14.目の当たりにした冷徹
「ヒャッハー! 男が一人、ガキが二人! おー? かわい子ちゃんが一人いるじゃねーか!」
「ありゃあ、上玉ですぜ親分!」
次々と現れてくる、それっぽい服装を来た男達。
オレたちを見定め、イヤラシい笑みを浮かべにじり寄ってくる。
盗賊――
本当にいるんだな。
親分と言われた男は多分、最初に姿を表した太ったおっちゃん。
顎にヒゲを蓄え、黒い眼帯で片目を覆っている。
周りの木の陰から姿を表した子分たちも、なんとも見すぼらしい姿だけど、片手には盗賊御用達の三日月刀やら木の弓やらを持っていた。
盗賊が持つ松明と、ふよふよと浮かぶ光源だけの薄暗い森の中、周りをどれだけの盗賊が取り囲んでいるのかは分からない。
ただ、シルフィがオレの側で「二十五、二十六……数えるの飽きちゃった」と呟いていたから最低でも三十人以上はいる。
「テメェら、オレたちが見つけちまったのは運のツキだなぁおい。ガルガルオルフ団という盗賊団とはオレたちのことよ」
と豪語しながら、誰も聞いちゃいないのに団の名前を名乗った。
オレ、知ってるぞ。
こういう時決まって――
「おい野郎ども、男は殺せ! ガキも殺せ! 女のガキは連れて行くぞ! じっくり楽しんだ後に、なぁ」
「アイアイサー! 後でちょっとぐらいのおこぼれいいよな!」
「ヒヒッ、腕がなるぜ」
はいー! 予想通りー!
下卑た笑みを浮かべながら言う親分さんの声と、同じように下品な笑いを上げる子分たちの声が不協和音となって森に響いた。
だがあんたら、喧嘩を売った相手が悪かったと思うぞ?
「なあシルフィ! ガオガオガオって盗賊団、知ってたか?」
「え? 知らないかな! よっぽど、弱い盗賊団じゃないかな? ちょっとした所だったら、自分から名乗らずにさっさと略奪とかしちゃうもん!」
「だよなー! それにガオガオガオって、そこらにいるオオカミが可愛い鳴き声を上げてるような名前だよなー!」
「ガオガオって可愛いね! おじちゃんたちの名前のセンス、とってもいいんじゃないかな!」
と、全員の耳に届くように無邪気な子供のように叫び立てるリーズとシルフィだった。
いや、ガオガオガオじゃなくガルガルガルルじゃなかったっけ?
「ガルガルオルフ団だ!!!」
あ、それだ!
とにかく、二人の挑発で簡単に血が昇っているようで。
「くそっ! ナメやがって! 女のガキも殺せ! 皆殺しだぁああああ!!!」
「うおおおおおおおっ!」
といきり立って、一斉に走り出しこちらに襲いかかろうとする盗賊団だったが――
「ちょっと待て!」
細身の子分の一人が叫ぶ。
弓を持っているから、ずいぶんと目がいいのかもしれない。
「なんでぃ!」
「親分、ガキ二人を見てくだせぇ!」
「あん?」
ようやくソイツは気付いたようだ。
そして、声が震えていく。
表情もはっきりとは分からないけれど、愕然としていた。
「あれは――風の精霊だ!!!」
「なっ、何ぃっ!?」
「間違いねぇ! 暗がりで見えにくかったがあいつらの背中の羽! あれだけデカイと上位精霊じゃ!?」
二人の正体がわかった時点で、盗賊たちに狼狽が走る。
なるほど。
この世界の人間は精霊が怖い存在なのだろう。
「今更気付いたって、遅いと思うんだぜ?」
「そうだよ! これだから汚い人間は――」
そう言いながらゆらりと歩き始めるリーズとシルフィ。
ただ、それだけなのにピシピシと空気が張り詰めた。
リーズは笑っているけれど、シルフィの表情は怒り。
「まあ! あんたたちがあたしたちの周囲を嗅ぎ回っていたことぐらい、分かってたけどね! 気配を消すの下手すぎだよ!」
オレに精霊術を教えながらも、辺りを警戒していたってことか。
「で? 誰と誰を殺すって言ったんだっけか?」
とうとう笑顔が消え、険しい表情を見せるリーズ。
オレはその視線に直接晒されたわけじゃない。
けど伝わってくるのだ、リーズの怒りの感情が。
そんな視線に晒されている盗賊団の表情には、絶望が貼り付いていた。
「うっ! き、聞いてねぇぞ……精霊の相手をしろとか! 大森林の中では絶対に精霊を刺激しちゃいけねぇんだろーが!」
「アイツ、ただのガキと優男との三人だけだって言ってたじゃねーか!」
あ、オレのことはカウントされてないんだな?
だって、優男っていうのはファルスのことだろう?
いやまあ、はらぺっこ三精霊に比べたら超小物だけどさ!
何にせよ、盗賊の一味は、さっきまでの威勢が嘘のようにしぼみ、後ずさりを始める。
もしかしたら姿を表していなかったヤツらは既に逃げていってるかもしれない。
だが、リーズは言う。
「別に盗賊がこの森で何をしようとも勝手だけど、おれたちにケンカを売ったのは運のツキだったな?」
意趣返しをして、リーズは笑う。
いつもの無邪気な笑顔ではない。
あの可愛いなりでの威圧感を乗せた笑顔に、盗賊たちの足は思い切り震えている。
「さてと……今回はおれに任せてくれよ! いい機会だから、精霊術でぱぱっと終わらせてやる!」
「うん! 頼んだよリーズ!」
リーズは両手を持ち上げる。
「にーちゃん! せっかくだからオレの精霊術も見せてやるぜ!」
オレには、いつもの笑顔を見せて言ってくる。
頷くと、詠唱を始めるリーズ。
「我が内に眠りし 熾烈たる風 今目覚めん
我が前の 愚かなる存在を食らう蒼き刃をここに!」
リーズの周りに数多の霊力球が生まれる。
それらは、詠唱と共に一つ一つが三日月へと象っていく。
緑色の輝きが、深い青へと変わり、リーズの周りを飛び回る。
幻想的な光景だ。
「やべぇ!!! こ、殺されるぞ!!!」
「逃げろーッ!!!」
「逃さねーぜ! シルフィとにーちゃんを殺そうとした報いだ! さぁ風の刃! エサの時間だ! 蒼月襲刃斬ッ!!!」
手を振り下ろすやすぐに、リーズの術が発動する!
三日月形の風の刃は、待っていましたとばかりに闇夜に紛れた。
マジマジと目を凝らしていなければ、刃が見えない。
だからこそ、慌てた相手には有効だった。
「グアアアアアッ! あ、足がっ!」
「イテェ! イデェよぉおおお!」
幻想的だった光景が一転、阿鼻叫喚の図へと塗り替わっていった。
四方八方に散らばっているはずの盗賊たち全員に、見えない刃は襲いかかる。
ある者は足を、ある者は腕を、動きを封じるためにズタズタに切り裂いていく。
恐怖――
オレは身を震わせた。
初めての、人間への攻撃を目の当たりにしているのだ。
そして――
「殺しはしないぜ? けど、ちょっとでも動けば――」
「ひっ、ヒィィィイイイ――」
ゴトリ。
藻掻いて逃げようとした盗賊の一人の頭が飛び、地へと落ちる。
そいつに訪れたのは紛れもない、死だった。
「こうなっちまうんだぜ」
冷たく笑うリーズの言葉と同時にオレは目を背けた。
胸が熱くなる。
こみ上げる嗚咽感。
だが、オレは必死にそれを留めた。
この世界で、この森の中で生きていくために必要な事なのだろう。
相手が命乞いをしようとも、逃げようとも、手心を加えて背を見せるのもいけないのだ。
背を向ければ、こちらが危ない。
殺さなければ、殺される。
そんな場面はこれからも沢山見るだろう。
オレは再びしかとその様を目に焼き付けた。
「兄貴、コイツも捕まえたぞ」
そう言えば、いつの間にか傍にいなかったファルスが森の奥から現れてきた。
片手に、全身を覆うフードを羽織る人間を抱えて。
「――ソイツは?」
「魔術士だ。盗賊達をけしかけたのはコイツで間違いない。自害しようとしたから、口を封じさせて貰った」
「そっかぁ。ネリーゼンに預けておくかー」
「その方が良い」
ちらりと見せたソイツの口には、布を噛まされていた。
明らかに敵意と殺意を孕んだ眼で、リーズを睨んでいた。
リーズは意に介さなかったけど。
「アジトの場所は?」
「ばっちり抑えておいた。トレアにも報告して今街の連中を寄越してもらっている。森の中で冒険者に略奪を働いているという報告を受けていた盗賊団のようだ」
「ガオガオ団がか?」
「ガウガウ団じゃなかったか?」
「ガルガルオルフ団だ!!!」
足を切られ動けそうにない親分さんはツッコミを忘れなかった。
「とりあえず、ガルルルル団の全員を縛り上げておこうぜ!」
「了解」
「シルフィはにーちゃんの世話をお願いだぜ! なんかつらそうだし!」
「分かったよ!」
うん、ありがとうリーズ。
正直今、かなり精神的にいっぱいいっぱいだった。
まるで貧血にでも陥ったかのように体から血の気が引くような、体温がスーッと抜け落ちていくような――
オレは、そのまま意識を手放したのだった。




