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離婚届


98


その日は、星降る夜だった。流れる星を見ながら、足元の暗い道を歩いた。


昼下がりに、藁に火をつけて迎え火を炊いて、その火に手を合わせた。すると、ルンとポロが隣にやって来て、一緒に手を合わせていた。

「紅葉~!今日晋さんと川で遊んで来てもいい?」

「川?」


今日は晋さんの家族がやって来る。

「お盆には川や海ダメなんだよ。」

「どうして?」

「迷信だけど……水辺は連れて行かれるからダメだ。他にも、虫も殺しちゃいけないんだ。」

ポロはもっと詳しく訊いてきた。

「どうして?どうして殺しちゃいけないの?」

「御先祖様が乗って来るって言われてるから。」

「じゃあ、あのキュウリの馬いらないじゃん!!」

あ…………いや、要らなくはないだろ?ナス馬はそうゆう意味じゃなくて……


「虫は靴みたいなもの?馬が乗り物で、虫が靴?あ、うん、どっちも必要必要!」

「ふーん。」

俺の適当な説明に、二人は納得いかない顔をしていた。


「どうして今日川に遊びに行きたくなったんだ?」

燃え終わった藁に、水をかけながら逆に訊いてみた。

「晋さんが行こうって!」

晋さん…………やっぱり家族と会う気ないのか……?


「今晋さんどこ?」

「あーちゃんと居間にいるよ?あと、おばさんとお姉ちゃんがいたよ!」

二人は藁の燃えカスを、木の枝でつつきながらそう言った。


「え…………それって、お客さんもう来てる?」

「あ、そうだ!あーちゃんに呼んできてって言われた~!」

「それ早く言えって!」


俺は急いで居間へ向かった。テーブルを挟んで、熊と葵。奥さんと娘の四人が座っていた。

「…………。」

そして、全員で黙っていた。


「こんにちは。」

「お邪魔しております。」

奥さんは立ち上がって俺に会釈した。俺も軽く会釈した。

「晋さん、何か話した?」


ホワイトボードには何も書かれていなかった。

「晋さんどうしたの?いつもはスラスラ書いてるのに……。」

晋さんはペンを持とうともしない。

「これじゃ、俺達が嘘つきみたいだよ~!」


俺がそう言った瞬間、晋さんはテーブルの上のホワイトボードとペンを払い飛ばした。

「晋さん……!?」

「すまないね。でも、話す事はもう、何も無いんだ。二人の元気な顔を見られて……良かった。」


飛んで行ったホワイトボードを見て、奥さんが話を切り出した。

「何も話す事は無いと言ってます?じゃあ……。」

奥さんはテーブルに、離婚届とボールペンを出した。

「離婚届?」

「失踪して7年しないと死亡にはならない。それなら今離婚してもらった方がいいわ。もし、貴方がお父さんなら……書けるわよね?」

そう晋さんはボールペンでスラスラ文字を書き出した。


奥さんと娘が驚いている間に、あっという間に離婚届の空欄をうめていった。出来上がった離婚届を見て……晋さんの奥さんは泣いていた。本当は…………奥さん、離婚したかったんじゃなくて……晋さんだって事を確かめたかったんじゃないのか?旦那が熊になっているなんて信じられないし、信じたくもなかったんじゃないのか?


それでも、この離婚届によって、この熊は晋さんだと言う事が証明された。


「これがせめてもの償いかな……。本来なら、人間の姿でいる間に死んでおくべきだったのに……それができずにこんな姿で……。」

「あの、貴方、なんて言われたいって言ってたかしら?」

奥さんが俺に訊いてきた。

「いいよ、いいよ。それでもいいよ…………?」

「それでもいい。それでも、貴方が生きていてくれて嬉しかった。どんな姿でも、もう一度会えて良かった。」


そう、奥さんが言うと……晋さんは立ち上がって、恐ろしい顔をして、奥さんに牙を向けた。

「晋さん、どうしたの?今さらわざとそんな顔しても無駄だよ?そんな事でもうごまかされたりしない!晋さん!」


しばらくすると、晋さんはストンと腰をおろした。

「ありがとう。さようなら。」

そう、言うと、晋さんは家を出て、山の方へ走って行ってしまった。俺は晋さんを追ったけど…………全然追いつかなかった。


人間の姿では、熊の走る速度には到底追いつけない。晋さんは…………逃げるように山へ帰って行った。


いくら待っても、晋さんは帰って来ない。俺は、晋さんの様子を見に、山に行く事にした。玄関で靴を履いていると、二人が家へ入って来るなり言った。

「ルンも行く!」

「僕も!」

事情を話すと、ルンとポロもついて来たがった。でも、もうじき日が暮れる。


「二人は葵とお留守番しててくれ。」

「ヤダ!大人ばっかりずるいよ!僕達だって、晋さんと遊びたいよ!」

「遊びに行くわけじゃない!」

もう…………晋さんとは遊べない。山へ帰るんだと……どう説明すればいい?


「二人に挨拶も無しに山へ帰っちゃったんだね、晋さん……。」

葵が玄関に出てきた。二人は家にあがると、一目散に葵に抱きついた。葵は二人の頭を撫でて、言った。

「それじゃ二人とも納得いかないよね。紅葉君に伝言頼もうか?晋さんに伝えたい事、紅葉君に伝えてもらおう。」


「晋さんかわいい。」

「晋さん面白い。」

伝えたい事それ?ポロはやっぱり泣いていた。そして、小さな事でポツリと言った。

「…………晋さん大好き。」


わかった。伝える。


今日はきっと、たくさんの星が流れるんだ。1つや2つ、願いが叶ってもいいだろ?


どうか…………まだ、晋さんが晋さんでいてくれますように。


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