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深夜の散歩


86


パジャマの紐は、ハサミで切った。酷い大人です。はい、そうです。家の中のにはいると、すぐに切った。


「いつまでとか言われてないし、切ってまた結べばバレないだろ。」

「それはそうだけど……そんなにあっさり切らなくても……。」

何故か葵はショックを受けていた。え?なんで?このままが良かった?


「この前、坂下のおじいちゃんの娘さんから庇ってくれた時は優しいと思ったのに……。紅葉君冷たい……。」

「ええっ!ちょっと待って。どこが冷たい?ちょっと納得いかない。」

「ポロは切らないでって言ってたんだよ?」

「え?まさか本気でパジャマの紐だと思ってる?」

パジャマの紐がこんなに長いはずがない。一体何人分のパジャマだよ?

「思ってないよ!私が言いたいのは、二人の想いを大切にしたいって事。いとも簡単に切りすぎ。」


「そんなの、今切っても一時間後に切っても同じだろ?」

「そうかもしれないけど……もういい。もう寝る。おやすみなさい。」

そう言って葵は自分の部屋へ行ってしまった。いや……どうすれば良かったんだ?


その晩は眠れなかった。眠れなくて、散歩に行こうとしたら、晋さんを起こしてしまった。昼間の暑さが嘘のように、空気が冷えていて、涼しくて気持ちがいい。ゴーヤの葉のカーテンがそよそよ音を立てて揺れていた。


「釣りにでも行くのかい?」

「いや、散歩に行こうと思って……」

「こんな時間に目が覚めるのかい?君ももう歳だね。」

そう言いながら布団から出て、そろそろと玄関へ向かった。


「いや、今日は眠れなくて……。」

晋さんはあくびをして言った。

「歳を取ると長く眠れなくてね……。」

いやいや、いつも全然寝てますよね?この時間なら熊が走っていても平気だろう。辺りはまだまだ暗い。


「外に出て大丈夫かな?逆に老人にはベストタイムだと思うけど……。」

「いや、さすがに3時はみんな寝てますよ。でも、見つかったら走って逃げるのは朝も昼も夜も同じだし。」


歩きながら、晋さんにさっきの事を話した。

「どうすれば良かったんですかね?」

「それは君、ダメだよ。」

え?ドいきなりダメ出しですか?


「今は昔と違って亭主関白は流行らないからね。今は、一歩下がってついて行くのは、男の方だよ。」

いや、別に亭主関白気取ってる訳じゃ……。

「切る時に許可は取らなかったんだね?」

「取ってないですよ。だって二人のイタズラだし……。」

「二人のイタズラを二人で受けたんだね?じゃあ、それはもう二人の問題だ。」

えぇええええええ!!


「意見が無いのもダメだけど、勝手に進めるのもダメなんだよ。」

「そんな、たかがイタズラで話し合います?」

「葵さんは二人の事を本当に自分の子のように思っているんだね。二人の子供の事を二人で考えられなかったのが嫌なんじゃないかい?」

「む、難しい……。」

俺は思わず街灯の下で立ち止まって、考え込んでしまった。


街灯の周りは、光に集まった無数の虫が飛んでいた。

「何、難しい事はないよ。レディーファーストを心がければいい。決定権は基本的に任せます。失敗しても、いつでもフォローできます。できなくても、そう思わせておくことが重要なんだ。」

晋さん……体だけじゃなく、度量が大きい。


でも、それ……ゆくゆくは存在感の薄いお父さんのモデルケースなんじゃ……。

「存在感は薄くなるって思っただろ?薄くなっても構わないだろ?君はこの先、いなくなるんだから……。」

「それは……。」

ゆくゆくは俺みたいになるから俺に習えって?それは……そうだけど…………


俺はまた早足で歩き始めた。晋さんはいよいよ歩くのが辛そうになって来た。

「もっと言おうか?君は何と言うか……鈍いんだね。君は本当に葵さんが好きかい?好きなら、もっと二人でいたいとか、触れたいとか、あわよくば喰ってしまいたいくらいの気持ちはないのかい?」

晋さんはぜーぜー言いながら言った。


いやいや、熊がぜーぜー言いながら言うと、違う意味に聞こえるから!

「じゃあ……今さらどうしたらいいんですか?」

「やり直せばいいんだよ。」


やり直す?


俺は家に帰ると、葵の部屋の机に置いてあった紐を、葵の腕にくくりつけた。そして、もう片方の先端を自分の腕にもくくりつけて、ベッドの下で寝ようとした。すると、葵が気がついた。

「……ん?何これ?ルンとポロ起きた?」

葵が驚いていた。辺りは真っ暗だ。ルンとポロが起きていたなら、そりゃ驚く。


俺は腕の紐を見せて言った。

「どうしよう葵、朝起きたら紐が元に戻ってた。」

「紅葉君はずるい大人だね……。」

「どうする?どうすればいいかな?」


もう、どうする?どうしよう?は言い合わなかった。

「とりあえず…………隣に寝る?」

「え…………えぇええええええ!」

「声が大きい!あ、じゃあ、床でもいいよ?どうぞ?」


それは…………もっと一緒にいたい。もっと触れたい。喰ってしまいたいと思ってしまっても…………いいんでしょうか?


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