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葬儀


84


やっと、いちじくの実が熟れた頃…………坂下のばあさんの葬儀が行われた。行かない方がいいと言ったのに、葵はどうしても行くと言う。


「葬儀に出て坂下のじいさんに、また何か言われるに決まってる。それでも行くのか?」

「行く。だって……坂下のおばあちゃんは、ここに来て初めて声をかけてくれたおばあちゃんなの。骨折して寝たきりになるまでは、よく相談に乗ってくれて、色々な事を教えてくれた。私にとっては、本当のおばあちゃんみたいに大切なの。」

葵は、坂下のじいさんに嫌な事を言われる事よりも、一目、坂下のばあさんの顔を見たい。その気持ちの方が、上回っていた。


「じゃあ…………俺も一緒に行く。」

一緒にいて、坂下のじいさんの暴言から守れるとは思えない。でも、せめて、側にいて励ます事はできる。1人より二人だ。俺達は喪服に着替えて、葬儀に出かけた。

「あーちゃんと紅葉、どこ行くの?真っ黒~!」

「あのね、坂下のおばあちゃんが亡くなったの。だから、お葬式に行って来るね。」

「晋さんとお留守番頼むな。」

そう言って、葬儀に出かけた。


俺達が行った時にはもう、葬儀は始まっていた。葬儀会場は、坂下のじいさんの家。葵がここ1ヶ月近く通っていた場所だ。受付をして、俺達は列の最後に並んだ。線香の臭いは嫌いじゃない。だけど、葬式特有の焼香の臭いは嫌いだ。その臭いは自分のばあさんの葬式を思い出させる。ばあさんが死んだのは俺が今のルンやポロくらいの年だった。焼かれてゆく棺の中を想像して、恐ろしくなって押し入れに隠れた。とにかく辺りは暗くて暗くて、暗闇ばかりだった。

「紅葉君、ネクタイ曲がってる。」

そう言って、葵がネクタイを直してくれた。暗闇から引き戻してくれるのは、きっと、こうやって隣にいてくれる人なんだろうな……。


俺達の番が来て、焼香をして、遺影に手を合わせた。写真の中の坂下のばあさんは笑顔だった。坂下のばあさん、こんな顔だったんだ……。俺がそんな事を考えていると、葵は顔見知りのばあさん達に見つかって、手伝って欲しいと言われて台所に連れて行かれた。


一方、残された俺は、藤田のじいさんに見つかった。知ってる顔があって少しホッとした。

「男はこっちだ。酒飲んで故人の話をするのが供養だ。ほら。」

そう言って藤田のじいさんは俺にコップを持たせて酒をついでくれた。

「聞いたぞ。お母ちゃん大変だったんだってな。最後の願いなんてもんは聞くもんじゃねぇ。死んで行くもんと、残されたもんの願いが同じ事なんてありしゃねぇんだ。紅坊、よく言い聞かせてやんな。」

藤田のじいさんは葵をお母ちゃんと呼ぶ。確かに……今回の事は葵自らが招いた結果だ。残された家族の事を考えたら、ばあさんの願い通り秘密にするんじゃなくて、家族に相談するべきだった。

「坂下のじいさん……あれからどうしてます?」

「さあな。部屋から出てこんのか、出してもらえんのか、誰にもわからん。」


周りを見回して見ると、親族は見たことのない人ばかりだった。葵が空いたお皿を下げにこっちに来た。

「お母ちゃん、ちょうどあんたの事話してたんだよ。面倒に巻き込まれちまったなっ~て。」

「面倒だなんて……。」

そう言って、葵は坂下のおばあさんの遺影を見た。


すると、見知らぬおばさんがやって来て言った。

「あなたが伊沢さん?」

「はい……そうですけど……。」

「あなた、父の認知症に気づいたのにどうして知らせてくれなかったの!?そうすれば母の最後だって間に合ったかもしれない。」

葵は下を向いて謝った。

「すみませんでした。」

「それとも何?認知症の父を騙してお金でも巻き上げるつもりだったの?」

「そんな……。」


おばさんの夫らしき人が、おばさんを止めた。

「そんな失礼な事を言うもんじゃない。」

「だって、お父さんこの人の事、通報したのよ?」

「それはお父さんが認知症だったから……」

坂下のじいさんの家が少し騒然とした。俺は少しムカついて言った。

「葵はそんな奴じゃない!ここ1ヶ月、坂下のじいさんとばあさんの世話してたのは葵だ。二人の事ほったらかしにしてたのはそっちだろ?」

「世話してくれなんて頼んだ覚えはないわよ!!」

葵がわからなくなるほど認知症が進んだのなら、多分……連絡が無かったのは1ヶ月や2ヶ月じゃない。

「やめて。紅葉君。もう帰ろう。すみませんでした。」

葵は頭を下げて、帰ろうとした。


すると、奥の部屋から坂下のじいさんが出て来た。坂下のじいさんは葵を見るなり怒鳴りつけて来た。

「また来たのか!二度と来るなと言ったはずだ!」

「坂下のじいさん……」

俺が間に入って止めようとすると、坂下のじいさんは急に柔らかい顔になって言った。

「葵さん、世話になったね。」


その言葉を聞いた葵は、溢れる涙をこらえられず、下を向いた。

「お父さん……。」

「お前達の世話にはならん。帰れ。」

おばさんがそう言って近付くと、坂下のじいさんはまた奥の部屋へ行ってしまった。


俺達は坂下のじいさんの小さな背中を見送ると、すぐにここから帰りたくなった。

「葵、帰ろう。」

「待って下さい。」

帰路についていた俺達に、さっきの娘の夫らしきおじさんが追いかけて来た。

「あの、お義父さんの事、お世話になりました。あの、気を悪くしないでください。あいつも気持ちが落ち着けば……」

「わかってます。私が娘さんの立場だったら、悔しくて悲しくて、もっと言ってます。それでも……坂下のおばあちゃんの願いを叶える事が、唯一、私にできる恩返しだったんです。」

全部わかってて……こうなる覚悟で……

「私のエゴでご迷惑をおかけしてすみませんでした。」

葵はそう言って一礼すると、その場から早足に立ち去った。


俺が葵の後について行くと、葵はしばらく泣いては立ち止まり、涙を拭いて歩き出す。その繰り返しだった。

「ここは地域全体が大きな家族みたいに感じだから……つい、自分の家族と錯覚しちゃうんだよね。でもたまに、やっぱり他人なんだって思い知らされる時が来る。」

それは、俺達家族と同じだ。俺達二人は結婚していないし、子供とも血の繋がりがあるかどうかもわからない。晋さんに至っては本当の家族があるのに、家に居候している。今はただの……家族ごっこだ。この前、おやつの時にルンが葵に、こう話をしていた。

「ルン、お友達に言われたの。ルンとルンのお母さんは同じ家に住んでるのに、名字が違うんだねって。」

その時に気がついた。ごっこでは、許されない世の中なんだ……。中途半端は不安になる。不安を埋めるためにハッキリさせようとする……。

「葵、本当の家族になろうよ。」

そう言って、手を差し出した。

「…………うん、家族に……なりたい。」

葵は俺の手に自分の手を乗せると、また泣いていた。


俺は、葵の手をしっかりと握った。二人で手を繋いで、短い帰り道をゆっくりゆっくり歩いた。


家に帰ると、どっと疲れが出た。二人で疲れて玄関に座っていると、ルンとポロが出迎えてくれた。何だか、二人の顔を見たら落ち着いた。

「お帰り~!」

声を聞いたら安心した。

「あ、二人に塩振ってあげて。」

晋さんがそう言って、塩の瓶を持って来てくれた。ルンが塩を背中にかけてくれた。それを見たポロが言った。

「え…………晋さん、二人の事食べちゃうの?」

え?これ味付け?味付けに見えてんの?

「塩焼きで?それもいいね。」

「晋さんその冗談、熊だと怖いよ!」

「ポロ、これはお清めだよ。ついてきた悪いものを祓ってお家に入れないためだよ。」

葵が説明すると、ポロは一安心していた。安心すると、二人はさらに力いっぱい塩をかけて来た。

「コラ!かけすぎ!かけすぎ!俺達まで祓われてる気分になるから!」

「そう?まな板の魚になった気分じゃない?」

「あ、そっち?味付け?」

そう言ってみんなで笑った。


笑った後、葵はルンを抱き締めた。

「どうしたの?元気ないね。」

「うん。ちょっと悲しくて……でも、こうやってぎゅってさせてもらえれば、元気がチャージ出来るから。」

「ぎゅってすると元気になるの?じゃあ僕も。」

そう言って、ポロも葵に抱きついた。

「じゃあ俺も。」

便乗して俺は3人に抱きついた。その光景を晋さんが見ていた。葵が晋さんも呼んだ。

「晋さんも。」

晋さんはその大きな体でみんなを包んだ。


「ルン、ほっぺプニプニだねぇ~癒される~」

「ポロはガリガリだな。」

「晋さんやっぱり毛が硬いね~」

「紅葉も硬いよ……。あーちゃんの方が柔らかい。あーちゃんの方がいい。」

「そんな事言うなよポロ。柔らかいなんて言ったら葵がデブみたいに聞こえるだろ?」

「紅葉君?ちょっと?」

「葬式饅頭早くちょうだい。」

「晋さん……。」


そんな事を言い合いながら、みんなで抱き合った。みんなで抱き合って、悲しさも寂しさも喜びも幸せも、全部…………分けあった気がした。


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