15.ダークネスマンバ再び
目を覚ましたときには、既に朝だった。
「アラシ!」
「にーちゃん!」
深刻そうな表情でオレを覗き見る二人。
後ろにはファルスも腕を組んで目を伏せて立っていた。
ああ――気を失ったあの後、このテントに運んでくれたのか。
「三人共ありがとな、それにすまない。オレは大丈夫だ」
「ううん! 最初に言っておくべきだったんだよ、盗賊団が森で暴れてるって」
と言ってくれるシルフィだったけど、それを知っていたところでオレにはどうすることも出来ていなかった。
「にーちゃん、人間が死ぬ場所なんて見せてごめんな」
「あー……でも、オレたちを守ってくれるためにやってくれたんだろ?」
「そうだけど、盗賊団だからって本当は殺す必要なんてなかったんだよ」
「いや。あの時は、脅してでも逃さないほうが良かったと判断したんだろうし、その為にはやむを得ないんじゃないか? オレは殺さない方法を選んだかもしれないけど、この世界で通用しないことなんだろうしな」
少なくとも日本ではダメなことだ。
けれどそれは日本の常識であり、この世界の常識ではない。
それを分かっていないと、この世界では生きていけないのだろう。
何よりもリーズはみんなを無事でいさせる為の最善の手が、奴らの一網打尽だったということだ。
「ところで、アイツらはなんでリーズたちを狙った時に『精霊』と分かって驚いたんだ?」
オレは三人に問うた。
「そりゃあ、この森の中でおれたち精霊を狙うなんて自殺行為だからだぜ!」
「あたしたちは世界の中でも霊力が強いペルケッタ大森林の中だと、無限に霊力を補給できちゃうからね! だから、どんだけバカでも精霊たちには出してこなかったんだけど――」
すると黙っていたファルスの口が開く。
「今回兄貴と姉貴、そしてオレに盗賊団をけしかけたのは魔道士だった。アイツらはオレたちが精霊だということを知っていた。なぜかは分からんが」
「魔道士……有名なのはデクラゼリンっていう魔導研究都市だね」
「ああ。アイツがそこから来ているかは不明だが、精霊の力を求めてやってきた可能性が高い」
「精霊の力……」
「精霊を殺し、その肉体から強力な霊力を得ることが出来ると、デクラゼリンでは信じられているらしい」
「なるほど。じゃあ、そいつがデクラ――なんとかからやってきた可能性もあるのか」
「分からんが、その可能性は高い。今ごろネリーゼン様が色々と調べているだろう」
確かに、三人共人間以上のスペックを持っているとオレも思う。
精霊術は強力だし、肉体能力も高い。
――ファルスは精霊術を使えるかは分からないけど。
その力を求める人間がいても、おかしくはない。
「恐らくそいつがあの盗賊団にただオレたちを捕まえるか殺すかしてこいと言って依頼でもしたんだろう。
そして魔道士は安全なところで精霊の力を手に入れられるかもしれない、という考えだったのだろう」
「なんて汚い手を……」
「魔道士は強力な精霊術を使うことはできるけど、精霊にはどんだけ強い精霊術であっても通用しないから力技って感じだったんじゃね?」
「通用しないのか?」
「あたしたち精霊は霊力を扱うスペシャリストだからね! 人間が使う精霊術程度だったら簡単に主導権を奪えちゃうよ!」
「通用しないってよりも、自殺行為だぜ!」
おふ。
そりゃそうだ。
精霊に精霊術を使えば、聞かないどころか術そのものを奪われて打ち返されたら――
精霊術で精霊に勝てるわけないわ。
「まあ、魔術を使われたら話は別だけど、魔術の使用回数は有限だしね! 対してあたしたちは無限! 森の中では精霊最強だって言うのも伊達じゃないよ!」
「魔術?」
「あー……おれたち魔術には詳しくないんだぜ。ネリーゼンだったら詳しいから、帰ったら聞いたら良いと思うぜ!」
そう言えばネリーゼンは吸血鬼だったな。
名前からして魔術にすごく詳しそうだ。
魔術にも少し興味が出てしまったしな、帰ったら聞いてみよう。
「ということで! この話は終わり! こういうことはおれたちの領分だから、にーちゃんはにーちゃんがしたいことをやってほしいぜ」
「そうそう! あたしたちのことは大丈夫だから! それにそろそろ出発しないと折角の時間が勿体無いよ!」
と二人は元気に言う。
なんか中途半端な感じがするけれど!
まあ、言われた通りオレが出しゃばることじゃないよな。
「ふっ。アラシ様。もしアンタに危険が及んだら、その時はオレも命がけで守ってやる。安心してくれ」
うおっ!? 貴重な笑みを浮かべてそう言ってくれたファルス。
オレも男だから、そういうセリフを一度でいいから言ってみたいぜ……!
「さあ、今日頑張ったら、トレアがチキンパーティを開いてくれるぞ」
「そうだった! チキンパーティ楽しみだな!」
「よーし! 今日も頑張ろうっ! そしてとりももがあたしを待っている!」
そして三人の原動力は相変わらずのお肉でした。
二日目も無事に森を進み、日が沈んだ後チキンパーティなるものが開催された。
トレアが沢山の鶏肉料理を持ってやってきたら、三人はまっさきに飛びついた。
そして肉の争奪戦が勃発したのだった。
「アラシ様の分はちゃんとお皿に取り寄せていますから、安心してくださいね」
「ありがとう、トレア。あ、トレアも食べてくれよ。オレ一人で一匹丸々は食いきれそうにない!」
「ふふ。ありがたく頂戴いたしますが、残ってもお三方が平らげてくださいますよ」
チキンパーティは盛況で、オレとトレアの二人で食べきれなかった分もしっかりと三人の胃袋に収まったのだった。
◇◆◇◆◇
盗賊達の襲撃返り討ち事件が起こってからというもの。
オレは必死になって魔物を狩った。
実力がまだ足りずにどうしても苦戦する魔物は、三人の力を借りた。
オレもただ黙って突っ立っていたわけではない。
魔物の前に立ち、魔物の攻撃をいなし隙を作る。
その隙で、三人が魔物にトドメをさす。
逆にファルスが相手を弱体化させ、オレがトドメをさしたり――
次第にチームワークが出来始めていた。
「にーちゃん、出会った頃とは比べ物にならないぐらいに強くなってるぜ!」
「ああ。フォレストボアと対峙した時は、大丈夫かと思っていたが、今のアラシ様は随分と見違えるようになった」
「アラシの精霊術のセンスも凄いよ! 精霊術も、簡単なものだったら使えるようになったし!」
そう三人に言われ、オレは素直に嬉しかった。
だから頑張れたのかもしれない。
褒められるだなんてこと、何年ぶりなのだろうか。
昼は進みながら魔物討伐、夜は精霊術講座。
そんな生活を送りはじめて五日目。
とうとう、この時が来た。
「ダークネスマンバだよ」
隣を歩くシルフィは、ソイツが近くにいると言う。
薄暗い森に姿を紛らわせ、徘徊するヘビ型の大型魔物。
今のオレには、やはりヤツの姿は見えない。
オレは身構えた。
「街を出発する時に言ったけど、別に無理に倒せる必要はないからね!」
「でも出来るところまでは頑張りたいかな?」
「無理そうだったらオレたちが助けに入るから、思う存分やっちゃえ!」
二人の応援が、心強い。
「速やかに、一発で仕留めるのがコツだぞ」
ファルスのアドバイスに頷いて、オレは集中する。
目を瞑ってイメージをする。
目に霊力を流し、空気の流れを可視化するように。
そして、瞼を静かに上げて、辺りを見渡す。
保護色を用いて姿を消しているダークネスマンバがいるであろう場所の空気の流れが、歪んで見えた。
木に巻き付きながら、オレを睨みつけてくる。
大きく口を開いていて――
「おっとっ!!!」
オレは咄嗟に体を横にずらした。
オレがいた場所に、ドス黒い毒の塊が走る。
「お! 避けた!」
毒の直撃を確信していたのであろうダークネスマンバは、尾でオレに掴みかかろうとしていたが、その場所にオレはいない。
その様を横に、オレは呟く。
「我 風の力の源に願う 汝の力 我が足に集いて 疾く駆ける速さを」
風の精霊にお願いをすると、足に風の力が集まっていく。
攻撃術や飛行術はまだまだ使えないけれど、オレが真っ先に覚えたのは――
「速度増幅!!!」
両足に風の霊力を纏わせ、オレは駆けた。
地を蹴り、木を駆け、ヤツの頭の上へと立つ。
苦労して覚えたんだ、早速活用しないと勿体ない!
シーズかシルフィが近くにいてくれないと使えないけどな。
ダークネスマンバがオレの存在に気付いた時、尾を急いで引き戻しはじめた。
蠢動するその長い体の揺れが足に伝わるが、構うことなく剣をヤツの頭に突き立てた。
硬い鱗に守られていたはずのソイツの頭。
だがオレの剣はそれをいとも簡単に貫き、顎まで達した。
「やったか!?」
オレは叫ぶ。
手応えはあった。
だが――
「ぐっ!?」
左脇腹に襲い来る、大きな衝撃と激痛。
ヤツが引き戻していた尾が、オレの脇腹を薙ぎ払ったのだ。
「アラシ!」
意識は持っていかれていない。
ただ、ヤツの頭から振り落とされ、体が宙に浮く。
ゆっくりと落下し始め、ぐんぐんと地面との距離が縮まっていく。
このままだと叩きつけられる!
いつぞやと同じように、痛みを覚悟して両目を思い切り瞑る。
そして――
ふわりっ。
「間に合ったっ!」
硬い感触ではなく、柔らかいものに包まれるような感覚だった。
シルフィが作り上げた障壁に受け止められ、オレの体はふよふよと漂っていた。
そして、いつの間にか切り落とされていたダークネスマンバの頭は、大地に激突した音を立てていた。
「言うの忘れてた。ヘビは頭を切り落とすか脳を潰さないと倒したことにならない」
そこに、大剣を携えたファルスが立っていた。
オレが仕留めそこねたヤツに引導を渡してくれたのだろう。
それにしても、言うの忘れてたって軽く言うなよな。
知ってたら狙う場所もっと下にしてたからな……まったく。
「ちなみに肉を食うなら首を飛ばすのが一番だ。余計なところを斬ってしまうと毒が回ってしまうからな」
「物騒なことをそんな顔で言うな!?」
そんな顔とは、あんな顔だ。
つうか、オレたち最近魔物やら盗賊やらを、やたら首をスパーンとはねることばっかりしてないか?
首チョンパ――イヤな響きだ。
「アラシは頑張った!」
「そうだぞにーちゃん! 手に負えないと思っていたダークネスマンバ相手に戦えたんだからな!」
嬉しそうに言ってくれるシルフィとリーズ。
そんな二人の言葉に、オレは着実に力をつけていけている事を実感することが出来たのだった。
結局一人では倒せなかったけれど、不思議と悔しいとは思わなかった。
安堵した途端、堪えていた痛みが急に仕事をし始める。
「イテテ! アバラ、やられたかもしんねぇ」
「あんだけデカイヘビの尻尾直撃だもんね。見せて!」
駆け寄ってきたシルフィは、オレの腹を診てくれた。
そして両手を当て、霊力を込めてくる。
「治療風!」
優しい風の力が、痛みを和らいでいく。
真っ青に腫れ上がっていた脇腹が、次第に肌色を取り戻した。
「よーし! にーちゃんががんばって倒してくれたヤツの処理はオレが!」
「兄貴、悪い。オレがさっさと済ませてしまったぞ」
シルフィによる治療の最中、既に肉の塊と化した元ヘビがそこにあった。
そう言えばオレ、一度も魔物の肉を処理したことがなかったな。
今度教えてもらおうかなと思いつつも、シルフィから与えられる温かい力に身を委ねた。
「アラシはほんとに頑張ったよ」
するとシルフィはさっき言った同じ言葉を静かに呟いてきた。
「だが倒せなかったなー」
「うん。でも、カッコよかった」
「そっか。ありがとうな」
「次は勝てるよ! 絶対!」
シルフィの言葉に、オレは自然と頭を撫でていた。
シルフィの満面の笑みはマジで可愛かった。




