16.バドフェンの街
森を抜けた。
所要時間五日と半分ぐらいか。
予定通りってところかな。
オレたちを照らす日が、とても眩しい。
目前には広々とした平原が広がっていた。
ゴツゴツとした岩も転がっているが、何よりもオレが感動したのは、山一つない平原の遙か向こうに見える地平線だ。
日本で見ることのできる場所は限られているし、生まれて一度もその地に言ったことがないのだ。
写真でしか見ることが出来なかった地平線を脳に焼き付ける。
「バドフェンまでは森の縁を沿っていけば見えてくる」
オレたちはファルスに導かれるまま歩いていく。
しばらくして、左手に建物らしきものが見え始めてきた。
「あれがバドフェンか?」
「ああ。バドフェン。別名、最果ての街だ」
「最果て?」
最果ての街って言えば、普通なら大陸の端にある街のことを指すはずだ。
だけど、見ている限りあの街の先にオレたちがいたペルケッタ大森林があり、スピリトの街があり、その先にもまだ道はある。
「スピリトの街が人間の生活圏の端と言われているが、スピリトに集まる人間は冒険者という限られた者達だけだ。冒険者でない、一般的な人間の生活圏の端にある街がバドフェンということだ」
「なるほど」
うん。比較的すんなりと理解できた。
「そして、スピリトの物資はここに集まる。オレたち精霊にとっても重要な街だな」
「あー。ここから冒険者たちが運んでくれるんだったよな」
「そうだな。オレも時々手伝っているぞ」
ファルス、力持ちだもんなぁ。
「あ、ちなみにファルスだったらスピリトとあの街までどれくらいの時間で行けるんだ?」
と、なんとなく思った質問を飛ばしてみると、ファルスはあっけらかんにも。
「半日あれば行けるぞ」
「……え? オレたち六日かけて来たよな?」
「アラシ様も使っただろう? 速度増幅。オレもあれぐらいなら使えるからな」
「いや、いやいや! それでも半日とか……」
「休憩無しで走り続けたらアラシ様でも行けるぞ?」
十二時間も走り続けるのは、人間離れしたアンタだから出来るんだ!
と言いたかったが、人間じゃなかったから心の中にしまっておいた。
門前までたどり着いた時、オレはふと気付いた。
「あれ? リーズとシルフィは?」
二人の姿がどこにもなかった。
森の縁を歩いていた時は普通にわいわいしながら歩いていたのに。
「おれはここだぜ!」
「あたしはここだよ!」
背後から声がして、オレは振り向いた。
するとそこに、耳と一緒にふわふわくせっ毛をバンダナで隠したリーズと、サイドの髪に青い大きめのリボンを結って耳を隠しているシルフィの二人が立っていた。
どうやら羽は自らの意思で隠せるようだ。
実際にファルスも羽を隠していたしな。
何にせよ、二人共、とても似合っている。
「トレアが用意してくれたんだぜ! これで人間に見えるよな!」
「ああ」
「アラシのこと、お兄ちゃんって呼ばないとだね!」
最初会った時はお兄ちゃんって言ってくれてたんだよなぁ、としみじみと思い出しながら歩いていると、いつの間にか周囲の雰囲気が変わっていた。
さっきまでは、岩や石ころがあちらこちらに散らばっていた平原だった。
それが一変し、柵に区切られた畑が道の両側から広がっている。
道も歩くやすくするために踏み固められて平らに均されたものになっていた。
「門が見えてきたー!」
レンガ造りで、門扉が鎖で繋がれている、ファンタジーの世界によくある大きな門が目の前にあった。
リーズが飛び出していった。
オレたちも後を追うと、門の両脇に男の人が二人、槍を持って立っている。
その姿を見ると、シルフィはオレの足を引っ張ってくる。
「どうした?」
「ううん! 気にしなくていいから早く行こ!」
「?」
ニコニコしながら言うシルフィに、オレは不思議に思ったが。
「おや、ファルス君じゃないか」
「買い出しかい? ご苦労さま」
男二人は、ファルスを見た途端、笑みを浮かべて言った。
「今日は大所帯だな」
「ああ。彼が一度街を見てみたいと言っていたのでな」
オレは二人にお辞儀すると、二人もつられてくれたのかお辞儀してくれた。
「ファルス君の連れだったら全然大丈夫だ」
「ありがとう」
見張り番らしき二人は両脇にそれて、オレたちを通してくれた。
「迷子には気をつけてやってくれ!」
「おれたちは迷子になんてならねーぞ!」
「失礼だよ! まったくこれだからに――」
「あーっ! ご忠告ありがとうございます!」
突っかかろうとした二人を引き寄せ、両脇に抱えて門の中へと入っていった!
特にシルフィは口を塞いで!
あぶねぇあぶねぇ……もうちょっとでシルフィが「これだから人間は!」って言いそうだったのだ。
何のために耳をかくして羽を誤魔化しているのだ?
案の定ちょっと不思議そうにされてしまったけど、オレたちはなんとか無事に街の中に入ることが出来た。
その代償に、オレの手のひらにシルフィの歯型がくっきりと浮かび上がっていた。
◇◆◇◆◇
オレたちは真っ先にファルスの案内で街唯一の雑貨屋へと足を運ぶ。
街のど真ん中にある大きな建物がその商店で、ファルスもお得意様だという。
勿論、食料なども此処に集まっているのだ。
店の中に入ると、倉庫みたいに色々な物が所狭しと詰められていた。
壁沿い全てに荷物が積まれていて、崩れてこないか不安になる。
「うわー! いろんな物がいっぱいあるぜ!」
「リーズ! 色々と見て回ろうよ!」
と、お子様二人は店内のあちこちを物色し始めた。
お願いだから、壊したり崩したりしないでくれよ?
ファルスは商人のような格好をした男性に近付き、声をかける。
「ファルスさんではないですか」
「ああ。いつもの頼む」
「昨日仕入れた荷物はそこに積んでありますよ」
色々な肉が詰め込まれた大袋二つと、新鮮な野菜が詰め込まれた大袋二つ。
後はいろんな消耗品が詰め込まれた大袋一つの計五袋が、ファルスのお買い上げだった。
こ、これをスピリトの街まで担いで運ぶのかと考えると、ただただファルスすげぇって感嘆した。
二人は商談を進めていき、ファルスが頷いたところで商人さんはこちらを向いた。
「ファルスさんから聞きました。調味料をお探しだと伺いました」
「アラシです、よろしく。この街で売っているかもしれないと話を聞いてファルスにつれてきてもらいました」
「私はベクレイトと申します。遥々遠いところからお越し下さってありがとうございます。調味料でしたら色々とありますよ」
ベクレイトさんは奥へと消え、向こう側からゴソゴソと物音を立てた後、木箱を手に戻ってくる。
「どうぞ」
中には様々な調味料が入っているであろうカラフルなビンがゴロゴロと。
勿論ラベルの文字は読めないから、シルフィに教えてもらった。
「このきっつい匂い、間違いない。酢だ! それにこの甘い白い粉は砂糖だな!」
この世界ではそれぞれオース、サトゥだ。
ショーユとミーソと同じようにイントネーションがなんか違うが。
塩とコショウは何故か同じだったけど。
これで日本食の基本の調味料、さしすせそは全て揃った!
他にもめぼしいものを探したが――
「ミーソはないのか?」
実はスピリトの街でショーユとミーソの人気のない理由が分かったのだ。
あの時はそこまで考えに及ばないほど感動してしまったからしっかりと確認していなかったのだが、よくよく考えたら匂いがやや古臭い感じだった。
多分、保存状態が良くなかったから、使っても美味しいものが出来なかったのだろう。
だから、ショーユとミーソも欲しかった。
ショーユはあったが、ミーソがない。
「おや? ミーソもちゃんと仕入れていたはずなのですが品切れですね……」
「なん、だと……」
此処まで来て、新鮮な味噌、いやミーソが手に入らないなんて。
絶望と落胆が襲う。
マジか! 結構苦労して此処まで来たのに!
かと言って、リーズたちのことを考えれば街に長居することは出来ない。
どうしようかと悩んでいた時――
「ただいま」
「おかえり、セレン」
一人の女声が、店へと入ってきた。
「私の娘です。セレン、ご挨拶を」
「どうも……失礼します」
「あ、こら!」
随分と沈んだ調子でお辞儀をした後、すぐに奥の方へと走り去っていった。
「すみません。いつもはあんな娘じゃないんです……」
「いえいえ」
困ったような笑顔を浮かべた後、すぐにため息を吐いて表情を暗くした。
何か訳ありみたいだけど、触らないほうがいいのだろうか?
と思っていたら、彼のほうが意を決したようにファルスに向かう。
「ファルスさん、腕の立つ剣士の貴方に一つお願いがあるのです」
「なんだ?」
「実は、セレンの恋人である、この街の領主の息子が行方不明なのです。かれこれ五日ほど、帰ってこないのです」
それは、心配になるわな。
ファルスはそうか、と呟いた後。
「娘と一緒に客である方に荷物を届けさせたのですが、それからずっと……一緒に帰ってきたけど、それ以降は分からないと娘も言うので心配で……」
「ふむ……ペルケッタの大森林に迷い込んだかもしれないな」
「かもしれません。出来る範囲でいいので捜索してもらえませんでしょうか?」
「ああ。見つけ次第連絡する」
「あ、ありがとうございます!」
「無事にいる保証は出来んが……」
「いえ、私達は無事であると信じています。一応彼も冒険者の中でもそれなりに実力があるので」
「ほう。だったら生きてる可能性が高いな」
ファルスがそう言うと、少しは元気が出たのだろう。
ベルレイトさんは苦笑して頷いた。
「今日はお疲れでしょう。街の宿に部屋をご用意させて頂いております」
「悪いな。いつも助かる」
「いえいえ。こちらこそいつも大量にご購入していただいておりますので! アラシさんには申し訳ないことをしましたな。ミーソは四日後か五日後に納入いたしますので、今度スピリトへの運搬をしてくれる冒険者にお渡ししておきますよ」
「いいのか?」
「ええ。お代も結構ですので、遠慮なく受け取って下さい」
「ありがとう!」
よし。調味料が必要になったらまた此処に来よう。
そう誓ったのだった。
「終わったー?」
「お兄ちゃん! こんなの見つけた!」
とことこと駆け寄ってきたリーズとシルフィの二人は、両手いっぱいにパンやら果物を抱え込んでいた。
元に戻しておいでと言おうとしたけど、ファルスはそれに気付いて懐から金を取り出していた。
お財布の管理は弟なのだな――
店での用事が済んだオレたちは、用意してくれたという宿屋に向かったのだった。
2019/3/26 矛盾点が発生してしまったので、修正いたしました。




