愛着
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7月も半ばに来ると、子供達が待ちに待った、夏休みが始まった。終業式に通信簿と朝顔の鉢を持ち帰って来た。
結局夏休みが始まっても、水泳指導があって、8月の上旬までほぼ毎日、学校のプールに行くらしい。
「いいねぇ~夏休み。」
「いや、晋さんも毎日が夏休みみたいなもんじゃないですか?」
「若者の夏とおじさんの夏じゃ全然違うよ。」
ルンは毎朝、朝顔に水をやりながら愚痴をこぼしていた。
「ひまわりと違って、朝顔は種が食べられないから残念だよね~」
もはや発想が…………げっ歯類!?
「ルン、朝顔、朝にお花が開いて綺麗だよ?」
「知ってるよ。」
ポロ、花より団子のルンに何を言っても無駄だ。
「僕、毎日咲いた花の数数えるの好きだなぁ。」
「じゃあ、ルンのも数えといて。はい。」
そう言ってルンはポロに観察表を渡していた。
「こらこら。自分の宿題は自分でやる。野菜も花も、自分で世話すれば愛着が湧くもんだから。」
「ふーん。アイチャクって何?」
「うーん。可愛いな~とか、特別だな~とかって気持ち?」
ルンは少し考えて言った。
「ルンの事、アイチャク?」
「僕は?来てる?アイチャク来てる?」
二人に迫られて、思わずこう答えていた。
「…………キテます。」
Mr.マリックかよ……。
その話を夕方、葵にしたら、葵は萌えていた。
「可愛いな~どうして愛着が来るって考えたんだろうね~?私は?来てる?愛着来てる?」
「キテます!!やらせるなよ!」
午後はみんなで神社に虫取りに来ていた。俺達二人は境内の石段に座って、三人の虫取りを見ていた。ルンとポロは交代で晋さんの肩に乗り、カブトムシを取ろうとしていた。
ちょこちょこルンとポロが交代でこっちにやって来て、俺の頭や、葵の頭にセミの脱け殻を乗せて行く。
「子供って面白い感覚してるよね~。」
神社は、けたたましいほどのセミの鳴き声で、俺達以外誰もいないのに騒がしかった。
「ポロに、セミはどうして泣いてるの?って聞かれた時は、どう答えていいかわからなかったな~」
「それは哲学的な答えになってきそうだな~」
「どうしてだと思う?って聞いたら……お母さんが側にいないから。って。もうこっちが泣きそう。」
葵は肩を落として、下を向いた。
「やっぱり本当のお母さんに会いたいよね……。」
「いや、俺はマジで二人の子供だと思ってるけど?」
「未来から来た私達の子?それはないでしょ。だって私、多分子供できないよ?」
え…………?それ、髪の毛にセミの脱け殻つけてするカミングアウトか?
「それが原因で一度離婚してるし。」
「えぇええええええ!!」
葵…………バツイチ!?いや、だから頭のセミの脱け殻増えてるから!
「あ、バツついてる女は嫌?」
「いや、逆にバツつけさせたらいけないかと思ってた……。」
「え…………?5年後失踪するってマジなの?私に諦めさせようとして言ってるのかと思ってた。」
確かに…………そうゆう意味にも取れるか……。
「私の家族めんどくさいし、私もめんどくさいし、嫌になっちゃったのかな~って。」
「いやいや、よっぽど俺のがめんどくさいから。」
「犬になるのはめんどくさいよね~あはははは~」
いや、笑い事じゃないだろ。犬じゃねーし。
「笑い飛ばしてくれるのは葵ぐらいしかいないよ。」
「私、紅葉君に愛着来ちゃってるからね~」
それ、まだやらすの?
「私は?愛着来てる?」
「キテます!!だからやらすなって!」
「あはははは!!」
二人で笑った後、しばらくセミの声と、ルンとポロの笑い声を聞いた。
「坂下のおばあちゃんがね、ここでは私はまだまだ子供だって言ったの。私まだ子供だって。」
「そりゃそうだろうな。下手すりゃ孫だよ。」
「だから、子供が子供がいないとかできないとか悩まなくていいのよって、おばあちゃんが言ってくれたの。無茶苦茶なんだけど、何だかその言葉に救われた……。」
「だから坂下のばあさんの願いを叶えようとしたのか?」
「違うよ。私の願いだよ。私だったら……自分が死ぬ時、隣に大好きな人にいてもらいたい。」
その願いは……おそらく、葵は叶える事はできない。
葵は頭のセミの脱け殻を1つ1つ取りながら言った。
「セミは死んでゆく仲間を嘆いて泣いてるのかな?それとも、自分はまだ生きてるって知らせたくて泣いてるのかな?」
どっちにしろ…………泣く事ができるのは、残された者だけだ。