電球交換
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心を入れ替えて、葵の話をよく聞いて…………人間の姿の時にできる事は、何でも手伝う事にした。
何でも手伝うと言って、葵が俺に、最初に任せた仕事は……
「隣のおばあちゃん、電球交換して欲しいって頼まれてたの。紅葉君行ってあげて。」
隣のおばあさんの家の電球交換だった。隣のばあさんは、数年前おじいさんが亡くなった後、一人でこの家に住んでいる。この部屋に入ったのは、子供の時以来だ。
この部屋は、俺が子供の頃と何も変わっていなかった。20年前にタイムスリップしたかのように、恐ろしく何も変わってない。
「軽々届くんだねぇ。紅ちゃん大きくなったねぇ……。」
いやいや、ばーちゃん、俺もう30だよ……。
「助かるねぇ~。ばーちゃんがお茶入れてあげるよ。紅ちゃんは甘いお菓子が好きだったね。お茶菓子甘いのがあるといいんどけど……。」
甘いものが好きっていつの話だ?もう子供じゃないんだけど……
隣のばあさんの中では、この部屋と同じで、俺はまだ小学生のままなのかもしれない。
「いいよいいよ。これ終わったらすぐ帰るから!わざわざお茶入れるの大変だろ?」
「大変な事あるもんかね。何十年もこうして淹れてるんだから。」
俺が電球を変えていると、あっという間にお茶の準備ができていた。
「ほらほら、紅ちゃんお茶が入ったよ。飲んできな。」
「じゃあ……せっかくだから少しだけ。」
「少しと言わず、た~んとおあがりよ。」
そう言われて、お茶を飲んだ。
お茶を飲んでいると、ばあさんが訊いてきた。
「ルンちゃんから聞いたんだけど、最近葵ちゃんと喧嘩したんだって?」
「え?喧嘩?いや、違うよ。喧嘩じゃないよ。」
うちの歩くスピーカーは、あちこちで家の情報を言いふらして歩いているらしい。おかげでプライベートもくそもない。我が家の出来事は、周りの住人には筒抜けだった。
「あの、坂下のじいさん……」
「ああ、認知症だって?あの人あんなにしっかりしてたのにねぇ……。」
こうゆう情報も、すぐ噂になる。
「ばあさんは大丈夫そうだな~」
「まぁ、アタシはボケても誰も困らないからね。」
「いや、困るだろ?俺がわからないとか嫌だよ。」
一人暮らしのせいか、すぐにネガティブになる。そんな所が少し嫌だった。
「電球みたいに、新しく頭も取り替えられたらいいのにねぇ。」
ばーさん、なんつー話しだすんだよ!
「そしたらみんな機械になっちゃうだろ。」
「そうだねぇ。紅ちゃんが機械になったら電球替えてくれないかもしれないね。ありがとうね。おばあちゃん助かったよ。」
お礼は何度も聞いたから。十分すぎるほどに。
「俺、そろそろ戻るよ。帰って葵の手伝いしないと……。」
「もう、行くのかい?葵さんによろしく言っておくれ。」
「じゃあ、ごちそうさま。また何かあったら言ってよ!じゃ!」
そう言って隣から家へ帰った。
家の玄関に入ろうとすると、今度は山岡のばあさんがいた。山岡のばあさんは玄関に重く腰を下ろしてなかなか帰りそうにない。
「知らない人から電話があってね、もうどうしていいかわからなくて……。」
「大丈夫ですよ。気にしないでください。お金出せとか言われませんでした?」
「どちら様って聞いたら電話が急に切れて……。」
山岡のばあさんは怖がりというか心配性で、最近よく家に来るようになった。
そこへルンとポロが学校から帰って来た。
「山岡のおばあちゃんまた来てるの~?」
ハッキリ言ったな……。
「あ、二人ともお帰り。」
「ルンちゃん、ポロちゃん、お帰り。」
「山岡のおばあちゃんにちゃんと挨拶して。」
葵がそう言うと二人はそれぞれこんちはと挨拶をした。
「二人とも手洗いうがいしっかりしてね。」
「はーい!」
そう言って二人は家の中に入って行った。
「紅葉君もお帰り。」
「ただいま。」
何となく入りづらく、外にいたら、葵に見つかった。
「山岡のばあちゃん、いらっしゃい。」
「紅ちゃん、お邪魔してるよ。」
「山岡のおばあちゃん、変な電話かかって来て不安なんだって。話を聞いてあげて。」
葵にそう言われて、玄関に腰を下ろすと、山岡のばあさんの話を聞いた。
「あたしは心配で心配で。」
「大丈夫だよ。またかかって来たら相談してよ。」
タイムループしてます?この台詞、3回目なんだけど……。
これは多分…………禊だ……。葵の話を聞かなかった事の、葵からの罰だ……。きっとこれは罰だ。堪えろ……堪えろ俺!!4回目の話が終わろうとする時、葵から呼ばれた。
「紅葉君、瓶の蓋開けて欲しいんだけど~!」
「あ、じゃああたしはそろそろ戻らせてもらうよ。」
「え?あ、うん。気をつけてな。」
急に山岡のばあさんは帰って行った。
「あれ?山岡のおばあちゃんは?」
「急に帰った。」
「そっか。4回目くらいで気が済んだんだね。」
どうやら、葵は台所で話を全部聞いていたらしい。
「よく我慢したね。偉い偉い。」
やっぱり意図的か……。
「瓶の蓋……どれ?」
「ああ、あれ?開いちゃった。」
葵は持っていたジャムの蓋を見せて笑った。
「葵さん、最初から普通に開けてたよ。」
晋さんが俺にそっと言った。
「そう……なんだ……。」
多分、山岡のばあさんが、4回目の話で帰れるように俺に声をかけたんだ。
「あーちゃん、今日のおやつ何~?」
「ジャムサンド。」
二人がおやつを食べにやって来て言った。
「山岡のおばあちゃん何度も何度も同じ話するんだよね。この前、二人でお留守番してる時も来たんだけど、ポロは逃げちゃうし、晋さんは出られないし、私1人で話聞いたんだよ?」
「何のお話聞いたの?」
「シソジュースの作り方。」
葵は少し笑った。
「ごめん。それ、私が聞かせてって言った事だよ。」
「何度も聞いたなら、ルンは作れるな~良かったな~」
「良くないよ~!一回で覚えられるもん!何回も聞きたくないよ!」
そう言うと、ルンは頬を膨らませた。
「そう言わないで。山岡のおばあちゃんは寂しいんだよ。お話してあげて。同じ話が嫌なら、ルンがお話すればいいんだよ。ほら、ケンちゃんとノアちゃんの話とか。」
「あーあれはね、もう解決したの。」
「別の人に話したら、別の解決方法が見つかるかもよ?」
これ以上、ルンをスピーカーにしてどうするつもりだ?
「ルンの話は上手だから、おばあちゃん喜ぶと思うな~」
「本当?じゃあ、今日学校でね…………」
そう言ってルンが話すのを、葵は嬉しそうに聞いていた。
こうやって葵は、農作業や家事の合間に、じいさんばあさんの話を聞いて、帰って来たルンの話を聞くという生活をしていたんだ。
思わず訊いてみた。
「話聞くばっかりじゃ疲れないか?」
「たまにね。たまーに、ちょっとだけ嫌な時もあるの。でも、話を聞いてもらえないストレスより全然大丈夫だよ。」
こうゆう時は容赦なく刺してくる。
やっぱり……葵でも、嫌になる時もあるんだな。そりゃそうだ。俺は4回目聞いただけでイライラした。葵は心が広くて感心する。
「あー!晋さんピーナッツ食べ過ぎ!私一個も食べてないのに~!仕方がない。もう、一個作るか……あーもう!ここの扉閉まりが悪くてイライラする!」
前言撤回。葵は心が普通で感心する。