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9.スピリトの街のネリーゼン




 どでかい門の前に、見知った顔が立っていた。


「お帰りなさいリーズヴェル様。シルフィリア様。そしてアラシ様、ようこそスピリトの街へ」


 はらぺっこ精霊その三であるファルスである。

 その彼は、忠誠を誓っていますとばかりに膝をつく。

 無駄にイケメンだからすごく様になっている。

 兄弟であるのだが、主従関係をしっかりと守っているらしく、弟であっても街では二人を様付で呼ぶ。

 オレのことは様付でなくてもいいんだけどなって言ったら、ムリだと一蹴された。


「出迎えご苦労、ファリス」

「は。早速ですが、ネリーゼン様がお待ちです。館の方へ」

「ああ」


 苦手な敬語でたどたどしく言うファルスに、リーズヴェルは頷いた。

 さっきまで微妙な感じだったリーズヴェルは、流石当主といったところかな。

 スピリトの街を目の前にして、様になる姿勢と口調だった。


 その調子だ。そのままオレを見ずに前だけ見ろよ?

 もちょっと離れたほうがいいかな?

 ちょっと体がウズウズしてるな。

 あ、シルフィリアもなオレの方を見てはいかんぞ!

 まだ他の人がいないからって油断するなよ?


 オレたちの様子に不思議がっているファルスを先頭に、門をくぐり抜ける。


 ようやく目にすることが出来た。

 フェスタジアに住まう、人間の姿。

 そして沢山の風の精霊たち。

 皆が皆それぞれこちらを注目する。

 風の精霊に至っては皆跪いている。


 そして町並み。

 木材が豊富な森の中だ。殆どが木造建築だった。

 中には石積み建築もチラホラと見える。

 それらが雑多に立ち並んでいた。

 あとで色々と見て回ろう。

 道具屋とか武器屋、食堂なんかもあるみたいだしな。


 更に先に進んでいくと、目の前にそれなりに立派な建物が見えてくる。

 その扉の前に一人の女性が立っていて、こちらを伺っていた。

 恐らく館というのは、あの建物だろう。


「お帰りなさいませ、リーズヴェル様、シルフィリア様」

「ネリーゼン。いつもすまんな。今帰った」

「ただいまネリーゼン。元気にしてたかしら?」

「ええ。息災でございますぞ。お二方も無事にお戻りになられて幸いでございますわい」


 見た目は若い――というかリーズとシルフィよりも少し成長させたぐらいの出で立ち。

 金色の長い髪と真っ黒のローブがマッチしていて、いかにも魔女っ子って感じがする。

 残念ながらとんがり帽子はかぶっていないが――

 それにしても、美少女が年寄りくさい口調だなと思ったが、お年のことはトレアのこともあるので、見た目に騙されてはいけない。


「して、件の人間とは小僧のことか?」

「っ!」


 にこやかだった表情が一転、険しいものに変貌させ鋭い視線をオレに向ける彼女。

 トレアからも最初だけは厳しい目で見られたのを思い出したけど、そんな比ではない。

 殺気を飛ばされてはいないけれど、殺気にも似たそれに体が硬直してしまった。

 そんなオレを背にしてシルフィリアが立つ。


「ネリーゼン。彼が報告していたアラシよ」

「ふむ。なんともパッとしない男にしか見えませんがな」

「そのようなことはないぞ。それはオレも保証する」

「リーズヴェル様に保証されても、我から見ればやはり……」


 最後何か言おうとした時、彼女はハッとしたように口を(つぐ)む。

 一つ咳払いをしてから、扉を開けて。


「とりあえず館にお入りくだされ。お部屋のほうがお二方もお口が回りましょうぞ?」


 と言った。




   ◇◆◇◆◇




 隠れ家よりもややグレードアップした屋内。

 一応威厳を保つために作られたって感じはするけれど、オレが本当に知っている双子精霊には似合わないような、そんな感じだった。

 幾つかの部屋が並んでいて、その中でも一番奥の部屋へと通される。

 ちなみにファルスはまだ仕事があると言って館の前で別れのだが。


 扉がパタリと閉じた瞬間、リーズヴェルとシルフィリアは凛とした態度を解き、そこにある大きなソファにドカリと座った。


「あー! 疲れた! 偉ぶるのはオレの柄じゃないってーの!」


 とリーズヴェルはごちた。


「そうだよねー。私も疲れたよー」


 シルフィリアもボソリといつものような口調で零して、イスへと体を預けた。


「お二人とも、何を言っているのですかな? この街の当主であられる以上、威厳というのを持たねばならぬ。街の者以外が見ていない場所でのだらけや自由を認めて差し上げてるではありませぬか」

「うえー……ネリーゼン、帰って速攻の説教はいらねぇってば」

「第一私達が当主、副当主なのもネリーゼンが勝手に決めたことでしょ?」

「その器であるからこそと何度も!」


 彼女のお怒りの言葉に、ソファーに寝そべりながら手をひらひらと振ってそれを拒否するリーズヴェルは、すぐにもう聞かねぇと言わんばかりに両耳を手で抑えた。


「はぁ――トレアにも当主らしくさせよと言っておったが、あやつもお二人には甘いですからの」

「いいじゃないの。それよりも――」


 シルフィリアはオレを手招きする。

 来いと言われれば行くしかないだろうと、オレは隣に立った。


「どういうことかな? いきなりアラシを威圧して!」

「報告を受けてはおりまするが、こんな得体のしれぬ異世界の人間なぞをフェスタジアにつれてくるとは何事かと思いましたぞ」

「だから報告書にも書いてたでしょ!? こちらの手違いで彼を死なせるところだったって!」

「おや? シルフィリア様ともあろう方が、たかが人間如きが目の前で死ぬことに何の感情を持たなかったであろう方が、何故にそやつを助けたのですかな?」


 オレは完全に蚊帳の外である。

 いや、話題の中心はオレなんだけど、発言権はないと言われているみたいな、そんな気がする。

 

 いい加減立っているのも辛くなってきたんだけど、座るわけにも行かずただ目の前の三人の会話を聞くだけしか出来ない。


 なかなかにネリーゼンさんとやらは手厳しい人だ。

 トゲを大いに含んで人間ごときだと言うのだから。

 いや、精霊にとって見れば人間なんてちっぽけな存在なのかもしれないな。


 それにしても、シルフィリアはそんなに人間が嫌いなのかね?

 うーん……見てる限りそうは思えないんだけどなぁ。


「で、お答えは頂けませんかな? シルフィリア様」

「……それは言えない」

「ふむ――全くは話になりませんな。此奴をこの街で保護する確とした理由を教えていただかぬことには、受け入れるに足りぬと言っているのです」

「アラシは、ちゃんと私たちで面倒を見る! だから――」

「貴女はそうは言いますが、あとで世話を投げ出してネリーゼンに任せる! と言われて困るのは我なのですぞ?」


 ちょっと待て。

 なんだ、さっきからオレをペット扱いか?

 オレはペットじゃねーからな!?

 

「そもそも、異世界へ(おもむ)いた目的は、例の予言の事実を確かめに行くことでしたな」

「うっ……」

「その成果は報告書に書かれておりませんでしたが、それも併せてご説明願いたい」

「それは……」


 二人は一体どういう報告書を提出したのだろうか。

 リーズヴェル……いやリーズの性格上、『異世界へ行った、人間を拾ってきた』程度だったとかか?

 シルフィリアに至っては『人間を拾ったからよろしくね!』とかか?

 なんとなくいい加減な報告書だということは容易く想像出来る……うん。二人だしな!


「仕方ないの」


 シルフィリアはそう言って、オレを引っ張ってネリーゼンさんに差し出した。

 その時何か小さく呟いた気がして、何故か体がポカポカと暖かくなってきた。


「ネリーゼン、一度アラシに触れてみて」

「妙なことを仰いますな。此奴に触れたところで情は湧きませんぞ」

「いいから、触ってみなさい」

「……いいでしょう」

「いい? 触れるだけだからね。それ以上はダメだよ!」

「触る以上のことをしようと思うわけ――」


 一体何なのだ、オレにも説明してくれ。

 と聞く間もなくネリーゼンさんはオレの腹辺りに手を伸ばしてくる。

 ところが――


「こ、これは――ッ!?」


 オレに触れる寸前に彼女に異変が起きた。

 一度手を引っ込める。

 まるで彼女の身に急激な力が集まっている、そんな感じだった。

 彼女は己の体を抱きしめ、身悶え始める。

 頬を紅潮させ、息が荒い。


 正直に思う、エロいと……


「はぁはぁ――」


 再びオレに触れることを試み始める。

 さっきと同じで、触れるか触れないかの時点で彼女の表情が歪む。

 何かに耐えながら、とうとうオレにその手が触れた。


「アァッ! す、凄いッ! この霊力、この高揚感! あぁ……いいのぅ!」


 オレに触れただけで彼女の表情が恍惚なものへと変化していく。

 そして薄く開く口から覗くそれを、オレは見た。


 鋭く尖った、牙――


「え!? ちょ、ネリーゼン!?」


 ガタンとシルフィリアは慌てて立ち上がる。

 オレは後ずさりをしたのだが、ネリーゼンさんに引き寄せられ、体勢を崩した。

 そして彼女は鋭い牙を、オレの首筋に狙いを定め――


「そ、それまでだよ!」


 シルフィリアの声が響き、オレとネリーゼンさんとの距離が一気に開く。

 たった一瞬で、数メートル程移動したのだ。

 助かったぜ、シルフィリア。

 ただ、シルフィリアは珍しく焦った表情を浮かべていた。

 頬を伝う汗、オレを抱きしめる力。

 恐怖を、感じているのか――


 オレは改めてネリーゼンさんを見やる。

 彼女の様子を見て、オレはとある存在が頭に浮かんだ。

 吸血鬼(ヴァンパイア)

 オレの世界でも、名前は広く知られている。

 人間の血――特に異性の血を好み、血を吸われた者を己の眷属ないし己と同じ存在へと変えていく怪物として。

 そして、それが持つ力は圧倒的で、夜の王とまで言わしめる存在だった。


「さぁさぁ、小僧……いや、アラシだったかの、この我めに其方(そなた)の血を」


 彼女はオレを圧倒しながら、ゆっくりとこちらに近付く。

 血走る眼を大きくして、口をニタリと三日月形にしてオレに食らいつこうとしてくる。


 彼女のあまりの変貌っぷりに、恐怖で体が震える。

 逃げたいけど、体が動かない!


「ふふ。痛くはせぬよ。体の力を楽にするがよぶふ――!?」

「いい加減にしろだよ!!!」


 手が伸びてくる寸前に、シルフィリアが手がネリーゼンさんの顔を捕えていた。

 ネリーゼンさんは痛みに身悶え、其の場で崩れた。


「シルフィリア、アラシの霊力放出を止めてくれ」

「わかった!」


 シルフィリアが小さく何かを呟いたら、今度はさっきまで感じていたポカポカが消えていった。

 そうか、あのポカポカした感覚は、オレの霊力を外に放出させていたんだな。

 オレ自身が霊力をどーこーすることは出来なくても、シルフィリア達なら簡単にできそうなことだ。


 いや、そんなことどうでもいい。

「酷いですぞ! 我も年老いたとは言え女ですぞ!? なんに顔に張り手とは!」


 ネリーゼンさんはさっきの不気味な表情とは打って変わって、痛みに堪えるような涙目で起き上がった。

 覗かせていた牙も短くなっていた。

 だが、それだけでシルフィリアの怒りは収まっていないようで。


「吸い尽くすつもりでアラシに襲いかかったからでしょ!?」

「まさか! そのようなことをして何の得が!」

「だったらさっきのはなんなの!?」

「え、演技ですが何か?」


 って……いや、いやいや。

 絶対演技ではなかったぞ!

 あの血眼、インパクトが強すぎて恐怖でしかなかったぞ!?


「我はもう数百年、人間の血を飲まずして生きてきましたからの」

「……」

「ただあまりにも美味しそうだったからつい悪乗りをしてしまいましたわ。ふふふ……」

「……」


 リーズヴェルは唖然とし、シルフィリアは顔を俯かせて、一言も喋らなくなってしまった。

 オレも開いた口が閉じなくなってしまっていた。

 あの気迫は本物だった。

 あれは、オレを本気で殺すつもりでいたような気がした。


「いやなに。いつも我は執務に追われておる身。特にお二方の自由奔放さにしょっちゅう森へと抜け出し遊びに行く始末。そのおかげで我の忙しさは増すばかりでな。時々は鬱憤晴らしをしたくもなろう時々はお二方を吃驚させたくもなるのだ」


 カッカッカッ!

 と豪快にも笑い飛ばしていたのだった。


「それに――」

「っ!?」


 彼女は、俯いているシルフィリアに向いた。


「シルフィリア様がいかに本気かも知りとうございましたからな。彼に危機が迫った時に見せたそのお顔、まさに本気そのもの。あそこまでして何もせなんだら――いや、無粋な心配ですな」

「……ネリーゼン」

「驚かせて申し訳ありません、姫よ」

「うっ……うあああああん!」

「し、シルフィリア様!?」


 シルフィリアは、その場で泣き叫び、オレの胸に顔を押し付けてきたのだった。

 そしてネリーゼンさんも思い切り驚いていた。


「い、いやなシルフィリア様! 本当に、其奴の事を傷つけたりしようとか思っていなかったのですぞ!?」

「びえええええええぇぇ!!!」


 本格的に泣き出してしまった

 え、これどうすればいいの!?

 慌てふためいてリーズヴェルを見たら、ニヤニヤしていた。

 ネリーゼンさんの方を見る。


「やりすぎたようじゃな……」


 と反省していた。


「オレも驚いたんだぜ? ネリーゼンがまさかあんなイジワルをするなんて思ってもみなかったしさ!」

「うぐぐ……ちょっと脅しをかけるつもりだったのだが、本気にしてしまったようですな」


 いや、マジで迫真のイジワルだったよ。

 しかし、あのシルフィリアがここまで泣くなんて思いにもよらなくてだな……

 と思っていたら、二人はいつの間にか部屋の出口の方に行ってて――

 

「兄ちゃん、後はオレがネリーゼンに色々と話ししておくから、シルフィリアを頼んだぜ」

「すまぬな……シルフィリア様のことを頼むぞ」

「あ、え? オレが?」

「適任だぜ!」


 そう言残し、二人は部屋の外へと消えていった。

 泣きじゃくるシルフィリアを置き去りにして――


 いや、本当これ、どうすれば良いんだよ……




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