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10.アラシ始動?




 とりあえずオレはシルフィリアの頭をずっと撫でてやった。

 そしたらすぐにシルフィリアは泣き止んだ。

 そしてソファの上で眠りについた。

 顔を見せないように、俯いたまま。

 まるで子供のようだと、オレは自然と笑みが溢れる。


「寝た?」

「多分、落ち着いたからだろうな」

「そっか!」


 頃合いを見計らったのだろう、リーズヴェルが部屋に入ってくる。

 そしてネリーゼンさんもリーズヴェルの後についてくる。


「シルフィリア様が泣くところなぞ初めて見たのぅ」


 そう言って、微笑みながら彼女はオレに向いた。


「名乗っておらなんだの。我はネリーゼン。この街の政務と兼お二方の教育係か相談役とでも言うかの。よしなにな」

「お、オレはアラシです」

「気軽にネリーゼンと呼んでも良い。此度は驚かせてしまったのう」

「いえ、アナタにも考えがあってのことだと思うので――」

「怖がらんでおくれ。もう何もせぬから」


 まあ、あんなお茶目をしでかす人だから怖い人ではないと分かっているんだけど。

 出会いが出会いだしちょっと身構えてしまった。


「お二方は昔から、色んな動物を拾ってきては世話を途中で放り出してきたからの。そういう事もあって我も少し意地になっておったかもしれぬ。今回はお主のような人間だったからこそ、な」

「はあ」


 分からなくもなかった。

 オレも昔捨て犬を拾って飼ってと両親にせがんだことがあった。

 その時は飼うことを認めてもらえたけど、世話が中途半端だとよく怒られてたっけな。

 今となって反省。


「さて。報告書が報告書だったもので、リーズヴェル様から然とした話は聞いた。お二方の不手際でこの世界に来ざるを得なくなったとな」

「いや、二人の不手際だなんて思っていないよ。オレが勝手に助けようとしただけだからさ」

「ふむ」


 ネリーゼンは真面目な表情で椅子に座り、オレを仰ぎ見た。


「其方の世界は、精霊という言葉は存在しているが、精霊そのものの存在はないものと聞いておる」

「うん。架空の生物って位置づけだな」

「なんに、其方はリーズヴェル様とシルフィリア様の姿をはっきりと見えたのだな?」


 オレは頷いた。


「そして其方の持つ霊力、リーズヴェル様が仰っていた通り特別な何かを秘めておる。我もあのような演技をしてしまったが、しなくとも不思議な感覚に襲われたぞ」

「不思議な感覚?」

「うむ。先も言ったが数百年程吸血衝動は起きてはおらなんだ。だが、其方に触れた一瞬、血をいただきたいという気持ちが現れた」

「!?」


 突然ニヤリと言われ、オレは身構えてしまった。

 けどネリーゼンはすぐに笑みをこぼし言う。


「心配するな、我の意思で吸おうとは思っておらん。しかし、思った以上に凄まじいものを拾ってきたものだ」

「褒め言葉だよな、それ!」

「半分は正解とだけ言っておきますぞ。ただ半分は――」


 ふむ、と何かを考え始めたネリーゼン。

 ほんの数秒ほど間が開いたけど、彼女は指でスッと半円を描くような仕草を見せた。


「背中を見せてくれないか。上着を少し捲りあげて、右下のところを見せて欲しいのだ」

「? い、いいけど」


 言われたとおりに、オレは彼女に背を向け、服を捲し上げた。


「……違うな」

「ネリーゼン。一体何が違うんだ?」


 リーズヴェルが聞く。


「伝説がありましたでしょう。『稀代(きたい)の精霊術士、昏き王に精霊なき異たる世へ堕とされたり』と。精霊なき異たる世、つまりアラシがおった世界と一致する。そして稀代の精霊術士――恐らく精霊王(エレメンタルマスター)を指すのではないかと考えた。そして初代精霊王は人間の国セントリアの王族。その証が背にある」

「へー! なんでそんなこと知ってんだ?」

「貴方様よりも永く生きておるのですぞ? 人間の国の事も理解しております。よって精霊に対して不思議な力を持つアラシが稀代の精霊術士なのかと考えたのです。が、背に証がない。よってアラシはただ特別の力を持つ異世界の人間ということですかの」


 精霊術士って、精霊術を操る人間のことを指すんだよな? 

 いやぁ、流石にそんな大それた人間だったら、魔物なんてスパパーンってラクラク倒していると思うぞ?

 オレまだ精霊術なんて一つも使えないし!


「しかし、もしやしなくとも磨けば精霊王以上の逸材に化けるやもしれんの」


 そう、にたりとしながら言った。

 だから怖いから、マジで!


「ネリーゼン。ちょっといいか?」

「なんですかな?」

「兄ちゃんが、もし自分で何かしたいことがあったら、オレたちがそれをサポートするって約束したんだ」

「ほう?」


 そう言えば、フェスタジアに来る前にそういう話をしていたな。


「だからアラシがしたいことが出来た時、協力してやってほしいんだぜ」

「了承しましたぞ。協力は惜しみませぬ。だが、一つだけ言い渡したいことがあるのだがいいかの?」


 オレは頷いた。


「働かざるもの食うべからず――という言葉は知っておるかの?」

「!? この世界にもその言葉があるんだ!」

「その様子だと知っておるな。言いたいことはそういうことだの」

「いや、オレもタダ飯食らいになるつもりは毛頭なかったからさ。仕事の斡旋(あっせん)があって、オレでも可能であれば受けるつもりだけど?」

「ほう。殊勝で良い良い」


 ネリーゼンは、満足そうに笑顔を浮かべたのだった。


「そろそろ夜になる。夕餉に向かおうかの」

「晩飯!?」

「晩ごはん!?」


 ネリーゼンがそう言うと、はらぺっこ精霊は食いついた。

 泣きはらして眠っていたシルフィリアも、ガバリと飛び起きた。


「……起きてたのか?」

「ぎくっ!」

「起きてたんだな?」

「ま、まさかぁ! ご飯だって聞こえたから起きたんだよ!」

「……」


 見え見えな言い訳に、オレはジトーっとシルフィリアを睨んだ。

 無論そんなので怖気づくわけもなく。

 でもまあ、ずっとウジウジされているよりかは、元気なシルフィリアの方が断然いい。


「何処でご飯食べるの!?」

「トレアの家にでも行こうと思っておる。アヤツの料理の腕はピカイチだしの」

「ネリーゼンも分かってるぜ!」


 かくしてオレたちはトレアが待つ隠れ家へと向かった。


「って、どうやって向かうんだ?」

「ああ。この家にはあ奴の家につながる転移陣が常設されておる。それを使う」


 おおおおおおお!?

 以前は叶わなかった、転移陣をとうとう体験できるのか!?

 これは是が非でも真っ先に飛び込ませてもらおう!




――ぐにゃりと歪む空間の感覚が襲ってきて、ものの見事に酔いましたとさ。




   ◇◆◇◆◇




 翌日の朝、館の一室にリーズ、シルフィ、ファルス、ネリーゼン、そしてオレが集まる。

 もう少ししたら恒例の会議があるというから、皆が集まっているタイミングで、オレがしたいこと――今の所考えていることを伝えようと思ったのだ。


「このスピリトの街の食事事情を知りたいんだ」


 オレのこの一言に、集まった皆が一斉にオレへと視線を移した。

 


「食事事情?」

「ああ。オレはこの世界に来てトレアの手料理を食べさせてもらっていたけど、精霊と人間の味覚の違いだろうか、何かが足りないと考えていたんだ」

「ふむ。だがアラシよ。それを知ったところでどうすると言うのだ?」


 ご尤もな質問を、ネリーゼンから頂いた。

 そこでオレはこういった。


「もし改善出来ることがあるのであれば、オレにやらせてほしい」


 いやぁ、この世界に来てまで、一週間ほど前まで勤めていた会社の知識を披露するかもしれないと考えると感慨深いものがある!


 オレが務めていたのは、元々小さな食堂を数店舗経営していた会社だ。

 オレが入社した時、経営は然程苦しくはなかったが、上々と言うほどでもなかった。

 そこでオレは提案した。

『食材に拘りに拘ってみればどうか』と。

 生産農家に足を運び、質のいい野菜を仕入れる。

 畜産農家にも頭を下げ、高ランクの肉の切り落としなどを格安で提供してもらう。

 勿論、農業に関する勉強もしたし、農家さんに混じって農作業の手伝いもさせてもらった。

 牛や豚、鶏などの世話も教えてもらった。


 そして会社は次第に業績が良くなっていった。

 店舗数も増やし、それなりに認知度の高い企業へと成長していった。


――今思えば、このことが切っ掛けでブラック企業へと変貌していったのかもしれない。

 もとはと言えばオレが悪いのか……!?


 いや、もう終わったことだ。

 気にしたらキリがない。


「食事が美味しくなるのであれば、この街を拠点としてくれる冒険者たちに喜んでもらえる。そしたら、街の収入も増えると思うんだけど」


 そう、この街には冒険者が多数集まっているのだ。

 ペルケッタ大森林の北に聳える、アダプト山脈。

 そこには多数のダンジョンが点在していて、未だに多数の秘法が眠っているという。

 それにペルケッタ大森林にも冒険者が未だに足を踏み入れたことのない場所もある。

 まだまだ冒険者が増える余地がある。


 幸いこの街に集まってくる冒険者は、かなり腕の立つ者が多い。

 そしてこの森の性質を深く理解している者が殆どだ。

 そう、余程のバカは辿り着くことが出来る街ではないのだ。

 

 何がいいたいかと言うと、精霊に迷惑をかけることがない人間だけが増えるということだ。

 大森林は北に行けば行くほど、魔物が強力になっていくという。

 森を抜けるためには強大な魔物を打ち倒しながら進むしかない。

 だが、人間休息は必要。

 だからこそ、この街の拠点の重要度は高い。

 余程のバカでなければ、暴れたりしない。


 まあ、精霊が住まう街の時点で、暴れたらリーズヴェルという当主筆頭に排除していくだろうけど。


 それに冒険者から要望があったらしい。

 食事をもう少し良くしてほしいと。

 だったら、同じ人間としてなんとかしてやりたいというのがオレの思いだった。


「面白い考えだな。分かった、いくらでも時間をかけても良い。何か手が必要だったらいつでも言ってくるがいいぞ」

「ありがとう、ネリーゼン」


 するとシルフィがオレの隣に座って言う。


「館から出てまっすぐ行った右手三つ目の店が冒険者向けの食堂だからそこへ行ってようよ!」

「そうだな。全体的に聞くよりも食堂のほうが情報がある。行ってみるよ」


 そう言ってシルフィの頭を撫でてやった。


「食堂行くの!? おれもいきたいんだぜ!」

「あんたは会議でしょ? ほら、そろそろ変身しないと!」

「えー!? シルフィは!?」

「あたしはアラシについていく!」

「ずりぃぞ! おれとかわれ!」


 などと兄弟喧嘩が勃発。

 ポコスカポコスカとやり始めた。


「ただ情報集めに行くだけだぞ? 飯はお前達と一緒に食べるからさ」

「まふぃ!?」


 そしたら、シルフィにほっぺたを摘まれながらも動きを止めたリーズの顔がパッと明るくなった。


「ああ。だから会議、頑張れよ」

「がぜんやるきでたぜっ!」


 ちょろい。

 オレは、リーズヴェルがボロをだす可能性があるため会議は不参加だ。

 威厳が必要な場所で、あのリーズヴェルを出すなんてとんでもないというシルフィの進言だった。

 一度会議がどういうものか見てみたかったし、此処にいる四人以外にも誰が来てるのだとか、色々と知りたいけど仕方ない。


「じゃあ、早速だけど行ってくるぜ」

「いってくるよ!」


 さあ、オレもしっかり働いてきますか!


 だがオレはこの時知る由もなかった。

 食事事情改善を遂行していく上で、様々な困難が立ちはだかるなどと――




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