意気消沈になりながら言う二人に、オレはなにも言えずにいた。


「唯一無二と言っても過言ではない食事が食べられる場所になってしまったからの! おかげで森の中が前に比べて賑やかになっておるの!」


 ヤケ気味に言うネリーゼンと。


「まあ、食堂の収入が増えたことで街運営のための資金も増えつつあるけどな!」


 横になりながらも嬉しそうに言うリーズだった。

 ネリーゼンも頷きながら、笑みを浮かべていたが――


「忙しくなることは良いことなのだが、如何せん問題も増えてのう」


 と言いながら紙束をテーブルに置いた。

 オレにはもちろんまだ読めない。

 だけど、その量が問題の多さを物語っていた。


「装備品や消耗品を充実させてほしいだのと要望が多くての。だが我らだけの力で解決など出来んのだ」

「だなー」


 この街には食堂や宿屋、貸家はある。

 だけど装備や道具を売る店は一軒もない。

 この街を抜けると厳しい道のりになるらしく、冒険者からしてもこの街で必要なものを充実させたいと思うのが自然だ。


「だけど、今頃になってそんな要望が来るんだ? 今まで来なかったのが不思議なんだけど」


 この街が急に出来上がったわけではない。

 時間をかけて精霊が住み着き、そして人間が立ち寄るようになったのだと思うのだけど。

 オレの問いに、ネリーゼンは答える。


「人間の要望を殆ど通さなかったのだ。というか通せなかったが正しいかの」


 言いながら、一枚の紙をオレに差し出した。

 ずらずらと並ぶのは、数字だった。


「左が収入の金額、右が支出の金額だの。で、線より上が四日前までの収入と支出で、下が三日前からのものだの」


 説明を受け、見比べてみると明らかに収入の数字が十倍ほど違っていた。


「この間まではこの街に必要な物資……主に食料を送り届けてもらうためのギルドへの依頼金を出すのでいっぱいいっぱいだったのだ」

「だから、店を出すための資金はなかったから要望を通せなかった、と」

「そういうことだの。だが、収入が増えたことで店を作る余裕が出来てきたのだ。それに目を付けたのが、人間代表のあの親子だ」


 館には人間がいるって言っていたな。

 えっと、名前を思い出せないんだけど。


「おれたちは別に金があってもなくってもいいんだけどな。だけどこの金はおれたちだけでは使って良いのかわからないからな」

「うむ。なので、アラシよ」

「ん?」

「このお金は、お主が稼いだ金も入っているのだ」

「……え?」


 寝耳に水とはこのことだ。

 オレは殆どなにもしていないと言うか、好きに料理を考えて食堂にレシピを教えているだけしかやっていないのだ。

 だから、オレが稼いだっていうのはどういうことなのだろうか。


「ダリスがの、アラシが考え出す料理のレシピのおかげで繁盛していると言っての。だから利益の半分ほどを我に渡してくるのだ」

「収入の殆どがダリスからのお金だぜ!」

「そ、そんなに!?」

「事実、収入の増え方がその紙に書かれている数字で分かるだろう?」


 確かに十倍ほど違う。

 だけど、これがオレが稼いだっていうのは信じられなくて、オレは信じられない目で見ていた。


「我も信じがたいことだと思っているのだ。たかが食事の改善でここまでの収入が入るとは夢にも思わなんだ。だが、事実なのだ」

「にーちゃんの考え出すご飯、本当に美味しいしな! だから当然の見返りだぜ!」


 そういうものなのか……たかだか料理の考案――と言っても殆どが元いた世界の知識の使い回しなのだが――だけでこんなに違うとは。


「この金の使い道は、アラシに決定権がある」


 とネリーゼンに言われ、オレは戸惑った。


「そんなこといきなり言われてもなぁ……」


 実際金を沢山もらっても、オレも困ると思う。


「正直物の相場も分かっていないからな。ここから食材の費用を差し引いたらどうなるんだ?」

「下に試算した結果の数値が書いてある」


 指さされた数字を見ると、四日前以前の数値よりもまだまだ多かった。


「だったら、リーズたちの好きにしてくれたら良いと思うよ」

「良いのか? これだけあれば好きなものをたんまり買えると思うんだぜ」

「だけど、オレも使いみちがないからさ。この街の役に立つことに使ってくれればいいよ」


 と言うと、二人は顔を突き合わせて頷いた。

 そしてオレに頭を下げて言ってくる。


「では、ありがたく大切に使わせてもらうのう」

「感謝するぜ、にーちゃん!」


 二人にそう言ってもらえて、オレも嬉しかった。




「さて、もう一つの話なんだが」


 おや? まだ話があるのか。

 柔らかかった表情が一変、やや険しいものへと変えたネリーゼン。


「昨日シルフィリア様から、お主が畑を作りたがっている話を聞いての」

「あ、そう言えばまだ話してなかったよな」


 と言って、オレは頷いた。


「アラシも知っておろう? このペルケッタ大森林の中で作物を育てるとどうなるか」

「ダリスに教えてもらったよ。魔物になっちゃうんだろ?」

「その通り。先日の魔道士と同様の現象が起こるってしまうのう」


 バドフェンの街外れにあった廃墟の屋敷で起こった、魔道士の魔物化を思い出す。

 シルフィリアの霊力を過剰吸収した結果、強力な魔物へと生まれ変わった。

 それは、人間のみならずどの生物にも起こりうる現象なのだろう。


 多分、霊力の上限は比べるまでもないからヤツほどの強い魔物にはならないのだろうけど、ダリスの話ではマンイーターだったか、かなり凶暴な魔物になるらしい。 


 そこで思いついたことをネリーゼンに提言してみる。

 

「だから根本的な事を改善してやれば、この地でも恐らく畑を作ることが出来るはずだ」

「ほう? では、その根本的な事とはなんだ?」

「土や水に含まれている霊力の濃度が高いからマンイーターが発生する。だったら霊力の濃度を下げてやれば畑は作れるはず。その手段があれば良いのだが」

「確かに霊力を下げる手段があれば可能だの。だが、ここペルケッタ大森林では不可能だの」


 とネリーゼンは苦笑して言う。


「ダメ、なのか……」


 もちろんオレは落胆して肩を落とした。


「禁止にしておるのだが……アラシが手掛けるというのであれば禁止を解くのも吝かではないの」


 オレは顔を上げると、そこにはにかりと笑顔を見せるネリーゼンがいて。


「実際どうなるのかをみるといい」

「良いのか?」

「うむ。ちょうどここにキャベツの種がある。後でトレアに話をしておくから、場所を案内してもらうといいのう」


 ネリーゼンは小さな紙袋を取り出し、中身をテーブルの上に転がした。

 小さな小さな、ゴマのような黒い粒。

 たった一粒だけど、これは確かに種だ。


「マンイーターは、数が多く出現すると手がつけられない。だが、一体程度であればアラシでも対処できるぐらいの魔物だの」

「……それ、本当か?」

「話に聞いたが、其方ダークネスマンバといい勝負をしたらしいの? だったら大丈夫だと思うぞ」

「そうそう、にーちゃんなら大丈夫だぜー」


 ぐったりしながら言うリーズの言葉はちょっと頼りないけれど。

 何にせよ、試しに野菜を育てる実験が出来るのであれば嬉しいことだ。


「アラシ! お茶、入れてきたよ!」


 と、何故かこの場にいなかったシルフィリアが部屋に飛び入ってきた。


「あーっ! シルフィリア様! そんな乱暴に運んでは――」


 ガチャガチャ!


 エリスの大慌てな声と同時に派手な音を立てて、ティーカップたちが宙を舞い――


「熱ぃいいいいいい!」


 まるでお約束とでも言うように、オレの頭上に熱い中身が降り注いだのは言うまでもない。




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