かき氷
90
犬のピラミッド型社会は、集団行動には必須だ。軍と同じだ。いやいや、ウチは軍じゃねーし!いや、だから犬じゃねーし!!
今日のお昼ご飯はそうめんでした。本来なら、トッピングがたくさんあると美味しいね。とか、流したら楽しいよね!とか…………話したり…………するはず…………なんだけど…………
ルンは無言できゅうりや錦糸卵をめんつゆに入れていた。めっちゃ怒ってる……。怒り方が親子でそっくりだな……。葵も無言でネギや紫蘇の葉をめんつゆに入れていた。コワー!怖いな~怖いな~!幽霊より怖いな~!女って怖いな~!
「紅葉が悪いんだからね!」
ええ、そうですね。
「紅葉君は悪くないでしょ?足の引っ張り合いはカッコ悪いよ?本当に!」
ええ、その通り。
「カッコ悪くてもいーもん!」
ここは頼りがいのある所を見せなければ……と思って仲裁に入ろうとすると、晋さんに止められた。
「紅葉君、触らぬ神に祟り無しだよ。ポロにも言ったけど、女の喧嘩に男は口出し無用だ。」
そう言って、黙ってそうめんをすすった。
食後の片付けをしながら、葵は1人で愚痴っていた。俺が椅子に座って黙って葵を見ていると、八つ当たりされた。
「大人気ないと思ってる?わかってるよ!」
言いたい事言い合えるのはいいことだけど……何があった?
「勉強ができないからやらないなら納得行く。でも、女はお嫁に行くから勉強しなくてもいいとか、勉強ができすぎるとお嫁に行けないとか、どこのババアに入れ知恵されたのか知らないけど、ルンがそんな風に言うなんて……。」
ババア言うな~!
「時代錯誤もいいとこ!私は勉強できないけどお嫁に行けて無いけど?何なの?喧嘩売ってんの?これが老害なの?老害ってやつですか?」
老害連呼すな!待て待て、落ち着け。どうどう、葵ちゃ~ん、ちと落ち着こうか?
「これが落ち着いていられる!?」
通じた!
「私は知識は羽だと思う。大空を自由に舞うためには、大きな羽が必要だよ。ルンにはもっと…………大きな世界を夢見て欲しいな……。」
井の中の蛙、大海を知らず。ここで生まれ育ち、ここから出た事の無い人もいる。考え方が古くなるのも仕方がない。
されど、空の深さを知る。どっかのババアはさ、多分……ルンがポロに合わせる優しさに、便乗しただけじゃないか?原因はどっかのババアじゃなくて……二人の成長だ。成長するにつれて、一緒にはいられなくなる。性格も違えば性別も違う。この先、ずっと一緒って訳にはいかなくなる。
食後、勉強の続きに戻ったポロと晋さんの様子を見に行った。
「ポロ、焦らなくていい。焦ると間違うから。」
ポロ……。ポロは必死にドリルをやっていた。ポロのためにも、ルンに話をしよう。
俺は寝室をドアをカリカリして、ルンにドアを開けさせた。
「ルン、開けてくれ~!」
「暑い……。」
そう言ってルンはドアを開けた。ドアを閉めると、風の通りが悪くなって、益々暑い。
「なぁ、ルン、背中に乗れ。」
「え?乗っていいの?」
「もう重いからしんどいけど……いい。」
俺はルンを背中に乗せて、川に連れて行った。
「ポロを待つ時間、暇だろ?川で遊ぼう。」
「わーい!」
最初は冷たい川の水に喜んでいた。俺に水をかけて遊んでいた。しかし……次第に元気がなくなって行った。
「どうした?」
「なんか…………自分だけ遊んでずるい。」
「ずるいか?」
ウサギと亀が共存するにはどうしたらいいんだろうな……。
「ルンがずるいと思って待てば、ポロが追い付こうとして焦る。そうすれば、どんどん遅くなる。」
「ルンが悪いの?」
「悪くないよ!誰も悪くない。だけど……葵に謝りに行こう。ルンだって勉強しなくていいなんて思ってないだろ?」
ルンは無言でうなずいた。
「もっともっと勉強して、葵の力になってやってくれ。俺がこんな姿じゃ何もしてやれないんだ。俺の代わりに、葵を手伝ってくれ!頼む!!」
俺はルンに頭を下げた。すると、ルンは俺の頭を撫でて言った。
「いいよ。ルン、あーちゃん手伝う。でも、勉強なんかしなくても手伝えるよ?」
「今はな。この先の未来の話だ。勉強でもっともっと思考力を養うんだ。この先、思考力がないと力になれない事がきっと出てくる。葵の力になるには、ルンのレベルアップが必要なんだよ。」
「レベルアップってどうすればいいの?課金?」
課金……かもな。
塾とかにまでは通わせられないかもしれないけど……
「ルンはまだ課金のレベルでもない。まずは宿題。宿題して、足りないなら課金してやる。」
そこへ葵がルンを探しに来た。葵はルンに、将来自分のやりたい事を自由にやるために、自分のために勉強して欲しいと話した。
自分のためにも、誰かのためにも、勉強はするべきだ。いつか大切な人が困った時に、一緒に考えようと手を差しのべられるように。最初からできないとか、無理とか言う事のないように。
「ごめんなさい。エプロンの花柄がダサいとか言って……。」
そっち?謝るのそこ?
「帽子がオバサンって言ってごめんなさい。」
「他にもあるよね?」
そうそう。そうゆう事じゃないんだよ。
「髪型が地味、化粧が下手、手が荒れてる。」
そこまで言ったのかよ!もはやただの悪口!!
「帰って、かき氷作ろうか?」
「うん!」
家に帰ると、ポロは宿題を終えてカブトムシで遊んでいた。
「ポロがずるいか?ポロはずるいとは思ってないだろ?」
「うん。ルンは虫よりかき氷がいい。」
ルンはそう言うと台所へ行った。カブトムシとポロを見ていた晋さんが言った。
「焦らず、落ち着いてやればポロもできない訳じゃないよ。このくらいの力の差なんて、今だけだよ。案外、亀の方がウサギに地図の読み方を教えるかもしれないよ。」
早いけれどゴールを知らないウサギと、遅いけれど道に詳しい亀のコンビ。二人はまだまだ一緒にいられそうだ。
台所から、氷の削れる音が楽しそうに聞こえて来た。
「あ!やだ!シロップ買うの忘れてた!どうしよう……。」
「大丈夫!シロップならあるよ?」
「え?どこに?」
冷蔵庫から梅ジュースの原液、梅シロップを持って来た。
「梅味と、謎味。」
「謎味?」
「あーちゃんがたまに出してくれる、あの、ピンクのジュース!」
葵は納得して言った。
「あれはシソジュースだよ。」
「シソより謎がいい!」
シソジュースはルンの命名により、謎ジュースになった。
「甘酸っぱい梅シロップと、ちょっとシソの香りの謎味どっちがいい?」
「梅で。」
「僕謎~!」
口々に味を注文して、みんなでかき氷を食べた。
「冷たいね。」
「うーん。謎、ちょっぴり青臭い」
青臭いのかよ!
「美味しいね。」
今度はそうやって、みんなでワイワイ話をしながら。