25.まだまだこれからも
「これは、オレの仲間だったユーグリッドの巫女からの手紙だ」
「それって、ユーリからか?」
「そうだぞ」
それをリーズは受け取り、中身を見る。
「なになに? 『バドフェン近くの廃墟に墜落の魔道士が一人、アギーマスがいます』?」
「ユーグリッドの神官長は、デグラゼリンから放逐された危ない連中を始末したいとオレたち勇者連中に依頼をしてきやがってよ。
けどどこにいるのかもわからねえものを闇雲に探してもキリがねえだろ?
捜索はユーグリッドの旅する巫女にさせて、オレたちはそれぞれ街を拠点に冒険家業やら領主やらをしながら、連絡を待ったんだよ。
んで、魔道士を見つけたら一番近くの街にいる仲間に伝達、そのまま始末する手はずになってたんだよ。
オレはすぐに動いたんだけどよ、アイツ、デグラゼリンの中でも屈指の魔道士だったようでな。
だが援軍を呼ぶ暇があれば魔道士は何をしでかすか分からねえ。バドフェンも近いから危険が及びかねねえ。
と考えている間に、アギーマスはこれを投げてきたんだよ」
と何かビンのようなものを差し出した。
ネリーゼンはそれを受け取る。
「ほう。これは面白いな。魔術を詰め込んで、蓋をあけると術が発動するのか」
「それに、傀儡術が詰められていたらしくてな。しかも強力な。オレはあっけなくその術にかかり操られちまったわけよ」
「へぇー。お前、精神攻撃とかに弱かったもんな!」
「面目ねえ……で、気付いたらベクレイトの店にいてな。何やらめんどくせえ事になってるって話だったからオレが出て話をちゃんと聞こうと思ったんだよ。
けどなんでかリーズがいるし、オレの知らねえ男がいるしで出そびれちまってな。
しかも霊力爆弾を持ってて、しかも爆発寸前だったからどうしようと思ったんだ。
リーズいるし何とかなるだろうし、オレはこのまま外に出て魔道士の始末の続きをと思って走り出したらリーズがついてきてな。
その時思ったんだよ。久々にリーズと戦いたいって。
オレは操られたふりをして、リーズと戦っていたらシルフィも参戦してこれは流石にヤバイと思った。
けど、好都合だとも思ったんだよ。
お前らがいれば魔道士の始末が手っ取り早くなるだろうと思ったらニヤケが止まらなくてな。
きっとお前らはここに来るだろうと思ってここまで戻って待っていたって訳だ」
アッハッハと笑い始め、オレは唖然としてしまった。
リーズも珍しく目が座ってるし、シルフィリアも笑ってはいるけどご立腹みたいで手のひらにグルグルと風の渦を生み出していた。
リーズがいたおかげで三人は無事だったけど、もしリーズの反応が遅かったら大惨事だったのだ。
それにオレが見た、ゲイルさんが笑っていた理由が他力本願に繋がっていたとは。
あまりの下らない理由に、ちょっとイラッとしたので。
「ベクレイトさんの店の商品、滅茶苦茶になってたなぁ。そう言えばオレたち普通に話してたよなぁ、犯人のこと」
とオレがボソリと言うと、ゲイルさんはビクッと体を震わせた。
「オレたちも、あの店がないと困るんだが、なくなったらどうしてくれるんだろうな」
とファルスがジト目で言うと、ゲイルさんは汗をダラダラと垂れ流し始めた。
「そ、それは……その……」
しどろもどろし始めたとき、ネリーゼンは言った。
「霊力切れになったのを、これほどまでに無念に思ったことはないのぅ」
錫杖をゲイルさんに突きつけていた。
「――っ! すんませんでしたぁッ!」
ゲイルさんは、速攻で土下座をして頭を床に擦り付けたのだった。
やっぱり、親子だな。
「あはは! ゲイルは後で私たちがお仕置きするよ!」
「そうだぜ! おれたちを振り回してくれたしな!」
「おいおい! お前ら相手に遊んでいたらこっちの身がもたねえって!」
やれやれとため息を吐いたネリーゼンは更に問いかけた。
「もしやスピリトをスパイしていたのはゲイル、お主か?」
「い、いや……それは分からねえな。オレかもしれねえし別のやつかもしれねえし」
頭を上げて答えるゲイルさんに、ネリーゼンは唸った。
「ふむ。いやな、何故リーズ様とシルフィ様、ファルス様の情報が外に流れたのか気になったのでな」
「あー……スピリトの街に住んでる人でなければ、オレかもしれんな……覚えがないとは言え、申し訳ねえ」
「いや。この件に関しては証拠不十分だしの。シルフィリア様のお仕置きでひとまずは終いにしておこう」
「え。結局オレは吹き飛ばされるのは絶対、なんだな?」
あれだけ強いと思っていた男が、情けない顔を上げて言う。
「心配しないで! 私の今の霊力、そんなに強くないから」
「アホか! お前の強くねえは弱えって言わねえんだよ!」
「だったら、さっきの死合再開するんだぜ?」
「文字が違うんじゃね!? って、お前らやめ――」
合唱。
何はともあれ、三人が戦い? を始め、派手な爆音が鳴り響いたからか、驚いたトラッドが扉の向こうから走ってきた。
ゲイルさんを見て、「父さん!?」と声を上げたが、当の本人はリーズとシルフィリアの攻撃をいなすのがやっとだ。
そんな中、オレは一つ気になることがあった。
それは、ファルスだ。
オレはファルスの隣に立ち、鼻を寄せた。
何処かで嗅いだことのある、独特な匂い……
「どうした、アラシ様」
「んー……いや、この匂い、なーんか引っかかるんだよ」
「ああ。これはな――」
と、ファルスは一つのツボをどこからともなく取り出した。
「ま、まさか……それは!」
「どうもこれがポットを満たしていた液体に溶かされていたんだが」
そう! まさしくそれはオレが求めていたものだ!
ファルスはポットから妖精を助け出す時、どうしてもソレが溶けた水に触れなければならなかった。
だからファルスの服には、匂いが染み付いていたのだ。
ツボには一枚の張り紙が貼られていて、それを読んでもらうようにファルスに頼んだ。
「ミーソには霊力の回復を促す効果がある……と書かれてるぞ」
アギーマスが味噌を買い占めた理由が、ここで知ることになるとは。
ただの水にミーソを溶かすとか……悪くはないが、それはただの味噌水だろうと、ミーソへの冒涜だと改めてヤツに怒りを覚えたのだった。
ミーソは出汁に溶かしてなんぼだ! おとといきやがれアホ魔道士め!
魔道士の暗躍事件は無事終了という流れになった。
そして、オレは無事ミーソを手に入れることが出来たのだった。
戦利品がミーソだけってなんて寂しい……いや、喜べオレ。
◇◆◇◆◇
ボロボロになったゲイルさんをバドフェンへと送り出し、オレたちは無事スピリトの街へ戻った。
苦労に苦労して手に入れたミーソのツボを手に、ダリスの食堂へ。
営業を終え、後片付けをしているポレラーニさんは、オレの姿に気がついたようで。
「おや? こんな遅くにどうしたんだい?」
「こんばんは、ポレラーニさん。ちょっと試してもらいたいレシピがあるんだけど、良いかな?」
オレの言うことをシルフィに書き記してくれたメモ二枚を片手に振りながら言うと、ポレラーニさんは首を傾げながらも頷いてくれた。
その時、バンッと店の扉が勢いよく開く。
「兄ちゃん! ショーガ焼きと何か食わせてくれるんだぜ!?」
「アラシ! ミーソって匂いが凄いから料理には合わないんじゃないの!?」
ぎゃあぎゃあと店に駆け込み、オレの背中にへばりつきながら叫ぶ双子に。
「!? リーズヴェル様とシルフィリア様! だ、ダリスちゃん! お客様だよっ!」
と動揺しながらポレラーニさんはダリスを呼び出した。
「もう閉店なのね――って!? リーズヴェル様とシルフィリア様とアラシさん!?」
「邪魔するぞ。ここに来るのも久方ぶりだのう」
「オレもここで食事するのは久しぶりだ」
「ひぇえええ! ネリーゼン様とファルス様まで!?」
そう、今回は館に詰めている人たち全員を呼んでいたのだ。
さらに――
「私もいますよ」
最後に入ってきたのはトレア。
彼女を見たダリスは動揺していた。
「ママ!? 滅多に街に入らないのにどうして――」
「ええ。アラシ様に呼んで頂けたのですよ。私は食事は滅多にしませんけど、是非食べてもらいたいと仰られるので」
「本当に珍しいですね! あ、皆様! ちょ、ちょっと待っててくださいね! お席用意しますね!」
あ、コケた。
静かな店内が、人が増えたことで少しだけ賑やかになった。
用意されたテーブル席にみんなを座らせ、オレとポレラーニさんは厨房へと向かう。
ポレラーニさんの調理を見させてもらったが、元冒険家とは思えないほど手際が良い。
日本のベテラン調理師顔負けだ。
かまどでの火力調整は不可能かと思っていたけど、薪の量を変えた三口が機能して、逆に勉強させられた。
滞りなく調理を終え、大皿に乗せた料理たちをテーブルに乗せた。
「今日はダリスとポレラーニさんにも味見してほしいんだ」
「は、はい!」
「私、本当はミーソが苦手なんだけどねぇ……」
「騙されたと思って食べてみてよ」
意外な事実だけど、オレは自信を持っていた。
古くないショーユとミーソ、そしてファルスが運んだ新鮮な野菜と肉で作られた料理なのだ。
絶対に、満足してもらえる。
今回用意したのは、豚のしょうが焼きと、ミーソを使った野菜炒めだ。
本当は味噌汁を用意したかったけど、出汁がないから材料を手に入れてからになるな。
後は米。これは絶対に手に入れたい!
やっとご飯だと待ちわびていたはらぺっこ三兄弟は皿にかぶりついた。
三人用に大皿を用意しておいて正解だった。
他の面々も次々と箸を伸ばし、料理を口に入れ――
皆の笑顔が輝いた。
「はい! 店のメニュー採用ね!」
「多少野菜が傷んでいても、ミーソで十分美味しくなるねぇ」
「新しい発見です。ダリス、後で私にもレシピを教えて下さい」
「分かりましたね!」
喜んでくれて、何よりだ。
明日からは、この店に来てくれる人たちが同じような顔を見せてくれるかもしれないと思うと、胸が弾んできた。
そして――
「にーちゃん、オレに毎日料理を作ってくれ」
「おいリーズ。そのプロポーズみたいなのやめてくれ。悲しくなる」
「ぷろぽおず? なんだそれ。いや、それよりも! ショーガ焼きもミーソの野菜も美味しいぜ!」
「そりゃ良かったよ」
リーズとやり取りをし。
「アラシ! 本当に美味しかったよ!」
「やっと少しだけ進めたな」
「だね。でも、これで終わりじゃないんだよね?」
「ああ……むしろこれが始まりなんじゃないかな?」
そういうオレに、シルフィリアは微笑んでくれて。
「二人には感謝してるよ。オレをここに連れてきてくれて」
「あたしたちはむしろ余計なことに巻き込んじゃってるけどね!」
「だなぁ。今回のこともにーちゃんは全然関係なかったからな」
としみじみと二人は言う。
だけどオレは笑った。
「調味料一つだけでも大変だったし、色々と考えさせられたけど。オレはこの道を選んだんだ」
オレは二人に頭を下げる。
「これからも宜しくな、リーズ、シルフィ」
言うと二人の手が、オレの頭の上に乗せられた。
「じゃあ、あたしたちも頑張らないとね!」
「だな! よーし! 次は何するんだぜ?」
二人は楽しそうに言って、オレの手を引っ張った。
そして、これからのことを語り合うのだ。
そう、まだ始まったばかり――
第1章、終わりました!第2章を続けながらこれまでの話を加筆修正していくかもしれません。




