19.刺さる違和感
「あなた方は……っ!」
「丁度いい所で目を覚ましたか、小僧」
トラッド君は、リーズたちを見て驚愕し、ベッドから飛び降りた。
そして床に膝を付き、頭を床に思い切りこすりつけた。
「申し訳、ありませんでしたっ!!!」
土下座――日本では最上級の謝罪と言われるものを、この世界で見ることが出来るとは思わなかった。
トラッドさんは、涙を浮かべながら、ただただ頭を下げ続けた。
「ボクはとんでもないことをしてしまいました! あの男に操られ、自分の意志でないにしろ盗賊を使ってあなた方を襲わせてしまいました……ッ!」
そう言うと、黙っていたリーズは静かに手を上げた。
「いいんだぜ! アンタは操られていたんだろ? だったら、アンタも被害者だぜ!」
リーズはそう言いながら手をクイッと跳ねさせた。
すると顔を上げたトラッド君は驚いていた。
そうか、上げたではない――上げさせられたのか。
「シルフィもいいよな?」
「仕方ないよ。でも、次はないよ!」
と、ぷいっと顔を反らした。
とりあえず、許したってところかな。
「我がここにやってきた理由は、ファルスへと報告の紙を送った後に此奴から聞いた話を伝える為に来たのです。ほれ小僧、リーズ様達に説明せい」
「はい……恐らくセレンにもお話を聞いているとは思うのですが、ボクはあの男に眠らされた後、変な部屋に連れられたのです」
トラッド君は目を伏せ、思い出しながら語りだす。
「そこには人一人入れるぐらいのビンがたくさん並んでいて、そこに耳が尖っていて背中に羽が生えている人らしきものが入っていたのです」
「なんだって!?」
「ぐえっ!!!」
衝撃事実という爆弾を落としたネリーゼンに、リーズは立ち上がった。
そう、オレの腹の上で。
「それって、風の精霊だぜ!?」
「今の話にあった容姿は風の精霊に違いないよ!?」
「いぎっ!?」
今度はシルフィがオレの足の上に立ち上がり吠えた。
い、痛いからお願い座って二人共……
「リーズ様、シルフィ様。とりあえず、アラシの上からおどきになるかしてくだされ」
「……」
オレの引き攣る顔に気付いてくれたのか、ネリーゼンは二人にそう言う。
どくのは嫌なのか、大人しく座ってくれた。
「調べたところ、その精霊たちはスピリトに住まう風の精霊ではないことは確かですのう」
「どこの精霊であっても、魔道士が精霊を捕まえる理由なんて一つしかないんだぜ?」
怒りを滲ませるリーズに、シルフィもワナワナと体を震わせていた。
「兄貴、落ち着け」
「落ち着いていられっかよ! おれは一人でもそいつの所に行くぜ!」
「ダメだ。万が一にも兄貴が負けるとは思っていないが、森の外だ。迂闊に攻めればタダでは済まん」
「けどっ――」
「もし其奴がっ!」
荒ぶるリーズの言葉を遮り、ネリーゼンは声を張った。
「もし其奴が精霊を殺すつもりでいたのであれば、監禁する必要はないでしょうぞ。ということは、何らかの研究をしておる可能性が十分に高い。だから、明日明後日は動かないと見ているのですぞ」
「オレが見たところ、時々指が動いていたり、時折苦しそうな表情を浮かべていましたから、生きております」
少なからず、死んでないということは幸いということか。
だけど、リーズの怒りは収まる気配がなく。
「あの男は言っていました。彼らは貴重な実験体だと」
「小僧の言うことが本当であれば、むざむざ殺さないということですぞ、リーズ様」
「……」
「リーズ。ここは話を信じておこうよ。あたしたちが無闇に動いたって、精霊たちが無事で済むかどうか分からない、でしょ?」
「――わかったぜ」
シルフィが宥め、ようやくリーズは静かになった。
その眼差しは、怒りを湛えていたけれど。
「その魔道士の住まう場所はそこの二人が分かっておる。だが如何せん内部の情報が不足しておる。なので、我は手を打たせてもらった」
「手?」
オレはそう聞くと、ネリーゼンは不敵な笑みを浮かべて言う。
「先ほど襲ってきた犬っころに、我の分身をくっつけたのだ。そして其奴に魔道士の居場所まで連れて行くように命じておいた」
そう言って、分身を見せてくれた。
超ミニサイズの、ネリーゼンがそこに立っていた。
「! ということは」
「うむ。分身が内部を調査しておるだろう。小僧が言う謎の部屋がどこにあるのかが分かれば、こっちから打って出られるのぅ」
「ネリーゼン、さすがだぜ!」
「ただし相手も魔道士、其奴の力量によっては分身を見つけられる可能性もありますぞ。隠遁術を施しておる故に早々見つからないとは思いますがな」
説明の最中、その術を使ったのだろうか、超ミニサイズのネリーゼンがスッと消えた。
すげぇ、まるで忍者のようだ!
「何にせよ、相手が逃げるか何かしでかす前に決着はつけましょうぞ」
とネリーゼンは言ったが。
何故かオレの心の中には何かが引っかかっているように感じた。
それが何なのかが、まだ分からないでいた。
うーん。話を聞いてるうちに何か見落としているような気が沸々としてくるんだよ。
あと、ミーソの在庫がないと言われた時のこともなーんか少し引っかかるんだよな。
「ファルスとネリーゼンは明日朝に一度スピリトに戻って、準備をしたらすぐにここに戻ってきてくれ」
「了解」
「御意」
「オレ、シルフィ、アラシはこの街で待機。また相手がこの街に攻めてくる可能性があるからな!」
「わかったよー!」
「ああ」
オレが悩んでいる間に話が纏まってしまい、各々体の力を抜いた。
思い切りオレの上にもたれかかってくる双子が少し重くて苦しい……
そんなとき。
ぐぅ――
気が抜けたのか腹の虫を鳴らしたのは、ほぼ全員だった。
「腹減ったんだぜー……」
「あたしもー……さっき買ったパンとりんごとかも全部食べちゃったけど、お腹へっちゃった」
あれだけ大量に袋に入ってたパンと果物、全部食ったのかよ!?
「この宿屋の飯、少なかったからな」
とのファルスの言葉に、双子も大きく頷いた。
いや、しかしみんなの調子を見ているとこちらまで腹が減ってきた、気がした。
オレは寝そべりながら考えた。
丁度試してみたいことがあった。
今こそそれをやるべき時だろう。
「リーズ、シルフィ、どいてくれ」
二人は言うとおりにオレの上から降りてくれた。
「ファルス、買ってきた肉を少し分けてくれないか?」
「別に構わないが、どうするつもりだ?」
「どうするって、決まってるだろ?」
了解を取ったから、荷物の袋を開けて中身を拝見した。
お、これはあの肉に似ているな、と塊を手にとった。
そして買ってもらったショーユとミーリン、酒精、それとコレを取り出してっと。
あ、玉ねぎあるじゃん! それも三玉もらっていこう。
「じゃあ、ちょいと行ってくる」
オレは部屋から出て、階段を降りていった。
暫くした後、お盆を持ったオレは部屋に戻った。
すると全員の視線がオレに集まる。
「宿屋のお姉さんにお願いして調理場を借りれたから、作ってみたぞ。ファルス、オレが取り出した肉って何の肉?」
「あ、あれはビゲストピッグの肉だ」
と、珍しく驚いた表情を見せながら答えてくれたファルス。
丁度ショーガというものを見かけて買わせていただいたのだが、早速役に立った。
一応一人暮らしが長かったから、少しぐらいは料理が出来るのだ。
そして、出来上がったのが――
「じゃあ、豚でいいよな? 豚の生姜焼きって言うんだ」
つーか、全員驚きすぎだろ。
セレンさんとトラッド君まで驚いている。
そして驚いた後に見せてくる顔が、空腹に刺激を送る香りで我慢できなくなった、あの表情だ。
「に、にーちゃん。これ、にーちゃんが作ったのか?」
「ああ」
「すごくいい匂いがするね……」
「そうだのぅ……食欲をそそられるのぅ」
「じゅる……アラシ様。我慢できそうにない」
ネリーゼンでさえ珍しくよだれを垂らしていた。
今にも皿に食らいつきそうだったので、オレは言った。
「食べてもいいぞー」
はらぺっこ精霊たちの、争奪戦、豚の生姜焼き編が勃発したのだった。
大皿によそっていた生姜焼きの山がドンドンと小さくなっていく。
その様子に目を点にして見入っていたセレンさんとトラッドさんへと歩いて言う。
「オレたちの分はこっちな。アイツらの中に入るには勇気がいるだろ?」
と、小皿を二つ差し出した。
「い、いただきます!」
二人共勢いよく箸を進めていく。
相当、お腹が減っていたんだろうな。
全員幸せそうな顔をして食べてくれている。
「うまぁ! うまいんだぜにーちゃん!」
「ただ焼いた肉もいいけど、こんな味付けもあるんだね! うまぁい!」
「んぐ、んぐ……ショーガってこんな味だったんだな……んぐ、んぐ」
「これは新しい! 数百年間、このような美味なものを口にしたことはない!」
そうそう。
オレはこの顔が見たかったんだよなぁ。
いや、今までの食事でも十分幸せそうな顔を見せてくれていたけど。
今回は自分が作ったもので幸せを表してくれている。
それが、嬉しいのだ。
セレンさんとトラッド君も、とてもいい顔をしていた。
後でレシピを教えてくれと言われ、喜んで教えたのだった。
セレンさん、いいお嫁さんになるぞ、トラッド君よぉ。
オレも早速、と一口豚肉と玉ねぎを食べた。
うむ、自分で作った割に美味しい!
きっとしばらくの間口にすることができなかった味と言うことが、さらに美味しく感じさせてくれるのだろうな。
そして拷問だ!
白米が欲しいぞこんちきしょう!
◇◆◇◆◇
「おお! トラッド君! 無事だったか!」
「心配かけました……!」
「いやいや、元気な姿を見れて良かった……ファルスさん、皆々様、ありがとうございます!」
「お父さん、この方達と一緒にトラッドを探してたの。何も言わずに家に帰らなくてごめんなさい」
「セレン……いや、説教はよそう。お前ももういい年だしな。一晩ぐらいの無断外泊は水に流そう!」
翌日、トラッドとセレン――どうやらオレよりもだいぶ年下だったので――をベクレイトさんの所へ送り届けたのだった。
とりあえず今日はゆっくりしてもらって、オレたちが行動を起こす時、魔道士が住まう場所への案内役だけ手伝って貰う予定だ。
ファルスはネリーゼンと共に一度スピリトに戻っていった。
本当はオレたちも戻る予定だったけど、オレたちにもやることがある。
リーズにはベクレイトさんの店の屋根に登っていた。
この街で何かが起こるのであれば、真っ先にこの店で起こるだろうとリーズは言っていた。
オレとシルフィは辺りを警戒しながら、昨日と同じ喧騒に包まれる道を歩く――
「……なぁ、シルフィ」
「ん? どうかしたの?」
昨夜から、胸に突き刺さっていた疑問が、ようやく分かった。
「どうして、領主の息子が行方不明だったのに。領主は何も行動を起こしていないんだ?」
「! そう言われればそうだよね!」
「この街に来た時はこれが街の雰囲気なんだと違和感を覚えなかった。けれど、いろんなことが分かってくると湧いてきた違和感の一つはこの街の今の雰囲気のことだったんだ!」
普通息子が数日も帰ってこないことになんとも思わない親がいるとは思えない。
しかも、領主の息子が、だ。
彼が行方不明になったと知った領主は必ず行動を起こすだろう。
街をあげて、息子を捜索するはずだ。
街も騒然としていたり、街の住人は息子の安否を心配そうに日々を過ごしていたはずだ。
だけど、街の人々はみなそれを知らないと言うように普段どおりの生活を送っているのだ。
笑顔が溢れかえっている、子供が走り回っている。
街に来た時の日常は、今となっては異常と目に映る。
それは、ベクレイトさんはなぜファルスに捜索をお願いしたのか。
なぜトラッドは自分の家に帰らずにベクレイトさんの店に入っていったのか。
そしてこれまでのことでもたった一つ、疑問に思っていたミーソのことだ。
あれだけの商品を扱っている商人さんが、ミーソの在庫がないことを忘れるだろうか?
そしてそのミーソを売った相手は、魔道士だとセレンは言った。
更に。
関わっている人間を始末しようとしていた魔道士が直接手を下さずにいるというのもおかしい。
逃げるのであればまず全てをなかったことにしてから、逃げるだろう。
実際にそうしようとして失敗している……ただ、一人魔道士と関わり合いを持っていて未だに何も起こっていないのは……
そして今、魔道士が始末したいと思っている人間が三人揃っている――
思い立った時、オレは背筋がヒヤッとする感覚に襲われた。
そして思い切り振り返って、シルフィに叫ぶ。
「シルフィ! 店に戻るぞっ!」
「え?」
その瞬間、強烈な音と光が街を包み込んだ――




