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18.利用される者達




「おー。ただのトロールかと思っていたら、鎧と剣を装備してやがるぜ?」

「いかにも誰かに装備を揃えてもらったという感じだな」


 オレからはまだ見えないが、リーズとファルスはそう言った。

 オレの知る限り、トロールという魔物は腰蓑一つ巻いて手に棍棒っていうイメージなんだけど、この世界ではどうやら違うらしい。

 ただ、装備をするというよりもさせるというニュアンスだったので、もしかしたらオレのイメージ通りなのかもしれない。

 鎧を脱げば、な。


 初見の魔物だから、姿を見るのを楽しみにしながら、じっと目を凝らして向こうを見る。


 足音が大きい。

 砂埃も立っている。

 そろそろか――


「シルフィリア! あれを!」

「わかったよ!」


 シルフィリアは動いた。


烈風剣(シルフィス・ソード)!」


 彼女の手に、風の力で作られた剣が現れる。

 そしてリーズへと投げつけた。


「よっと!」


 それを受け取ったリーズは、姿を表した魔物へと突っ込んでいく。


 トロール――まるで巨人のそれはリーズが飛び出してきたことに慌てた様子だった。

 そしてそいつらの回りから、犬のようなものが数匹、飛び出してくる。


 トロールは、オレの予想通りの巨体で、腰巻一丁の棍棒を持つ姿がとても似合いそうな風貌だった。


「ファルス、シルフィリア! わんこの相手頼んだぜ!」

「了解」

「任せて!」


 戦いが始まった。

 数体のトロールは、すぐにリーズへと襲いかかる。

 イヌ型の魔物も、シルフィリアとファルスに噛み付こうと飛びかかるが、全員その直撃をさらりと躱して武器や精霊術で反撃を食らわせていく。


「す、すごい……」

「そうだな」


 今まで見てきたリーズとシルフィリアの戦い方とは考えられないほどの、静かな戦い。

 派手な精霊術を一切使わず、リーズは風の剣で一閃し、シルフィリアは手に生み出した小さな風の刃を投げつけて斬り伏せる。

 ファルスも、無駄に動かずに大検を大きく振り回し、飛びつこうとする魔物の懐を薙ぎ払う。


「! こっちにも来やがったか!」


 デスハウンド、だったか。

 前に話に出ていた、森にも生息する獰猛な魔物だ。

 動きは素早く、牙や爪がとにかく鋭く、群れで獲物を狩り尽くす。

 まさに死の猟犬の名に相応しいソイツらが、オレの前に三匹。


「セレンさんはオレの後ろにいててくれ」

「わ、分かったわ」


 ジリジリと寄ってくる三匹に剣を向ける。

 だが、相手は分かっているのだろう。

 オレの、力の程度を。


 いやいや。

 アイツらと比較されても困るからな。

 オレの強さが一だとしたら、アイツらは一万ぐらいあるんじゃなかろうか。


 さて、どうする――

 このままジリジリ時間を潰して、リーズたちの助けを待つか。

 いや、それまで相手が待ってくれるとは考えられない。

 応戦するにしても、三匹を一人で相手するのは無謀だろう。

 オレの背後には、セレンさんがいる。

 彼女を守りながら戦えなんて、無茶にも程がある。


「……ん?」


 殺意剥き出しだった、デスハウンドの雰囲気が変わった。

 オレを睨みつけ、唸りを上げながらいつ食らいつこうとしていたのに。

 今は、尻尾を股の間に挟んで怯えているかのようにも見える。

 オレの方ににじり寄ってきていた三匹は、少しずつ後ずさりをする。


「おすわり!」


 そして、ずっと後ろから、その声は響く。

 デスハウンドはその命令に従うかのごとく、その場におすわりをした。


 この声、聞いたことあるぞ!?


「たかだか犬っころ風情が生意気だのう」


 振り返った先に、セレンさんの隣には街にいるはずの彼女の姿があったのだ。


「ネリーゼン!」

「ぬ? まさかお主がこのような場所におるとはな。ということはあちらで暴れておるのはリーズ様たちかの?」

「ああ……って、街を留守にしてもいいのか?」

「その点は心配せずとも良い。我の優秀な部下がおるからの」


 と、にまりと笑った。

 ツカツカとオレの方へ、いやオレの横を通り過ぎ、ヘルバウンド三匹の直ぐ側まで歩く。


「なんだお主ら。変な魔術をかけられておるのか」


 ネリーゼンは言い、手を三匹に翳した。

 淡い光が三匹を包み、恐怖を帯びていた顔が次第に緩んでいく。


「ふむ。こんな犬っころを道具にするとは」


 デスハウンドの三匹は、何故ここにいるんだって言う感じでキョロキョロと視線を泳がせていた。

 ネリーゼンの姿を見るとすぐに、再びおすわりのポーズをとり、硬直した。

 恐らく彼女を見て本能的にそうさせたのだろうか。


「ということは、コイツらは操られていたってことか?」

「そうだの。さて、リーズ様たちも気付いておるはずだからそろそろかの?」


 アイツら、問答無用で剣で、大剣で、精霊術で、斬りまくってたけど?

 なんかあっちを見ていると未だにドンパチやってて、トロールの巨体が空高く吹き飛んでいたり、デスハウンドの山が出来上がったりしてる。

 本当に、デスハウンドが操られているってことに気付いているのか!?


 しばらくすると終わったようで、この辺りは静けさを取り戻した。


「あれ? ネリーゼンだぜ」

「ホントだ!」

「報告は部下から受け取ったが、まだなにかあったのか」


 三人は疲れ一つ見せず、ネリーゼンに走り寄った。


 そして、死屍累々と言わんばかりにトロールとデスハウンドの山を見たセレンさんは、唖然としていた。

 オレもこの世界にやってきた時はその表情をしょっちゅう浮かべていたと思うぞ。


 それにしても、戦闘始まってまだ数分ほどしか経ってないぞ?

 三人が勝利を掴むと確信していたけれど、あっという間に終わらせるとは思っていなかった。

 三対数十体、だぞ?


「アラシ終わったよ!」

「シルフィリア! いつもお前だけにーちゃんに褒めてもらうのずりぃぞ!」


 シルフィリアはオレに飛びついてきて、遅れてリーズも飛びついてくる。


 あああ! シルフィリア! お願いだから密着しないでくれ! なんか柔らかいものが当たってる! 色々と危ういから!

 リーズも! 首に腕回してギューギューするのはやめろ! 落ちる落ちる!!!


「兄貴たち、そのへんにしておかないとアラシ様が気絶するぞ」


 もうちょっと早く二人を止めてほしかったぜ……


 なんとか二人が渋々オレの体から離れていった。

 そしてオレはネリーゼンに訪ねた。


「どうしてこんな所に?」

「先日捕まえた人間の男が重要な証言を持っておってな。これは急を要すだろうと思って飛んできたのだが、途中騒がしいのぅと思ってこっちに来たのだ。もし無視していたら手間が増えてたの」


 苦笑いを浮かべたネリーゼンに、オレも苦笑いをこぼして。


「捕まえた人間――魔道士だと思って捕まえた男だな」

「そうだ。いやぁ、あやつにかけられておった傀儡術、なかなか巧妙な術での。命令に失敗した時に舌を噛み切って自害する呪いが重複されておっての。解呪するのに時間がかかってしもうた」

「で、その男は今どこに?」

「あやつ、飛行中に気分が悪いと言ってての。そこに降り立ったら突然倒れおっての。ほれ、横になっておろう――」

「トラッドっ!?」


 ネリーゼンの言葉を遮るように、セレンさんが叫んだ。

 そして、岩に体を預けるようにぐったりとしていた男の元へと駆けていった。


「ああ……トラッド、無事で良かった……」


 そして彼を抱き寄せ、愛おしそうに頭を撫でて泣き咽ぶ。


「ふむ。ということはこの娘がセレンという、男の懸想相手なんだの?」

「そうみたいだな」


 するとネリーゼンはセレンさんに言う。


「娘。こやつが操られておったのは知っておるか?」

「――操られていたことは知りませんが、彼と私は利用されていました」


 嗚咽を隠し、しっかりとした調子でそう言うセレンさん。

 これは、話が長くなりそうだな。


「なあ、一度バドフェンに戻らないか? 話はそこでしよう」

「そうだのぅ。我も疲れたのでな。ゆっくり出来る場所で話ができるのは助かるの」


 オレ達は再び空中飛行を楽しんだのだった。

 が、帰りはリーズがオレ担当だった為にとんでもない目にあった。

 次からは、頼むから蛇行運転はやめてくれ……うぷっ!




   ◇◆◇◆◇




「しかし其方(そなた)も情けないのぅ。あれしきのことで気分が悪うなるとは。見てみろ、娘なんかケロっとしておるぞ」

「いや……あれだけはいつまで経っても慣れそうにない。つーか、セレンさんはシルフィリアが運んだんだろ?」


 オレはあまりの気分の悪さにベッドに横たわった。

 トラッドという青年も、目を覚ますことがなかったからベッドの上だ。

 その彼の側で甲斐甲斐しく面倒を見るセレンさんは、飛行術に驚きはしたけど平気だったらしい。

 むしろシルフィリアがシルフィに変化した時の驚きっぷりは凄かった。


 リーズはオレの腹にシルフィは膝の上に座り、ファルスとネリーゼンは備え付けのイスに腰をかけている。

 おいリーズ、気分が悪って言ってるのに腹の上なんかに座りやがって、何かの拷問か?

 シルフィも、寄ってたかってオレの上に座ろうとするんじゃありません!


「娘。話を聞こう」

「は、はい!」


 彼女は語りだした。


「五日ぐらい前でしょうか。私達はいつものように父が仕入れた物品の整理作業をしておりました。その時、怪しげな真っ黒いフードをかぶった男の方が客としてやってきたのです。ありったけの食料とミーソを買い上げて行かれました」


 ありったけの、ミーソ、とな?

 その単語がやけにオレの心を(くすぐ)ってくる。


「父は不安そうにその方を見て、私とトラッドに荷物を運ぶよう言いました。あまりにも怪し気だったので乗り気ではなかったのですが、私達は父の言いつけどおり荷物をその方の住まう場所へと運んだのです。ですが――」


 セレンさんは、言葉を詰まらせた。

 そして深く一呼吸置き、話を続けた。


「その方は言いました。『この場所を知られてしまいましたし、お二人……特に男の方、私の手伝いをして頂けませんか?』と。

 私達は、お断りして街に帰ろうとしたのですが、その方はトラッドに何かのビンを投げつけたのです。

 トラッドはそのビンから溢れ出た煙を吸い込むと、その場に崩れるように倒れ、私はその方に手を掴まれました」


 苦しげに顔を(しか)めながら――


「『心配なさらずとも、殺しはしませんよ。私の役に立って頂けるのであれば、命は保証しましょう。ああ、そうですね。あなたには私の食事の面倒を見ていただきましょうか。毎日、来て頂けますよね?』。

 そう言われ、私は彼を人質にされ、やむなく毎日その方の食事の用意をしていました。彼の無事を信じて。

 父にも話そうと思ったのですが、口止めをされてしまったので本当のことを言うにも言えず、誤魔化していたのです……父には心配をかけ続けてしまいました。

 そして今日だけは様子が違いました。いつものように食事の準備をしていると、その方が叫んでいたのです。そして、すぐに私の元へと駆け寄ってきたのです。『貴方達の役目は終わりました』と言われ、先に街に帰るように言われたのです。彼も後できっと帰ってくると信じて、私はその場を後にしたのですが――」

「魔物に追われた、ということだな?」


 静かに話を聞いていたファルスが彼女に言う。

 彼女は頷いた。


「娘やそこの小僧を元より生かす気はないどころか、街そのものを潰すつもりだったようだの」

「ええ……私があの場所から抜け出す前に、聞いてしまったのです。『あの娘と、あの街を消せ』と。その時初めて、私は気付きました。とんでもないことに、手を貸してしまったのではないかと。

 私は急いで街に戻ろうとしました。魔物たちに追いつかれそうになって、もう終わりだと思った時に、貴方たちがいました……」

 

 そして襲いかかってきた魔物たちははらぺっこ三精霊がフルボッコしたわけだ。


「今までの出来事を加味したら、薬でトラッドさんの意識を奪って魔術で操り、操られたトラッドさんが盗賊団にリーズたちの情報を与え、襲わせた。その黒幕がソイツで間違いなさそうだよな?」

「アラシの言うとおりだと思うよ!」


 オレの発言に、シルフィは同調し、他の皆も頷いた。


「だったら時間はかけられないんじゃないか? ソイツ、逃げちまったらどうしようもないんだぜ?」


 オレもリーズの言葉に同意する。

 が、ネリーゼンは首を振った。


「明日明後日までは動かぬと思いますぞ」


 と、言った。

 どうしてだ、ここまで騒ぎを起こし、いずれも失敗を重ねてしまったからには、居場所などなくなるはずなのだが……


「それは何故なの?」


 シルフィが聞く。

 ネリーゼンは続けようとした時。


「んっ……!」

「っ! トラッド!?」

「せ、れん? ここは、どこだ?」


 トラッドさんが、目を覚ましたのだった。





1900PVありがとうございます!

これからも頑張ります!

誤字とかありましたらお知らせくださると嬉しいです!

2019/3/26 前々回の話と今回の話で矛盾点が生じてしまいましたので色々と修正いたしました。申し訳ありません。

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