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お天道様


93


すっかり忘れていた。俺には……時間がない事を……。それでも、焦ってはいけない。焦らず、丁寧に、大切に。


「晋さん飲むね~!」

「織部君、晋さんにあんまり飲ませちゃダメだよ。酔いつぶれたら誰も運べないんだから。」

「まだまだ大丈夫だよ。何なら自分で布団に戻れるよ。」

晋さんはホワイトボードに大丈夫と書いた。簡単な会話なら文字にすれば、意思の疎通はできる。特に晋さんは器用な熊だった。書くのも早い。これならきっと……家族と話も出来るはずだ。


居間で織部と晋さんが飲んでいる間、俺達は台所のダイニングテーブルで、あるものを書いていた。

「本当にいいのか?」

「紅葉君は嫌?」

「嫌とかじゃなくて、葵は納得してるのか?」

これから、どうなって行くのかもわからないのに……

「考えて考えて、考えるのやめたの。悩み続けたら負けなのかな~とか思い始めて……もうどーでもいいから結婚しちゃおっか?」

いやいや!考えて!よーく考えて!

「じゃ、やめよっか。」

そんな、やっぱやーめた!みたいなノリで言う?テレビ番組録画予約するのやーめた!とは話が違うんだぞ?


「やっぱり……私と二人だけは嫌?子供がいない未来は嫌?」

「いや、それについては他にも方法があるだろ?不妊治療とか、養子とか。」

「不妊治療は嫌。離婚した時に言われたの。再婚したら治療した方がいいよって。悔しいから絶対しない。」

それは、なんか嫌だな……。過去に縛られてて未来を見ていない。俺を見ていないように思えた。


なかなかペンが進まない葵に言った。

「先に書くよ。」

俺は婚姻届とポールペンを葵から受け取った。

「本当はね……そう言われたからじゃない。それはただの言い訳。」

葵は、ボールペンのキャップのついた小指を触っていた。何だか、落ち着かない様子だった。

「本当は…………1人で子供を育てる自信がないから。」

それは……そうだよな……。ルンとポロがいて、未来では子供がいるのが当たり前だと思っていた。でも、俺は子供達が自立できるまで側にいられるかはわからない。しかも無職だし。母さんの苦労を知っていて、葵1人に子供を育てさせる訳にはいかなかった。


「実際、不妊治療ってお金も時間もかかるし、こんな田舎から農業やりながら病院通えないし。現実的に考えて無理だと思うの。おまけに痛いんだって。私痛いの嫌だしね。」

そう言って笑っていた。

「いいの。私、ルンとポロがいてくれて、子供がいる喜びを十分味わえたから。」

葵がそう言うと、ポロがやって来て言った。

「あーちゃん、スイカちょうだい!」

「スイカ?ちょっと待ってて。切っておいたやつあるから。」

「甘いやつ?」

葵は冷蔵庫からスイカを出した。すると、大きなスイカのひと切れを見るとポロが言った。

「これ、僕、食べきれるかな?」

「一個食べられない?半分にする?」

「うん。」

すると、ポロはスイカを持ってどこかへ行こうとした。

「待って?どこで食べるの?織部君はあっちだよ?」

「クワ美とカブ吉が食べるんだよ。」

「虫にあげるの!?早く言ってよ!それじゃ大きいよ。食べ過ぎて早死にするから!貸して、もっと切るから。」

葵はポロの持っていたスイカを、少し赤い所を残して皮の部分を切ってポロに渡した。

「今日のご飯はこれくらい。」

「あーちゃんありがとう。」

ポロは葵からスイカをもらうと、カブトムシのケースのある縁側へ去って行った。


「十分、喜びも、面白さも、大変さもね……。」

「す、すみません。」

何故か俺が謝った。

「坂下のおばあちゃんが言ってた。人は花と同じだって。種を残して、同じ場所に来年咲く花もあれば、咲かない花もある。途中まで育って花を咲かせず枯れる花もある。まずはその花が咲いた事を喜んだらいいって。種を残すかどうかはお天道様が決める事だって。」

お天道様が決める事……。

「じゃあ、俺にとっては、葵は光みたいだ。植物に必要不可欠な光。」

「じゃあ、私にとって紅葉君はお水かな?」

無くてはならない。無くては、生きてはいけない。葵は、それほど大切な存在になった。

「葵……。」

「紅葉君……。」


二人が見つめ合うと、どこからか声が聞こえた。

「喉乾いた~!」

今度はルンがやって来た。二人でガックリした。ま、そうですよね~。ルンは葵にシソジュースを入れてもらって飲んだ。そして、飲みかけのジュースの入ったコップを、書き終わった婚姻届の上に置いた。

「あ、ルン、これ大事な紙だからコップ置かないで。」

ルンがコップを取る前に、葵が紙を引いてしまった。

「あ!」

コップが倒れて、ジュースが婚姻届の上に流れた。婚姻届がみるみるうちにピンクに染まった。

「あ~!やっちゃった!!」

「これは書き直しだなぁ……。」

「ごめんなさい……。」

ルンは泣きそうになった。

「大丈夫大丈夫。またもらってきて書き直せばいいんだから。」

「ルンのせい?ルンのせいで結婚しなかったの?」

「え…………?」


ルンとポロのいた未来では……俺達は結婚しなかったのか……?ルンの一言に、不安が残った。


未来は…………変えられるのか、変えられないのか……それとも、勝手に変わるのか?


俺は、ルンとポロは未来から来た二人の子供だと完全に信じていた。だけど、子供は作らない。そう……話し合って決めた。


未来は…………お天道様が決めるのか?


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