夏の大三角
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お祭りの夜、ルンの花火に焼かれた髪を、葵に切ってもらった。玄関で髪を切っていると、織部のハニーが織部を迎えに来た。ハニーが定着しつつある……。
「こんばんは~!」
「織部、ハニーが来たぞ?」
パタパタと足音が聞こえてきた。
「ハニー!」
何故か子供達が歯ブラシを口に突っ込んだまま玄関へ走って来た。
「歯ブラシ口に入れたまま走らない!危ないよ!」
慌てて二人は歯ブラシを口から抜いた。
「あのね、すずらん!」
「スイセン!」
毒のある花教えようとすんのヤメテー!
「あはははははは!ありがとう!」
「仕上げやるから洗面所行こうか。」
「ハニーまたね~!」
三人は洗面所に行った。
織部のハニーが笑って手を振っていた。そして、笑っていた顔が驚きに変わった。織部が熊と挨拶をしていたからだ。
「じゃ、晋さんまた!また飲もうや!」
晋さんはひょこっと手を上げた。仕草がまるでゆるキャラ!
「織部君ありがとう!気をつけて帰ってね~!」
葵が洗面所から帰って来て織部とハニーを見送った。
「あーちゃん!絵本読んで~!」
「いいよ~!あ、紅葉君ここ片付けてくれる?」
「了解~!」
そう言って葵は二人の所へ行った。
晋さんはそのまま外に出て行こうとしていた。
「晋さん、散歩行くの?俺も行くよ。」
玄関を軽く掃除して外に出た。晋さんは庭の芝生に寝転んでいた。俺が外に出ると、晋さんが言った。
「玄関の電気消してくれないかい?」
「いいよ。」
俺は玄関の電気を消した。晋さんの隣に寝転ぶと、星が見えた。今日は天気が良くて空がすっきり晴れて、星がはっきり見える。
「星より、花火の方が綺麗だね。」
「晋さん花火嫌いじゃないの?」
「嫌いだよ。昔ロケット花火が当たってね。ほら、ここ禿げてるだろ?」
晋さんは、首の付け根の禿げを指差した。
「紅葉君、最後に家族に会わせてくれてありがとう……。」
「最後って……」
俺は起き上がって、晋さんの方を見た。
「君には世話になったね。」
「晋さん、どうしたの?それじゃまるで……」
その先は口にできなかった。
「死ぬ?死ぬより僕は嫌だよ。」
「死ぬより嫌……?」
晋さんは、少し深呼吸して言った。
「君には迷惑をかけた。迷惑ついでに、君にお願いがあるんだ。もし、僕が僕じゃなくなったら…………殺して欲しい。」
「いやいや、無理っすよ!晋さんが晋さんじゃなくなったらただの熊じゃないですか!俺、熊に勝てる気しないっすよ!」
「無理かぁ……。無理だね。」
晋さんは納得してくれた。
「無理だから、僕は山に帰るよ。」
晋さんが山に帰る…………?
「お盆に家族に会ったら、御先祖様と一緒に、山に帰るよ。」
「帰るってどこに?晋さんの家はここでしょ?」
葵が外に出て来て、俺の隣に寝転んだ。
「これ以上、迷惑はかけられないよ。」
「メーワク?晋さん、紅葉に怒られたの?紅葉晋さんを怒らないで。」
「怒ってねーし。」
…………ん?
「ダーイブ!!」
「ぐぇっ!!」
ルンが腹に乗って来た。
「死ぬ!死ぬ!重くて死ぬ~!」
ルンとポロも、俺の隣に寝転んだ。
「あーあ。せっかくお風呂入ったのに……。」
「また入ろ!今度はあーちゃんと入る!」
二人は葵とお風呂に入る約束をしていた。
「星…………綺麗。」
「あれが夏の大三角だよ。ベガ、デネブ、アルタイル。」
「紅葉君星座詳しいの?」
「全然。夏の大三角と白鳥座くらいだよ。」
ポロが訊いて来た。
「オリオンは?」
「オリオンは冬だな。冬の大三角にはおお犬座とこ犬座があるんだよ。冬に見れば良かったな。冬はしし座流星群もあったし……。」
後悔ばっかりだ。もっともっと時間が欲しい。
「お盆辺りにペルセウス座流星群だって言ってなかった?」
「今日みたいに晴れてたらいいな。」
「あ、流れ星!」
俺がルンの腕枕を外していると、星が流れた。
「今の見た?」
「見た。」
「…………。」
他の誰の返事もない。
「二人とも、寝ちゃった?一緒にお風呂入るって言ったのに……。芝生まみれ。あ、また流れた!」
「もう少しこうしていようか……。」
「ルンとポロ風邪引かない?」
俺は葵に近づいて、みんなでくっついた。
「こうすれば、寒くはない。」
「むしろ暑苦しいよね?」
「あははははは!バレたか!」
すると、ルンが俺の腹に足を乗せて来た。
「どこでも寝れてどこでもこの寝相か……大物になるな。」
あと何度、こうして、みんなで星空を眺める事ができるだろう?お盆を過ぎれば、晋さんは山に帰ると言い出した。秋になれば、ルンとポロも帰ってゆく。
残された時間を、どう過ごしたらいいんだろうか……?