金魚
92
「晋さん?晋さんの番だよ?」
「あ、ああ。ごめん。少し呆けていたよ。」
最近、晋さん考え事が多い。多分、もうすぐお盆だからだ。お盆には晋さんの家族がやって来る。きっと……複雑な気持ちなんだろう。
「あの…………晋さん、もしかして、家族に会いたくないとか……?」
「どうしてだい?」
「いや…………勝手に家に来るように決まったから……」
会って来るだけのつもりが、成り行き状、家族が家に来る事になってしまった。
「君は自分が自分でなくなる時があるかい?」
「は?それは……たまに。自分は何言ってんだ?とか、何であんな事言ったんだ?とか、たまにありますよ?」
「あ…………そう。」
それ以上の話はしなかった。結局、晋さんは家族の事をどう思っているんだろう?
晋さんと話をしながら将棋を指していると、カラコロ下駄の音が聞こえてきた。俺が耳を立てると、晋さんが訊いた。
「何か聞こえるのかい?」
「下駄の音がこっちに近づいて来る。もう帰って来たのかも?でも、子供の声が聞こえない。」
俺は狼の姿になると、無駄に嗅覚と聴覚が鋭くなる。
「ルンとポロ、戻って来てる?」
予想通り、葵が走って帰って来た。
「いや?ルンとポロだけで帰って来てはないぞ?」
そう言って俺は頭を横にぶんぶん降った。
「いない……。どこに行っちゃったんだろう?」
二人がいなくなった?こうしちゃいられない!探しに行こう!
俺が神社に向かって走り出そうとすると、聞き覚えのある車の音が聞こえた。
その音を注意深く聞いていると、子供の声が聞こえて来た。
「こんちわ~!里梨、久しぶり~!」
ポロが織部に抱えられてやって来た。なんだ…………織部といたのか。
「ルン~!ポロ~!良かった……無事で。急にどこかに行っちゃうから心配したんだよ?」
「あーちゃんごめんなさい!ポロがクワガタ捕まえてたら、あーちゃんとはぐれちゃって、オリベがいたから車に乗せてもらった。」
おいおい、オリベはタクシーか?
「怪しい人の車に乗っちゃダメだっていつも言ってるでしょ?」
いやいや、確かに織部は怪しいけども……
「今回は織部君がいてくれたから良かったものの……保育園に毎日通った道なんだから二人ですぐ帰って来られるでしょ!?」
「だって……荷物多かったから……。」
「あー、伊沢さんこれ、二人の荷物。」
車からオリベがごちゃごちゃ持って来た。焼きそばやリンゴ雨、ヨーヨーや光るキーホルダー?綿菓子、棒つきキャンディー、折り紙で折った動物に紙コップ?他にも色々……
「織部君ありがとう。おじいちゃんおばあちゃん達が色々くれて私も手一杯になっちゃって……。」
「伊沢さん、もう老人のアイドルだね~!」
葵とルンとポロは老人にモテる。
ルンとポロは何でももらって来るから怖い。
「これも……?」
葵は織部に、金魚の袋を渡されていた。
「ルン、ポロ!生き物はもらっちゃダメだよ!?どこの誰からもらって来たの?」
二人に聞いても無駄だった。二人は新しく捕まえたクワガタに夢中だった。
「わかんない~!」
誰にもらったかわからなければ返せない……。
「ほら、ここ水槽あるし。ドジョウの水槽入れればいいんじゃね?」
「入れて大丈夫なの?」
葵は携帯で検索した。
「大丈夫とは書いてあるけど……金魚が小さいと食べられちゃうかもって……。」
「まぁ、食われるか食われないか入れてみて考えようぜ!」
そう言って織部はドジョ子の水槽に金魚を入れた。
すると、二人が寄って来た。
「わ~!金魚~!可愛い~!」
「ドジョ子、仲間ができて良かったね!」
その後、二人は名前の相談をしながらクワガタに戻って行った。
「そういえば、里梨はまだ犬なのか。今年は神輿担げそうにねーな。」
そうだな……。一緒に祭にも行けなかったし……。
「そうなの。さっき担当の人に紅葉君は?って聞かれたけど、今は体調不良でって話したの。」
若い人がいない祭は担ぎ手が不足している。俺より倍近く上の歳のオッサン達がみんな担ぐ。
「でも、人間の姿でも、無理はさせたくないかな……。」
「は?伊沢さん、里梨の冗談真に受けてんの?」
「え?冗談なの?」
え?織部、あれ冗談だと思ってたのか?
「ありゃ、里梨のマリッジブルーだろ?気の迷いってやつじゃないの?医者に余命宣告された訳でもないのに、何の根拠もなくて5年後死ぬとかあるわけないだろ?」
まぁ……確かに……。
何で俺はそう思い込んでいたんだっけ?色々、すっかり忘れていた。
「でも、前より狼の姿が増えた気がする……。狼だと……私の声は届いても、紅葉君の声は聴けない。」
葵は寂しそうにゆっくり俺の頭を撫でた。
ごめんな……葵。すると、俺は人間の姿に戻った。
「戻った!戻ったよ葵~!」
「紅葉君!服!まず服!」
俺は裸のまま葵に抱きつくと、葵はジタバタした。
そこへ、晋さんが浴衣を持って来てくれた。俺は急いで浴衣を着ると、織部が固まっていた。さすがの織部も恐怖で固まっていた。
「お前ん家…………熊飼ってんの?」
あ、織部は晋さん初めましてか……。
「こちら、晋さん。ほら、山里の兄貴だって。」
「山里ってあの山里瑞樹?山里に兄貴いたっけ?」
「年の離れた兄貴いるって言ってた。」
織部はへ~と言いながら、晋さんをまじまじと見ていた。さすが織部だ。俺を見て怖がったり叫んだりしなかった。
晋さんも受け入れた。意外と織部は器の大きい男なのかもしれない。
「これなら明日は神輿担げそうだな!」
織部がそう言うと、葵は慌てて言った。
「ダメだよ!また犬の姿になっちゃう!」
「葵……。」
「紅葉君、気づかない?疲れたり落ち込んだりすると、犬の姿になっちゃうんじゃない?」
葵にそう言われて、思い出した。昔は、風邪を引いた時ぐらいしか、狼の姿にならなかった。それが今、その頻度が高くなっている……。