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26.夕飯は照り焼きチキン




 和やかな雰囲気の店内が、とある三人の男たちによって台無しにされていた。

 まさかこのようなことになるなんて、誰が予想しただろう。

 いや、恐らく予想しなければならなかったことかもしれない。


「なんで売り切れなんだよぉ、ああん?」

「嬢ちゃん、オレ様達には新メニューってのがないってのは不公平だろ?」

「どうにかして材料手に入れてこいよー」

「だから! 今から仕入れをしても時間はかかるんですね! 申し訳ないですが、他のメニューをお願いしますね!」


 物々しい態度を取る冒険者たちに、この店の主であるダリスは丁寧に断りを入れるのだが。

 緑色の二つに結わえた長い髪を揺らしながら、彼女は三人を宥めようと必死なのだが、三人はそんなんで引き下がるわけなんてなく。


「だったら、この店を潰すまでだよなぁ?」

「そうだよな、客を待たせた挙げ句に料理も出せねえ食堂なんて役立たず、いらねえよな」

「そうだそうだ!」


 三人がダリスを物騒な言葉で攻め立てる。

 他の冒険者たちはただその様子を見ているだけだった。

 いや、ダリスを助けたい気持ちを持っているのだろうか、何人かの男たちは立ち上がろうとしていたのだ。

 だが、困り果てたダリスに助け舟を出したのは他でもない――


「アンタたち、いい加減にしなよ? 出せないものは出せないんだ。アンタたち営業妨害だよ」


 この店の調理を一手に引き受ける元冒険家、ポレラーニさんだった。


「ああん? おいババァ、オレたちの事をバカにしてんのか?」

「バカにつける薬はないからねえ。ほら、他のもの食う気がないならさっさと出ていきな」

「んだとッ!」


 バカたちは激昂して、武器を取り出した。


「やるって言うのかい?」

「ハッハッハッ! 強がってるけどよ、おばさん。状況ってのを把握してんのか?」

「丸腰のババアにオレたちに勝てるっていうのかよ!」


 男三人が一人の女性を取り囲む図は、正直見るに堪えない。

 他の客の中にいる冒険者たちも流石にヤバイと思ったのだろうか、ガタッと椅子から立ち上がる。その時だった。


「おいおい、この町で無法を働くのはご法度のはずだが?」


 静かに扉の前に立っていたのは、碧色の髪を持った青年と。


「あなた達、ここがどこだか分かってての狼藉かしら?」


 青年と同じ髪の色をした綺麗な女性が立っていた。

 その二人を見た客は驚きの表情を浮かべ、硬直したのだが――


「何だぁ? お前ら、オレたちにケチつけようってか?」


 バカ一人の言葉に、店内の空気の温度が下がった。


「あら、この男たちは本当にバカなのね」

「言ってやるな。バカは死んでも治らないんだからな」


 くすりと笑いながら言う二人に、暴れようとしていた三人の顔は真っ赤だった。


「ッ――! まずはテメエらが痛い目を見なきゃいけねえようだな!」

「やっちまおうぜ!」

「くらえッ!」


 三人は無謀にも扉の前に立つ二人に飛びかかった。

 止めに入ろうとした猛者もいたのだが、その甲斐虚しく男たちに吹き飛ばされ、テーブルに激突し、料理が宙を舞って床に散らばっていく。

 あー……お料理が勿体無い。

 

「おバカさんたち、ね」


 女性は呟いた。

 男たちの剣が、青年を捉え――


 彼は人差し指を前にさし、切っ先を受けた。


「なっ!?」

「悪いが、お前たちを捕縛させてもらうぞ」


 指先で剣を受けられ、驚きを隠せない男たち。

 なにせ男たちが斬りかかった青年の名はリーズヴェル、その隣に立つ女性の名はシルフィリアと言うのだ。


「テメェ! 何者だ!」


 男の一人が咆哮する。

 すると、一人が気付いた。


「ま、まさか……その耳、その羽――風の上位精霊!」

「はあ!?」


 今更な気がしなくもないが、男たちの顔色が変わる。

 この森に、この街には暗黙の了解があった。


――なにがあっても精霊にケンカを売ってはいけない。


 その暗黙の了解を、三人は破ったのだ。

 それに気付いた冒険者の数名は男たちを止めようと飛び出したのだが、三人は止まらずに風の精霊であるリーズヴェルとシルフィリアに害をなそうとした。

 結果はご覧の通り、リーズヴェルたちに傷一つ追わせることなど出来ず。

 二人の正体に気付いた男たちは、絶望の淵に立たされたのだった。


 シルフィリアは、固まってしまった男たちをあっという間に縄で縛り上げた。

 気付いた男たちは抗った。が、抗えば抗うほど縄が肌に食い込んでいく。


「クソォ! 離しやがれクソがあ!」


 三人の内の一人は納得がいかないようで、ぎゃあぎゃあと暴れまわろうとする。

 見た目若そうだしな。

 精霊の力を教わってこなかったのかも知れない。


「ファルス、後は頼んだ」

「了解」


 スッと姿をあらわす長身のイケメン、ファルス。


 ストン。

 彼は暴れる男の首を手刀で叩き、意識を落とした。

 あまりも鮮やかに決まり、客からは簡単の声が漏れた。

 そして拍手の嵐だ。


「騒がせてしまって済まなかったな」


 ファルスはそう言って、男たちを引き摺って去っていった。

 しばらくすると店内は落ち着きを取り戻し、皆がそれぞれの食事を再開していく。


「で、兄ちゃんはここでコソコソとなにしてるんだ?」

「アラシ、荒くれ者を放置しておいちゃいけないでしょ」


 オレは隅っこでご飯を食べていたのだが、二人に目ざとく見つかってしまう。

 にっこり笑顔でこちらまでやって来て、空いている席に座る二人。

 冒険者たちはなんぞなんぞとこちらを伺いながらざわつく。

 おいやめてくれ、オレは静かに食事を楽しみたいんだ。


「オレが出ても勝てる見込みがないだろ。それに、ダリスは樹の精霊だから、あれぐらいなら対応出来てたはずじゃない?」


 そう言うと、二人は不思議そうに顔を傾げながら言う。


「アラシ、樹の精霊の殆どは戦闘能力持ってないからね?」

「トレアは普通に戦えるんじゃないのか?」

「トレアは特別なんだぜ。樹の精霊達は基本動かないか、動いてもダリスのように人間の生活に興味を持つだけだ」


 勘違いを正されるオレは恥ずかしくて顔を手で覆った。

 マジかぁ……樹の精霊に初日脅された記憶がまだ新しいのだけどな。

 戦えるのはトレアぐらいか――覚えておこう。

 と思っていたら、二人はオレのファットルースターの照り焼きにフォークを突き立て――


「って、おいお前ら。オレのご飯を横取りすんじゃない!」

「おなか空いたんだもん!」

「いいじゃん、肉一切れぐらい!」


 と言いながら次から次へと肉にフォークを突き立て口に運んでいく二人。


「おいおいおい! 一切れどころじゃないだろ! オレ、全然食べてないんだぞ!」

「ごちそーさまだぜ!」

「この味付けも新しいね!」


 姿が大人なのに言動は子供っぽさを含みだしていた。

 さっきまで威厳たっぷりと醸し出していた二人なのに、オレの傍だとそれは消え失せて子供っぽさをさらけ出す。

 周りの視線が痛い。


「――まだ試作段階だけどな。照り焼きって言うんだ」


 ソースと野菜だけが残る皿が悲しい。

 野菜にまで手を伸ばし始めた二人は叫んだ。


「試作!? これ、メニューにしても良いんじゃね?」

「この甘いソース、私すっごく好みだよ! 野菜にからめても美味しい!」


 だけど嬉しそうな二人を見て、オレはまあ良いかと思うのである。

 と、向こうから皿を持ったポレラーニさんがやってきた。


「さっきは済まなかったね。お二人が来てくれて助かったよ。これ良かったら食べておくれ」


 ダリスはお会計で忙しそうにしていて、代わりに彼女がやって来たってことなのだろう。

 更には、さっき試作したファットルースターの照り焼きを乗せられていた。

 急いで作ってくれたのだろう。


「ありがとうポレラーニ」

「やりぃ! いただきます!」


 二人は早速とばかりに更に食らいついた。

 子供の姿でなくても、食べるスタイルは変わらないのな。


「あれ? もう覚えたんです?」

「美味しいと思ったものは覚えるのが早いんだよ。明日からメニューに追加させてもらうよ」


 にかりと言うポレラーニさんに、オレも笑みを浮かべた。

 何にせよ、レシピに書き記す手間が省けたのはありがたい。

 文字を書いてくれるのはそこにいる双子のどちらかだけどな!


「最近新しい冒険者が増えましたね」

「そうなんだよ。だから最近少し困ったことが多くなってねぇ」

「あー、さっきのような血の気の多い冒険者?」


 ポレラーニさんは頷いた。


「アラシくんが目新しいメニューを考えてくれてから、噂が広がっているらしくてね。あのような料理はこの街でしか食べられないからと冒険者がこぞって森を抜けてくるようになったんだよ」

「ふーむ。街に来てくれるのはありがたいが、暴れられるとオレとしても困るよな」


 もう食べ終わったのか!

 オレとポレラーニさんの会話に、リーズヴェルが加わった。

 シルフィリアは、リーズヴェルが残した野菜を掻っ攫っていた。


「何か対策を立てられないか、考えてくれないかね」

「うーん……冒険者が来てくれるのは街としても有り難いから、来るなとは言えないんだよな」


 この街は、宿屋の収入と貸家の家賃が主な収入だ。

 冒険者も増え、精霊たちも家を立てたりで大忙しみたいで、街全体が賑わい始めていた。

 だからリーズヴェルは悩んでいるのだろう。


「ファルスたち警備隊も色々と頑張ってくれてるんだけど、人手が足りないらしいしね」


 ようやく食べ終えたシルフィリアは言う。


「ふむ……だったら、人間からも雇ったら良いんじゃないか?」


 と、オレが提案すると二人は苦い顔をした。


「人間がファルスたちの速さについていければいいんだけど」

「今までも何回か雇ってみたけど、どれもすぐに根を上げてやめてったよ」


 だろうな!

 なにせ風の精霊の強さは半端ない。

 人間なんて、束になっても敵わないだろう。

 特に、霊力を無限に供給できるこのペルケッタ大森林の中だとなおのことだ。


「警備隊も、物好きの集まりだからたったファルスと後二人しかいないからなぁ」


 その二人の強さ……もしかしてファルスと同等とかじゃないだろうな?


 オレはもう一つ提案を出してみる。


「ギルドに話をしてみるとかは? 例えば、街の治安維持に協力してくれと依頼を出すとか」


 思いついていなかったのか、リーズはポンと自分の手を叩いた。


「それ、いい案! よし、ネリーゼンに話をしてみるぜ!」

「アラシって、本当は頭いいんじゃない?」


 あえて言わなかったが、多分精霊ばかりに頼り尽くしていたんじゃないだろうか。

 人間に目を向けてこなかったのは、そういうことだろう。

 分からなくもないけどな。妖精の力は人間なんかよりも遥かに強いだろうし。


 二人は急いで店から出ていこうとしていた。

 と、シルフィリアが振り返り言う。


「あ、アラシ! ネリーゼンが明日館に来いって言ってたよ」

「ああ、了解」


 手を振り言うとシルフィリアは満足そうに頷いてリーズヴェルの後を追っていった。

 静かに現れたのと対象的に、ドタバタと帰っていった二人に小さく笑う。


「お、おいアンタ! あの風の精霊たちとどういう関係なんだよ!?」

「オレたちなんか近付こうとするだけでも威嚇されるんだぞ、あの姫に!」


 オレが一人になった途端、周りの冒険者たちが(たか)りだした。


「こらこらアンタたち。アラシくんはこれから食事なんだ、邪魔をするんじゃないよ」


 やれやれと集まった冒険者たちを散らしながら、ポレラーニさんは厨房へと戻っていく。

 ありがとうポレラーニさん。流石に説明するのも面倒だったから助かったよ。


 そう心の中で礼を言いながら、オレは今一度ファットルースターの照り焼きにフォークを突き刺したのだった。

 それにしても――

 ネリーゼンがオレに用って何だろう。




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