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プロローグ.精霊との出会い




 晩飯はどうしようか。

 大通りの両脇にある飯屋は既に閉店していて、このままだとコンビニ飯確定だ。


 全く、毎日毎日残業で、日に日に帰る時間が遅くなっていくとか、ふざけてる。

 仕事にはやり甲斐があるけれど、せめて人並みの生活を送れるような勤務形態にしていただきたい。


 なんて文句を垂れ流していたら、いつもお世話になっているコンビニの前にいつもとは違和感のあるものを見かけてしまった。


 真夜中の十二時半。

 終電が最寄り駅に到着する時間で、今日もバッチリ終電帰りだ。

 駅からここまで、十分足らずだけど、まあ真夜中である。


 ひょこひょことふんわり頭が二つ、随分低い場所で揺れている。

 大通りを横切る横断歩道の信号待ちをしているのだろう。


 おーい。大丈夫か? こんな時間に子供二人で歩いていると悪い大人に連れ去られちまうぞ!


 思っていたら、二人は走り出した。

 まだ信号は――赤だ!


 他に歩行者がちらほらとある大通り。

 だがその二人の姿を見る素振りが、一切ない!


「おい! そこの二人を止めてくれっ!!!」


 オレは叫んだ。

 歩行者は皆立ち止まり、全員がオレを見る。


 違う!

 見てほしいのはオレじゃない!

 何でそんなに変な人を見る目でオレを見るんだよ!


 オレは舌打ちをして、全速力で二人を追う。

 マズイ、夜中とは言えこの大通りはそれなりに交通量は多い。

 しかも、大型車がそれなりに行き交うのだ。

 そして案の定――


「おい二人共! 止まれ!」


 だが二人は止まらない。

 嫌な汗が止まらなくなった。

 向こう側から、大型トラックが法定速度いっぱいの速度でやってくる。


 このままだと二人を跳ねてしまう。

 目の前で小さな命が二つも失われてしまう。

 それだけはなんとしても防がなきゃいけない。


 オレは手を伸ばし、走る。

 仕事で疲れた体を叱咤して――


「!?」

「お、おい!」

「あぶねぇぞお前ら! 早く向こう側に――」


 まるでオレの言葉を遮るように、けたたましいクラクションの音が耳を(つんざ)く。


 二人を抱えて走る――いや、間に合わない!

 だったら――

 二人には申し訳ないが、オレは意を決して突き飛ばした。

 向こう側の歩道に、二人を追いやることが出来た。

 よし、今度はオレも――


 疲れた状態で全速力で走ったオレの足に、その余波が襲う。

 覚束ない両足が互いにぶつかり、オレはその場で躓いてしまった。


 しまった――


 オレは襲い来る衝撃と激痛を覚悟した。

 ギュッと目を瞑り、近づく死の足音に体を震わせた。


「にーちゃん!!!」


 瞬間、男の子の声が聞こえた。

 ダメだ、お前まで来たら――


 オレの意識はそこで飛んでいた。




   ◇◆◇◆◇




 あれ、オレは生きている。

 薄っすらと開く瞼に差し込む光りが眩しい。

 ここは、病院なのだろうか。

 真っ白な天井が見えた。


 いや、病院じゃない――

 頭が動く限りに辺りを見渡すと、ただひたすらに続く白い空間。


 さっきまで街頭に照らされるだけの薄暗い大通りにいたはずなのに。

 この場所は、どこだ?


 ああ――そうか、オレはやはり死んだのだな。

 オレの気がかりは、あの二人だ。


 助けた二人は大丈夫だっただろうか。

 本当、ごめんな――突き飛ばしたりして。

 痛かっただろう? けど、あの時そうするしかなかったんだ。

 許してくれよ?


「うん! 痛かったけど、おれは全然平気だぜ!」


 男の子の元気あふれる声が聞こえた。

――そっか。無事でいてくれて良かった。


「アンタってバカだよ! あんな鉄の塊ぐらいどうとでもなったんだから! でも、ありがとうお兄ちゃん」


 女の子の元気そうな声も聞こえる。

――トラックを鉄の塊だなんて……いや、でも本当に無事でよか……


 んっ!?


「え!? お、お前ら!?」

「よっ! にーちゃんやっと起きたか!」

「お兄ちゃんおはよう!」


 勢いよく起きたオレの視界に、ニコニコと見上げる二人の子供。

 横断歩道を強行突破しようとした男の子と女の子だ。


「な、な……やっぱりお前達も無事じゃなかったんじゃねーか!!!」


 ここは死者が放り込まれる空間なんだろ!?

 で、ここにいるってことは、二人も――そういうことなんだろ!?


「シルフィ! にーちゃんが発狂したぞ!」

「リーズも落ち着きなさいよ。お兄ちゃん、大丈夫だから心配しないで!」


 慌てふためく男の子と対して、随分と落ち着いて言う女の子。

 ん? 随分と名前がファンタジックだな……

 それに二人共淡い碧色の髪の毛だし、耳が長いし、背中には薄っすらとだけど羽のようなものが見える。


「……もしかしてお前ら、死神?」

「失礼だな!」

「失礼だね!」


 二人に怒られてしまった。

 だよなぁ。二人は子供みたいななりだし、見たことのない服装だけど死神にしては明るめの色をしてるし、死神のイメージとは程遠い――


「じゃあ、二人はなんだ?」

「ふっふっふ……聞いて驚くなよ!」

「あたしたちは、風の精霊シルフだよ!」


 シルフ。

 ゲームでよくお目見えする名前だな。

 という事は、二人は超常生物!?


「? にーちゃんが固まったぜ?」

「失礼なことを言った挙げ句にあたしたちのことを聞いておいて固まるだなんて! これだから人間は失礼なの!」


 受け入れがたいものが今目の前にいる時点で、驚き固まるしかないだろ!


 いやでも、現にオレは目の当たりにしているわけで。

 受け入れざるを得ない、よな?


「わりぃ、二人が悪者じゃないことは分かってるさ」

「分かってればいいの! あたしはシルフィっていうの!」

「おれはリーズ! よろしくな、にーちゃん!」


 二人は小さな背をピンと伸ばし胸を張って名乗った。


「ああ。オレは春田(はるた)(あらし)だ」

「アラシね。あたし達風の精霊と相性良さそうな名前だね!」


 確かに、風という点で言えば相性が良さそうだ。


「ところで、ここはどこだ? 死者の世界?」

「ここはアラシがいた世界とあたし達がいる世界の境界線だよ」

「境界線?」

「おう! オレたち精霊が時々世界を渡る時に通る異空間ってやつだぜ!」


 良くわからん。


 けど、とにかくだ。

 ここは死者の世界ではないことは分かった。


 オレが聞いたことがあるのは、死者は最初三途の川を渡るとかなんとか。

 船頭さんがいて、渡し賃を渡してあちら側の世界に渡っていくっていうの?

 そういうもんだと思っていたからな。


「だから、アラシは死んでないからね! あのでっかい鉄の塊にぶつかりそうになったアラシを転移術でここに飛ばしたの!」

「そうそう! オレたちの姿が見えてるみたいだし、突き飛ばされた時は驚いたんだぜ」


 そうか、そういうことか。

 何故オレが待ちゆく人々に『何いってんだコイツ?』って言うような目で見られていたのは、二人の姿が見えていたのはオレだけだったってことだな。

 トラックの運転手にも無論二人の姿は見えてなかったからスピードを落とさなかったんだろうし、オレが突然前に出てきたからクラクションを鳴らしただけに過ぎなかったわけだ。


 それにしても――


「そうか。オレは死んでないんだな」

「ちゃーんと生きてるよ!」

「だったら、オレは元に戻れるのか?」


 するとリーズとシルフィは体を跳ねさせた。

 明るかった表情も次第に暗いものへと変わっていく。


「どうしたんだ、二人共」

「……にーちゃん。先に謝っておくんだぜ。ごめん!」

「え?」


 体を真っ二つにおる勢いで頭を下げて謝るリーズ。

 シルフィも悲しげな表情でオレを見上げた。


 なんとなく、オレはこの時点で察してしまった。


「この境界線は本来精霊が世界を渡るためにあるもの。といっても条件があるから精霊であってもそうやすやすと世界を渡ることが出来ない。だから、基本的に境界線に入ると後戻りは出来ないの」


 リーズも続けて言う。


「あの時あの大きな塊にぶつかっても、オレたちは全然平気だったんだ。だけどにーちゃんはオレたちを助けようとしてくれたんだろ? そんなにーちゃんを見殺しにしたくなかったんだ。だから、勝手にここに連れてきちまったんだぜ」


 悲壮感が漂う二人に、オレは別に怒る気にはならなかった。

 寧ろ――


「いや。オレの勘違いから勝手に二人を助けようとしたんだ。だから寧ろ助けられたのはオレのほうだろ?」


 あのままトラックにはねられていたら、オレは潰れたトマト状態になっていただろう。

 運良く生きていても半身不随になっていたり、最悪の場合死にきれない状態になっていたかもしれない。


「だから良いんだ。二人は何も悪くない。だから、そんな悲しそうな顔をするなよ。な?」

「にーちゃん!」

「ありがとう、アラシ!」


 二人の悲壮感はしばらく続きそうだし、シルフィに至っては堪えていた涙がぽろぽろと溢れていた。

 オレの方こそ二人に申し訳ないことをした。

 腹に飛び込んできた二人の頭を撫でてやる。


 そうか。オレはもう、元の世界に戻れないんだな。

 いや、戻れる可能性はあるんだろうけど、特別な条件が必要だとシルフィは言った。

 だから何年も、何十年もかかるかは分からない。


 だったらいっその事、開き直ってやる!


 オレはアラサーで恋人がいたこともない。

 そしてしがないサラリーマンだった。

 務めていた会社は最初条件が良かったのだが、新しい大規模プロジェクトが成功して軌道に乗ったからと、朝早くから夜遅くまでボロ雑巾のように働かされた。

 元の世界に戻ったところで、起床して通勤して働かされ続け、夜遅くに帰宅して次の日に備えてただ眠るだけの生活を繰り返さなければならない。

 正直、そんな生活を続けていたらいつか心身ともにボロボロになってしまっていただろう。

 転職も厳しい年齢になりつつあったしな。


 それに、家族もそうだ。

 実家がちょっと特殊な道場を運営していて、一人息子のオレを跡を継げと親父に迫られていた時期があった。

 継ぐ気が全くなかったオレは親父と大喧嘩して家を飛び出してからというもの、一度も実家に帰ったことはない。

 どうせ会ったところで喧嘩になるのが関の山だし、どちらかが死んでもおかしくはない。


 よって、オレにはほぼ、元の世界に対して未練は残っていない。

 あるとすれば、家に積まれたゲームのことぐらいだ。


 そう素直に二人にオレは言った。


「――なあシルフィ!」

「なあに?」


 するとリーズはシルフィを手招いた。

 そして耳打ちを始める。

 ウンウンと頷いていたシルフィは次第に顔を明るくさせていく。

 話し終えたリーズも満面の笑みだ。


「にーちゃん! 重大発表だぜ!」

「お詫びになるかは分かんないけど! アラシをあたしたちの街に招待するよ!」

「にーちゃんは好きに過ごしてくれればいいし、おれたちがにーちゃんの力になる!」

「だから、したいことを言って欲しいの!」


 別にお詫びなんていらないんだけどな……

 ん? ちょっと待てよ。


「なあ、二人の世界って、どんな世界なんだ? 例えば、オレがいた世界のように鉄の塊がビュンビュン飛び交っていたり、石の塊がドドーンと立ったりしている世界なのか?」

「んーん。あんなものまーったくないよ!」


 ほほぅ。

 という事は、オレが大好きなファンタジー系のゲームの世界と酷似してそうだな!

 オレ、憧れていたんだよ! ファンタジー世界!

 絶対に現実世界ではあり得ないことが沢山ありふれているんだろうなぁ。

 そう思えてくると胸が高鳴ってしまう!


「魔法とかある?」

「あるよ! にーちゃんもがんばれば使えるようになるぜ!」

「魔物とかいる?」

「いるよ! あたし達が住んでいる場所にはうじゃうじゃと!」


 その事実を待っていた。

 ヤバイ、今オレは猛烈に感動している!

 やり甲斐はあっても自由のない生活なんかとは比べ物にならないほどの魅力を感じる!


 オレは決心した。

 元の世界のことは、振り返らない。

 二人を真剣に見据えてオレは言う。


「二人の申し出、受けるよ」

「! 本当か!?」

「オレは二人がいる世界で自由に過ごしたい。やりたいことはまだ決められないけど、やり甲斐のあることが沢山あると思う」

「それはあたしたちと一緒に考えようよ!」

「ああ。だから、よろしく頼む!」


 オレは二人に手を差し出した。

 二人も嬉しそうにオレの手を握ってくる。


「よっしゃあ! そうと決まれば行こうぜ!」

「あたし達が住む世界、『フェスタジア』へ!!!」


 すると真っ白な空間にヒビが入っていく。

 ガラガラと崩れ去っていく境界線。

 次第に向こう側に、新しい世界が見えてきた。


 ここから、異世界での生活がスタートするのだった。




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