浴衣
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頼む…………ドジョ子、食べないでくれ!!こいつらを…………食べないでくれ!!
「紅葉君、いつまで見てるの?本当に心配性だね……。」
俺が水槽を眺めていると、葵が呟いた。
「だって、ドジョ子がこいつらの事を食べたらドジョ子の立場が……。」
「ドジョ子の事本当に好きだね……。そんなに好きならドジョ子と付き合いなよ。」
葵は爬虫類、蛇に近いものが嫌いだ。
「だってさ、ドジョ子なんか似てるんだよな~」
「何に?」
「俺の好きな子。」
そう言って葵の方を見た。
「紅葉君…………。大好き!!」
と、俺の頭の中ではそうゆう予定だった。でも、実際はそんなはずもなく…………
「紅葉君…………最低。誰がドジョウに似てるって?え?」
葵はご立腹のご様子だった。
「じょ、冗談!冗談!あは、あははははははは……。山に芝刈りに行って来ようかな~!」
「山に芝刈りって何?」
そう行って葵の元から逃げた。
ドジョ子の水槽に、2匹の金魚がやって来た。黒い方がキンタロウで、赤い方がオキン。それは、昨日のお祭りでの事……。
「お祭り行きたい!行きたい~!」
神社からお祭りのお囃子が聞こえて来ると、俺は二人に腹の毛を引っ張られながら、せがまれた。
「行きたいって言われても俺はまだ狼だし……。葵に頼むしかないぞ?」
「あーちゃんは?」
「さあ?」
昼過ぎから葵の姿が見当たらない。
「葵さんなら出かけたよ?」
葵を探す二人に、晋さんが言った。
「どこへでかけたんだろう?」
そう噂をしていると、玄関から葵の声が聞こえて来た。
「ルン~!ポロ~!ちょっと来て~!」
ルンとポロと一緒に玄関へ行くと、そこには浴衣姿の葵がいた。
「わぁ~!あーちゃん着物~!」
「隣のおばあちゃんに浴衣着せてもらったの?どうかな?」
葵はくるりと回って、その姿を二人に見せていた。
「可愛い~!」
「あーちゃん似合うよ!」
「ありがと~!」
本当によく似合ってる!!
「葵に可愛いって言って。」
ポロにそう言うと、ポロは……
「葵に可愛いって言って。」
また!頼む相手を間違えた!!
「ありがとう。」
そう言って葵は俺の頭を撫でた。
嬉しくなった俺は前足をジャンプして葵にかけようとしたら、止められた。
「あ、爪ひっかかるからジャンプはダメ!」
しょんぼりだ……。
「そんなに落ち込まないで。」
そう言って葵は俺の腹の毛をさすった。ああ……気持ちいい。
「ちょ、それ以上ヤメテ。腹出しちゃうから!犬じゃないから!犬の服従のポーズしちゃうから!」
とうとう俺は腹を出してひっくり返ってしまった。しばらくさすって気が済んだ葵は急に止めて、ルンとポロを脱がせ始めた。
え、もう止めるの?いや、確かにヤメテとは言ったけど……本当に止められると残念というか……。
「はい、着替えるよ~!古着だけど、子供の浴衣もらって来たから着付けてあげる!」
「わーい!」
ルンはすぐに服を脱ぐと、自分で着ようとしていた。
「この紐どっち~?」
「ちょっと待ってて。」
ルンは白地にピンクの蝶の柄の浴衣に、赤い稚児帯。ポロは白地に青いトンボの柄に、青い稚児帯。二人ともヒラヒラして、まるで金魚みたいだった。
「二人とも可愛い~!!」
「ありがと~!」
「ありがとう。あーちゃんも可愛いよ。」
こうして見ると華やかだなぁ~。
こんな時、写真に残せないのは残念だな。
「本当は紅葉君の浴衣もあるんだけどね……。」
ごめん。こんな姿で……。
「晋さんに着せてみようかな?」
え…………晋さんが…………俺は晋さんの浴衣姿を想像した。いいかもしれない。葵が晋さんに着せてみたものの…………あちこち布が足りていない。腕も通らず、もはや着ているではなく、巻いているが正しい。
まあ、着れたとしても、俺と晋さんはお祭りに行く事はできない。
「気をつけて行って来いよ!二人とも、くれぐれも葵を困らせないように。」
「はーい!」
俺達は葵と二人を見送った。三人が楽しそうに歩いて行く姿を見ると、少し寂しくなった。
この家って…………こんなに静かだったか?
「寂しくなっちゃったかい?将棋でも、どうかな?」
「じゃあ、お相手お願いします。」
晋さんにそう言ってもらって、少し助かった。