21.敵地突入
「この街に領主がいないのを、ベクレイトさんは知ってますよね?」
「――」
ベクレイトさんは黙りこくってしまったけど、オレは構わず続ける。
「領主の息子が行方不明になっているのに、町の人々は至って普通の生活を送っていました。オレたちがこの街にやってきた時もそうでした」
「にーちゃんの言う通り、街の人達はあちこち歩いていたし笑っていたぜ!」
「オレはその時気にもしませんでしたがさっき気づいたんですよ。
何故領主は息子を探さないんだって。
息子だからこそ、死に物狂いで、街の人達にも探すようにお願いしていたはず。
だけどそんな様子は一切なかった。
なのにあなたはファルスにトラッドの捜索をお願いしました。
それは領主さんが街にいなかったから、ですよね?」
「――その通りです」
隠しきれないと思ったのだろうか、諦めたような表情をしてから、彼は口を開いた。
「数十日前、領主様はしばらく留守にすると言い、お出かけになられました。
ですが、未だに帰ってこられていません」
「心当たりはないのですか?」
「……その時確か領主様は手紙を読まれていた時でした。読み終えられると突然人が変わったかのように険しい表情をしておられました」
「多分、その手紙に良からぬことが書かれていたのかもしれないな」
「今まで何事があろうとも、お仕事を投げ出される方ではなかったのです。
それは例え、奥様が病気でお亡くなりになられた日ですらも……。
ですがその時だけは、会合の途中であったにも関わらず途中で抜け出され、冒険稼業をする時の格好をして街を出て行かれました」
ベクレイトさんは淡々と言った。
領主さんは奥さん、トラッドにとってはお母さんか――亡くしてたんだな。
暗い空気に包まれそうな店内に、ベクレイトさんは笑いを浮かべて続けて言う。
「私は領主様が帰ってこられると確信しているのです。なにせあの方――ゲイル様は世界屈指の勇者の一人なのですから」
「っ!? ゲイル!?」
「あいつ、いつの間にここの領主になってたんだ!?」
「聞いてないよそんなこと! 本人からも! それに、さっき――」
オレとリーズ、そしてシルフィは思い切り驚いて声を上げてしまった。
「どうかなさったのです? リーズ様、シルフィ様」
ネリーゼンの問いかける。
二人は先程ここを襲撃し、リーズと一戦を交わした相手がそのゲイルって人だということを説明し始めた。
「――ということなの」
「なんと」
「ゲイル様が、魔道士の仲間?」
ネリーゼンとファルスに、焦りの顔が見えた。
「マズイですのう。人間でありながらリーズ様たちと渡り合える勇者の一人が敵側におるとはな……」
「ああ。オレも何度か手合わせをさせてもらったが、一度も勝てたことはない。厳しいな」
うーむ。
この件、とんでもない方向に進んでないか?
オレが買い出しいきたいからって言ってはらぺっこ精霊たちを連れて街を出た。
そして盗賊に襲われた。
それからどんどん泥沼に引きずり込まれてる気がするぞ。
どうしてこうなった――調味料を、ミーソを求めてしまったからなのか!?
調味料のためだけにこのような試練を与えられたのか!?
「でも魔道士を放っておくわけにはいかねえぜ? もし精霊の力を体に無理やり宿したら!」
「分かっておりますぞ。ですが、ゲイル殿の対策も必要になったのですぞ」
「ねえ。だったら、分担したら良いんじゃないかな?」
「と言いましてもシルフィ様。戦力を分散できる状況ではなくなりましたぞ?」
「奥の手があるじゃない!」
「!」
シルフィの一言に、ネリーゼンは瞠目した。
「なりませんぞ! 唯でさえこの中で人間はアラシだけ! 適正があるかどうかもわからないのですぞ! 下手をすればアラシを失うことに――」
何だそれ、その奥の手を使ったら、オレたちが死んでしまうってことか!?
シルフィさん、ここに来てそんな事を言うのですか!?
いつ、嫌われるようなことをしたのだ?
「絶対に、それはない。あたしがそんなことさせるわけない!」
と力を込めてシルフィは言った。
良かった――嫌われてなかった。
でもネリーゼンは更に食いついた。
「ですが!」
「大丈夫だよ。だって、アラシの霊力の大きさは、あたしとリーズの持つ霊力を足しても追いつかないもん」
「え……ええ!?」
今回はえらくネリーゼンが慌ててるな。
珍しいものを見させてもらった。
っていうか、そうじゃねえ!
オレの霊力って、そんなに強かったの?
初耳なんですけど?
精霊術、まだ一つしか使えないんですけど?
風の精霊術の中で基本中の基本のスピードブーストだけだぞ?
「……シルフィ。奥の手はもしものときのために置いておこうぜ。とりあえず、ゲイルを抑えるのはオレがやる。魔道士を抑えるのはシルフィ、ファルス、ネリーゼンだ」
とリーズは表情を険しくして言った。
「あれ? オレは?」
「にーちゃんは、シルフィの傍から離れないでいてくれ!」
「あ、ああ」
オレをほったらかしにするのかと思って心配したけど、杞憂だったようだ。
「すみません。お話中ですが、何が何だかわからないのですが。それにさっきからゲイル様の名前がちらほらと――」
ベクレイトさんは手を上げながら言った。
「ごめんベクレイトさん、慌てずに聞いてほしいんだけど……」
オレはそう言って彼にゲイルさんがどういう状況なのかを話した。
それと今回の事件の経緯も同時に。
「まさか、そんな……ッ!」
絶望の色に染まったベクレイトさん。
そりゃそうだ。
自分の街の領主を操るだけに留まらず、領主の息子であるトラッド、そして自身の娘であるセレンまでもが、自分の知らないところで危険に晒されていたのだから。
更に言えば。
「ベクレイトさんも、狙われていたんですよ。たかが食材を売っただけで」
「え?」
「怪しい客が来たこと、覚えていませんか?」
オレは聞いた。
「――そう言えば数日前、黒ずくめのローブを着た男がやってきました。食料を融通して欲しいと言われ、私は怪しい男だと思い断ろうとしました――」
言って、口が閉じる。
「そこからの暫くの間の記憶、ないんですね?」
「ええ……夜にセレンが帰ってきたことは覚えていますがそれまでの記憶はあやふやですね。
しかしどうしてアラシさんはそれを?」
「ミーソですよ。あなたはミーソがないことになんでだろうという風な感じだった。多分記憶がない時間に売ったのが原因だと思ったんです」
「確かに! ミーソの在庫が何故ないのだろうと思っていました! 食材も何故か随分と減っていたので難儀していました」
にしてはファルスには大量の肉と野菜売ってたな……取り置いていたからかな?
なんてことは、今はどうでも――よくないかも知れないけど、今は他所に置いておく。
「その怪しい男が、今回の事件の首謀者である魔道士なんだぜ」
「そうだったのですね……私は、なんてことを……私がしっかりしていれば、もしかしたらセレンとトラッド君に危ない目を合わせることはなかった……」
思い切り落胆するベクレイトさんだった。
「なあなあ、なんでその場にいた三人に魔術をかけなかったんだぜ?」
「それは簡単ですのう。傀儡術は相手の精神を支配する術。その分難易度が高く、一人にかけるだけでも大量の霊力と時間が必要なのです。
一瞬だけの精神支配であればそう難しいことではありませんが、その場にいる全員に術をかけることは不可能ですのう」
「だったらベクレイトさんだけに支配をかけて食材とミーソを確実に渡させ、更に荷物運びにあの二人を使わせた、ということだな」
「後はセレンという娘を上手に使って、食材の調達をさせれば。なんともまあ滑稽にも賢いやり方だの」
オレも思う。
敵は、頭の回転はとても早いんだと思う。
自分は如何に安全に、事を進めることが出来るのか。
それを考え抜かれた、今回の事件。
ただ、不運なことに最後に狙いをつけた精霊が、リーズとシルフィだったことだと、オレは思った。
勇者というコマを持っていたとしても、リーズやシルフィたちはきっと上手くやってくれるだろう。
「許せない……利用するだけ利用して、最後は関わり合いを持った人たちを始末するなんてな」
久しぶりに感じた、沸々と湧き上がる怒りという感情。
絶対に、その怒りを男にぶつけてやる……!
◇◆◇◆◇
「コイツが内部構造を全て記憶しておる」
と、ネリーゼンの手のひらに立つちっちゃなネリーゼンはピシッと敬礼を取った。
可愛い。
「兄貴、姉貴。武器持ってきたぞ」
「おー! ありがとな!」
「久しぶりに使うから、腕がなるね」
と、何やら厳つい剣をリーズに、随分とゴツい弓をシルフィリアにわたすファルス。
シルフィリアはともかくとして。
リーズは体格に見合ってないんですが、持ち運べるんですか?
「準備は出来た。今から攻め込むぜ!」
リーズは先頭に立ち、指差しポーズを決めた。
背中に背負った剣が、アンバランスに写ってしまう。
それ、リーズのままで使うんだ。
あ、リーズヴェルだと戦えないんだっけ?
「皆さん、ご無事で!」
「ああ、ありがとうトラッド。君は街に戻ってくれても良いよ」
「いえ、ボクはこれでも冒険者でもあるんです。ここで皆さんの帰りを待っています」
オレたちは今、魔道士の住処である屋敷にほど近い場所にいた。
ベクレイトさん親子に見送られ、トラッドの案内でここまで来たのだけれど――
随分と森に近く、街からも程よく近かった。
だがトラッドいわく、人間が全く近づかない屋敷らしい。
見た目はあまりにも不気味だからな。オレでも普通だったら近付きたくない場所だ。
廃墟マニアだったら、とっても喜びそうだけど。
長い年月を経た鉄扉は錆びついていた。
ファルスは力任せに扉を開く。
内部から漂う異様な空気。
この先に、ヤツがいる――
トラッドを残し、オレたちは内部へと侵入していく。
幾つかの足場が崩れ落ちた階段、使われていない暖炉、汚れで黒くくすんだ赤カーペット。
見えるもの全てに手入れが全く行き届かず、様々な物があちらこちらに散らばっていた。
ちらりと右側に見えるキッチン。
おそらくあそこでセレンが料理を作っていたんだろうな――と思ったり。
「こっちだ」
ネリーゼンの導きで、オレたちは次々と先を行く。
屋敷の地下へと続く、石の螺旋階段。
人一人通れるぐらいの狭さだ。
ここを通っている間に襲われでもしたらたまったもんじゃねーなと思いつつも、階段を降りきった。
随分と奥深くまで降りただろう。
一階は荒れていても屋敷の風体を持っていたが、地下は床と壁が石と土だった。
だがオレは驚いた。
天井が、随分と高いのだ。
広大な空間に圧倒されたオレは、たまらず息を飲んだ。
空間の突き当りまで辿り着くと、マイクロネリーゼンが指をさし、全員が頷く。
随分と静かな行進だ。
いつもは騒がしいリーズやシルフィリアも、今は空気を呼んで静かに歩いている。
足音も極力立てずに。
角を左に曲がり、さっきの空間とは桁違いにデカイ部屋にたどり着いた。
マイクロネリーゼンはまだ前を指さしているから、ここが終着点ではないようだが。
淡く光る魔力球が壁の到るところに備わっている。
色が青いから、人魂が辺りをフヨフヨと漂っている雰囲気がして少し肌寒く感じる。
「――来た」
リーズは言う。
オレたちは身構える。
カチャン、カチャンと鉄がぶつかりあう音。
薄暗い向こうから、ソイツの姿が現れる。
「ゲイル」
さっき見た黒尽くめとは全く違う、明らかに冒険者――いや、勇者としての装備で身を固めた男が、オレたちの目の前に立ちはだかった。




