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22.本当の企み




 リーズは吠えた。


「さっきのリベンジ、果たしに来たぜ!」

「……」


 男はやはり何も語らない。

 だけど、只ならぬ気配を察知したのだろうか、すぐさま剣を抜いてリーズへと駆け出す。

 赤く煌々と輝くオーラを、刀身に纏わせて。


「頼むぜ、風嵐の剣(ウィンディアソード)!」


 リーズもすかさず背中の剣を鞘ごと左手に持ち、柄を持って引き抜いた。

 二つの刀身が重なり、凄まじい衝撃が走る。


「今度こそ、お前の剣をへし折ってやる!」


 深緑色が鈍く光る剣で、男を押し返しリーズは飛ぶ。

 後ろへと退く男はすかさず切り返しを狙う。


「風よ 我が前の敵に 束縛の芽吹きを与えろ!」


 男の足元から、緑色の細いムチのようなものが多数生え、男の足に絡みついていく。

 足から腹、腹から手へ、全身を縛り上げ、男の行動を封じた。


「にーちゃんたち! 先に進むんだぜ!」

「ああ!」


 オレたちは奥へと走る!

 ブチブチブチッ! と何かを捩じ切る音が響く。

 男が、リーズの拘束を全力で引きちぎっていたのだ。


「させるかっ!」


 背後で、再び剣戟の音が響き渡る。


「アラシ、大丈夫だよ! リーズなら、絶対に勝つから!」

「――ああ!」


 心の中では不安だった。

 リーズは強い、けれど相手も巨大な力を持っているのだ。

 だが、シルフィリアはオレの背を、安心させてくれるように撫でてくれた。




「もうすぐ最奥に着くのう!」


 大きな扉が、迫ってくる。

 ファルスが大剣を構え、扉に飛びかかる。

 キンッと音を立て、崩れ落ちていく!


「! これは――」


 絶句。

 まさに、凄惨たる光景だった。

 左右両サイドに並ぶ、幾つもの円柱ポット。

 伸びるホースが束になり、床に広がっている。

 ドクリ、ドクリ、と不気味に脈動する何かに、オレの体内が揺れた気がした。

 静寂が相まって、耳障りな音が脳を刺激する。


「トラッドが言った通りだね、中に同胞がいる」


 目を凝らして見ると、何かの液体に沈められた人の姿。

 風の精霊の特徴の背中の羽、尖った耳。

 口にはマスクが付けられている。


 漫画で見かけたことがある光景だが、それを現実に見えると体が強張ってしまった。


「全員、生きてるな」

「だのう。だが、着実に衰弱していっている。霊力を、吸い取られているの」

「うん。早くここから出してあげないと霊力枯渇で消滅しちゃう」


 消滅――それは精霊にとっての死なのだろう。


「悪趣味だ……」

『それは心外ですね。この素晴らしい光景、ずっと見ていても惚れ惚れしますよ』


 オレの呟いた一言に、男の声が反論する。

 何処を向いても、ソレの姿は一切見えない。

 掠れた声の笑い声に、耳が痛い。


「どこにいる、姿を現せ」

『せっかちですねぇ。慌てなくても、きちんとおもてなしをさせていただきますよ」


 せせり嗤う声に不快感がどっと湧き上がる。

 薄暗い室内の向こう、ヒールを床に突く甲高い音がこだまする。


「こんにちは、皆さん。ごきげんよう」


 目深にフードを被った、漆黒の魔道士が目の前に現れたのだった。


「あんたが、トラッドを操りリーズ達を襲わせ、魔物の大群を使いセレンを危険な目に合わせ、領主を使って三人を消そうとした張本人だな」


 オレは静かに問うた。

 魔道士の男は指を口の前で立て、左右に振る。


「全ては私の崇高なる計画の為。私に奉仕が出来る事は幸せなことなのですよ」

「ふざけるなっ!!!」

「ふざけてなどおりませんよ。事実、私の研究は世のためになるのですから。必ず――」


 瞬間的に、大気をきる音と共に白い閃光が横を通り過ぎる。

 それは、魔道士に直撃する前に散った。


「アラシ、こんなヤツの言葉聞く必要ないよ!」


 シルフィリアは弓を構えて言う。


「おや、あなたはシルフの名を冠する風の精霊の姫、シルフィリアさんじゃないですか」


 にたぁと、禍々しい笑みを浮かべシルフィリアを見回す。


「やめて、そんな汚い目で見るのは」

「ヒュヒュヒュ、これは失敬。ですが、この場に来て頂けるとは僥倖です」

「できれば来たくなかったけど、ねっ! そんなことよりも、閉じ込めている彼らを解放しなさい!」

「彼らは重要な材料ですから、それは聞けませんねぇ」

「だったら、アンタを倒して私達で解放する!」


 第二波を放った。

 収束する風の力が発する甲高い音。

 それが魔道士を貫こうと突き進んだ。


 ギュオンッ!


 魔道士の手の上に、黒い渦が広がる。

 するとシルフィリアが放った矢の軌道が変わり、闇に吸い込まれる。


「クヒュヒュヒュ、流石に超収束された風の矢は先ほどみたいに打ち消せませんからねぇ」


 と言い捨てる魔道士に、すかさず横撃を入れに走るファルス。

 力のままに大剣を横へと振るい、魔道士の体を薙ぐ。

 だが!


 ヤツはたたらを踏むと、黒いの壁が一瞬で展開された。

 ファルスの大剣は壁に阻まれ、ファルスは大剣を構え直し空を舞う。

 たった一瞬の間にヤツの背後をとり、再び大剣を振るう。


 ヤツは反応し、手のひらに生み出した黒い壁で剣を防ぐが、力は圧倒的にファルスが上。

 壁を突き破れなくとも、ヤツの体勢は崩れた。


「我が風の力 愚かな敵を貫く矢雨となれ」


 シルフィリアの詠唱が終わる。

 強い光を湛える矢を弓に番え、天井に向かって解き放つ。


 光の筋が弧を描き、空で弾けた矢がヤツへと降り注ぐ!


 怒涛の矢の雨に、ヤツは飲み込まれていった。


「クヒュヒュヒュヒュ! 素晴らしい! その力、まさに我の為にあるものだ!」


 舞い上がる煙が晴れていくと、ヤツは平然と立っていた。

 漆黒のローブがはらりと落ちて相まみえた、銀色の長髪をたなびかせながら。

 痩せこけた頬、蒼白な顔、はまさに、異常人物という何相応しいとオレは思った。


「あやつ、既に精霊の力を吸収しておるな」


 とネリーゼンは言った。


「ヤツの体内にある霊力、人間とは考えられないほど大きいね」


 シルフィリアもそう答えた。

 

 先程とまでは打って変わって、ヤツから巨大な威圧感が襲ってくる。

 ヤツは両手を前に翳し、詠唱を始める。

 理解不能な言語で紡がれていく術。

 ヤツの手のひらに、強い力が集まる。


「さぁ、あなたたちに耐えられますか?」

「ッ! アラシはネリーゼンの後ろに! 早くっ!」


 シルフィリアは叫んだと同じ時、ヤツは力を開放した。

 あれに触れれば、怪我では済まない――オレはそう理解したのはすぐだった。


「ネリーゼン!」

「分かってますぞ」


 オレの前に立ったネリーゼンは、バリアを張り巡らした。

 ヤツが放った力はその障壁に阻まれ、嫌な音を立てながら消えていく。


「あなたも魔道士ですか」

「そんな低俗な輩と一緒にしないでもらいたいのう」


 ネリーゼンが使ったものは、魔道士が使うものと同質。

 即ち、魔術だった。


「低俗、ですって?」

「そう聞こえたのであれば、そういうことだの」


 ニヤリとしたネリーゼンの言葉に、ヤツの痩せこけた頬に血管が浮かび上がる。

 下弦を描いていた口は上弦へと変え、やつれた双眸が釣り上がっていく。


「魔術師こそ最強、魔術師こそ至高――それが分からぬ者に、低俗と口にするのは許せませんね」

「だったら、どうするのだ?」


 挑発を繰り返すネリーゼンに、ヤツは力を放つ。

 ネリーゼンもそれに応じて、同じように力を放つ。

 二人の力がぶつかり、一緒に消えていく。


「互角、だと? 精霊の霊力を得たこのアギーマスと同程度の力を、あなたは持っていると言うのですか!?」


 ようやくヤツの名前を知ることができた。

 いや別に知る必要なんてなかったけどな。


「まさか。同程度だなんて」

「――!」


 意識がネリーゼンにあったため、アギーマスの行動がワンテンポ遅れた。

 シルフィリアの一閃が、ヤツの脇腹を貫通した。


「烏滸がましいにも程がある」


 と、ネリーゼンは言い捨てた。


 アギーマスの体が崩れ落ちていく。

 そして、広がっていく赤。

 ヤツの体は、動かない。

 終わり――なのだろうか?


 そう思った一瞬だった。


「きゃっ!?」

「!」


 シルフィリアの短い叫びが聞こえた。


「クヒュ、クヒュヒュヒュ」

「シルフィリア!」


 シルフィリアの背後に、アギーマスの姿。

 首に腕を回し、耳障りな笑い声を上げていた。


「これで、私はデクラゼリンの王に一歩近づけますね」

「は、なせっ!」


 藻掻くシルフィリアに、ヤツは腕の力を込め。


「グッ、ァアアアアアッ!!!」

「少しは大人しくしていてくださいよ。あなたは私にとって、大事な大事な霊力供給源になるのですから」

「シルフィリアーッ!!!」


 電気の迸りが、シルフィリアを襲う。

 ヤツの腕の中で、力を失いつつあるシルフィリアを見たファルスは動く。


「姉貴を、離せ!」


 ファルスらしからぬ、怒りの力を乗せた剣撃を放つ。


「あなたに用はないんですよ。下等な風の精霊には」

「ッ!?」


 一瞬で障壁を生み出し、ファルスの剣撃を掻き消した。

 そればかりか、圧縮した力をファルスに叩き込んでいた。


「ファルス!」


 ファルスは吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。

 ネリーゼンが一歩前に出ていく。

 

「まさか……お主の目的はシルフィリア様だと言うのか」

「ええ。風の上位精霊の中でも最強の霊力を持つ、シルフの名を冠する姫の力は、私にとって極上の力なのですよ!」


 嘲笑するアギーマスはポットを見渡す。


「彼らの霊力もなかなかに強力でした。お蔭でこれだけの霊力を持つことが出来、貴方達に対抗し得る力を手に入れることが出来たのですから」


 違った。

 コイツはハナから、逃げるつもりなどなかったのだ。

 オレたちにそう思い込ませ、実のところはオレたちがこの場に来ることを待っていたのだ。


「研究は、もうとっくに完成させていたということか」

「ええ。完成したのは三日ほど前のことですがね。皆さん実に素晴らしい動きを見せてくれました。特に勇者の一人として名高い、ゲイルという人間には感謝をせねばなりません」

「どういうことだ」


 アギーマスは語る。


「何処からか私の存在を嗅ぎつけた彼はここにやって来ましてね。彼はあろうことかこの私を処断すると言ったのです。

 ですが彼が来るタイミングは実に良かった。

 私が完成させた、傀儡術の効果を更に高めた術の実験の被験者になってくれたのです。

 彼の攻撃は流石と息を飲みましたが、それでも私は無事に術をかけることに成功しました。

 流石は勇者の一角を名乗ることだけはあり、精神破壊までは出来ませんでしたが素敵なコマとなってくれました。

 風の精霊の調査を影で行っていた私は、彼にその役を任せることで研究に集中できるようになった。

 クヒュヒュ……笑いが止まらなくなるでしょう?

 崇高な計画を着々と前に進めることが出来る快楽――たまりませんよ」


 コイツ、狂ってる。

 言葉の端々で愉悦の吐息を漏らし、眼力の強さと言葉の強さがたまらなく不快だ。


「風の上位精霊でも別格の姫が森を縦断するという話を聞いた時は、たまらなく興奮しました。

 ですが、森の中での精霊の強さは偉大な魔道士たる私でも手に及びません。

 あらかじめ用意していた(トラッド)を使い、盗賊団を使って襲わせ、無事にバドフェンの街へと誘導することに成功しました。

 そしてあの娘を魔物に襲わせ、次の日もバドフェンへ留めさせることが出来ました。

 不要になったコマを始末することは出来ませんでしたが、計画には差し支えはなかった――どころか、あなたたちから計画をトントン拍子に進ませてくれるではありませんか!」


 と下品な笑いを上げて言うヤツにオレは叫んだ。


「ま、まさか! 邪魔者は消すことが本来の目的ではなかったのか!?」


 ニタリ。

 何度めかの不快な笑みを見せつけ、ヤツは言う。


「そういうことです」


 コイツの本当の目的は、風の上位精霊であり、特に霊力が大きいシルフィリアをこの場に誘導すること。

 オレたちは、コイツの手のひらの上でただ転がっているどころか、自分たちで転げ落ちてきたのだ。


「――なるほどのぅ」


 さっきから黙って話を聞いていたネリーゼンは零した。


「分かって頂けましたか。あなた達も私の為に素晴らしい仕事をして頂けました。お礼を申し上げます。クヒュヒュヒュヒュ!」


 高笑いを上げながら、魔法陣を組み上げていくアギーマス。


「さて、そろそろ姫から頂きましょう。至高の、霊力を!」


 真っ赤に染まった衝撃波が、オレたちを襲う。

 シルフィリアの体が宙に横たわり、風の力が溢れ出す。


 シルフィリアから溢れ出した巨大な力を、アギーマスは喰らい始めたのだった――


 オレとネリーゼンはただ衝撃波に飛ばされないように、踏ん張ることしか出来なかった。

 何も出来ないのか……早く助けないと!


「にーちゃん! 遅くなった!」

「!? リーズ!」


 領主さんと戦っていたリーズが、駆け寄ってくる。

 勝ったのか――いや、今はそれを話している場合じゃない!


「リーズ! シルフィリアが!」


 オレはリーズの小さな体に縋り付いた。


「落ち着けって、にーちゃん!」

「落ち着けるかよ! このままじゃシルフィリアが――」

「死ぬと思ってる? ないない! あれぐらいの力の吸収じゃ、シルフィリアの霊力を全て吸い切るなんて無理だぜ!」

「……え」


 オレは目を見開いた。

 リーズはニッコリと笑顔を浮かべてから、力の奔流の中心へと叫び始める。


「シルフィリアー! おーい! 起きてるだろー!?」


 と、呑気な感情を乗せるように語りかけたのだった。




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