23.代償と暴走
すると空に浮くシルフィリアは上体をもたげた。
「ふわぁ……さっきの雷、ちょうど気持ちいい所に流れてくれたからつい寝ちゃったよ」
「なっ!」
オレも驚いたけど、もっと驚いていたのはアギーマスだった。
「何故、何故動けるのです!?」
シルフィリアの霊力を吸収しながら狼狽えるアギーマス。
「何故? 雷って、風の精霊に効かないんだよ?」
と、シルフィリアはあどけない笑顔を浮かべて言ってのけ、ひらりと飛び跳ねてオレたちのそばに立つ。
「バカな! それにこの術は私が長年研究してきた精霊の自由を封じ、もっとも効率よく霊力を奪う術なのですよ!? それを、そんなあっさりと抜け出すなんて――!」
予想外なことに気が動転しているのだろう。
「精霊って、一般精霊でしょ? 上位精霊に実験できたわけ?」
「ッ!」
「その程度の拘束力で上位精霊を縛り付けられると思われていたなんて……心外だよ」
眼の前で起こった事が信じられない、という顔をアギーマスは浮かべていた。
自分の力が最強だと信じていた男は、シルフィリア一人に全否定されたのだ。
更にシルフィリアはヤツの喰らい残しの霊力を指差す。
「あとそれ手放したほうがいいよ? 人として生きたいのなら」
だが、シルフィリアの霊力はヤツが握っていた。
ヤツの口が歪んだ。
「クヒュ! クヒュヒュ! そうでした! あなたの霊力は私が握っていたのです! これだけの霊力を持っていれば、私は世界中の魔道士の頂点に立てるのです!」
少しずつ、己の体へと力を取り込んでいく。
「そこで見ていると良いのですよ。最強の魔道士が、生まれる瞬間を!」
と豪語するのだが、シルフィリアを始めリーズとネリーゼンは冷ややかな目でその様子を伺っていた。
「だ、大丈夫なのか? あのまま放っておいて、これ以上手を付けられない状況になったらどうする――」
「心配無用だのう。じきに分かる」
「そうそう! だからにーちゃんは出番まで後ろで待機してたら良いんだぜ」
「そんな悠長な……」
呆れて息を吐きながら言うネリーゼンと、笑いながら言うリーズ。
オレは顔を歪ませながら、言われた通り後ろに下がる。
「クヒュヒュヒュヒュヒュ! 良いですよ、体の奥底から湧き上がる霊力! あの、愚かな魔道王にも負ける気はしませんねぇ!」
殆どを身の内にとしてしまったヤツの喜びに、シルフィリアはポツリと呟いた。
「愚かな魔道士……」
「――ッ!? な、何だ!?」
ヤツに、異変が起き始めた。
苦しそうに胸元を手で抑え、悶絶していた。
「き、キサマ、何をした――グォッォオオオオッ!」
「私は何もしていないよ。アンタ自身が無断で私の霊力を奪ったんじゃない」
「ど、どういう――」
瞠目するアギーマスに、シルフィリアは続けていった。
「どうしてこの世界に、精霊術士が存在していると思ってるの?」
「そ、ソイツらは精霊の霊力を借りるだけの存在なのでは――!」
「そう、私達は精霊霊力を貸しているの。精霊術士が持つ霊力と引き換えにね。ここまで言ってわからないなら、アンタはバカ以下だよ」
そうか。
アギーマスは立て続けに精霊から、霊力を搾取し続けてきた。
己の霊力を、対価とせずに。
そして、飽き足らず上位精霊であるシルフィリアからも。
「霊力ってね。持てる量に限界があるんだよ。どんな生物にも。魔道士だったら、そんな基本的なこと分からないわけないよね?」
「そんな――ッ! で、では私はッ!!!」
絶望の色を滲ませ始めたアギーマスに、シルフィリアはよく出来ましたと言わんばかりの笑みを浮かべる。
「ようやく思い出したようだね! そうだよ、霊力過剰摂取だね。で、その結末は何だったっけ?」
「い、イヤダ! 私は、まだ死にたくないッ! 人間のままでイタイ! マモノニ――」
ナリタクナイ。
その言葉が、風に消えた。
オレは思い出した。
畑の件だ。
高濃度の霊力に晒されれば、野菜が魔物に変化してしまう現象。
それと同じことが、ヤツの体内で起こりつつあるのだ。
「グオオオオオオオオオオッ!?」
人間とは思えない、苦痛の咆哮が空気を震わせた。
「オレたちの出番かな?」
リーズは剣を持って、生まれくるであろう未知の魔物に対峙する。
大きく息を吸って、リーズは叫んだ。
「行くぜ、ゲイル」
「ああ」
するとさっきまで敵だと思っていた男、領主さんが部屋に飛び入ってきてリーズの隣に立つではないか!
「リーズ、これは一体――!」
「見ての通り、コイツを操っていた術は解けたってことだぜ!」
言って胸を張るリーズ。
いや、偉ぶってる場合じゃないからな?
ネリーゼンは二人の後ろに立って言う。
「シルフィリア様の霊力を取り込んだ瞬間に、あの魔道士の霊力の性質が変わってしまったからかのう」
「いや。実はな、今日の朝には既に術は解けていたんだと」
「なんだって!?」
オレは叫んだ。
「じゃあなんで今日の朝、ベクレイトさんとセレン、そして息子であるトラッドをあんな目に!!!」
すると男は困ったように眉を下げ、オレを見て言う。
「――後で、弁明させてくれねえか。今はその償いをさせてくれよ、えーっと」
「にーちゃんの名前はアラシだぜ!」
寡黙だったさっきまでとは違い、随分とイケてる男の喋り方で話し、頭を下げてきた。
釈然とはしないけれど、今は目の前のことを片付けないとと言い聞かせ、オレは分かったと言った。
「兄貴、ポットの中の精霊たちは避難完了したぞ」
ファルスがそう言うから、オレは辺りを見渡す。
いつの間にかポットの全てを破壊されていた。
中に居たはずの精霊たちの姿は、一切なかった。
吹き飛ばされたはずのファルスはほぼ無傷だった。
どさくさ紛れに、精霊たちの救出を成し遂げたのだろう。
「これで思う存分暴れられるぜ」
「おいおいリーズさんよ。ここは地下だから崩落させねえようにな?」
「ぜんしょする!」
いや、コイツは善処する気はない。
それにゲイルさんって人もノリノリな表情を浮かべている。
つーか、緊迫した状況の中でゆるい感じを見せるリーズ達に、オレのほうが毒気を抜かれてしまった。
「アラシ、ちょっといい?」
シルフィリアがオレのことを呼んだ。
視界が揺れる中、シルフィリアの隣に立ち、向かい合わせになる。
「どうしたんだ?」
「私の力だけだと、アレには勝てない。だから、アラシの力を借りたいの」
と言って、オレの両手を握る。
そして何かを呟き始めた。
「シルフィリア様。本当に、奥の手を使うのですね」
「多分、リーズだけじゃアイツは倒せない。ファルスとゲイルがいてくれても五分五分。だったら、私はアラシに私の力を委ねて、少しでも勝つ確率を上げるよ」
オレの手を握るちからが強くなる。
「……仕方ありませんな。でしたら、我がお二人を守りましょうぞ」
諦めの苦笑を浮かべ、オレたちの前に立つネリーゼン。
「ファルスはリーズとゲイルと一緒に行ってきて。私たちへの攻撃はネリーゼン一人で十分防げるよ」
「分かった」
小さく頷き、ファルスはリーズたちの隣に立つ。
「さて、アイツを倒すぜ!」
「オレを弄んでくれた礼をしねえとなぁ!」
「下等精霊と見下してくれた礼も返さないと、だ」
リーズたち三人は大暴れする気満々だ。
いや、さっきのゲイルさんとやらのここは地下だという忠告、忘れてないよね?
つか、言った本人が忘れてるんじゃないか?
「やれやれ……我の仕事が一つ増えたのう」
と呆れ返るネリーゼンは、錫杖を呼び出して構えた。
風の精霊と、バドフェンの街を巻き込んだこの事件の黒幕である魔道士は、その姿を失った。
異形の魔物へと成り果て、オレたちをギロリと睨みつける。
人としての姿を捨て、形の揃わない四肢で立ち上がる。
禍々しい気が入り混じる霊力を衣のように身を包む。
顔も原型を留めておらず、窪んだ目と飛び出た目が気持ち悪い。
「いい? 私はアラシと憑依契約を結ぶから、時間稼ぎお願いだよ!」
「任せとけー!」
リーズ達は駆け出す。
ネリーゼンはオレたちの周りと、この部屋の空間全体に障壁を展開した。
地下崩落防止というところか。
「アラシは集中して、私に全てを委ねてね」
「あ、ああ!」
オレは頷いた。
――我が風の精霊の力の源の名に於いて 汝の力となり知識となりし血盟の契約をここに結ばん――
リーズと霊力をつないだときと同じように、風が両手に纏わりつく。
全身に風の力が染み渡っていく。
そして――
「グッ、ゥッ!?」
――我が力、我が知識を刻み 我が全てを汝とともに――
痛みは段違いだった。
全身を切り刻むような痛みに、足が腹が胸が頭が――すべての場所が冷たくなっていく。
シルフィリアの手が、熱い。
その熱だけを感じることが、自分が生きている証のようだった。
次第に意識が遠のく感覚。
まさかこんなときに――
『私に全てを委ねてね!』
その言葉が、脳裏によぎった。
オレは、体の力を抜いた。
シルフィリアの事を、信じて――




