薄虹
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桑の実に飽きたルンは、いちじくの実が熟れるのを待っていた。畑の側にあるグミが食べられると教えた。
「グミ~?知ってる!グニュグニュした果物の味するお菓子でしょ?あれ食感がいいよね~」
「名前は同じだけど、そのグミとは違う。こっちこっち。」
二人をグミの木の前に連れて行くと、ルンは言った。
「あー!やっぱりこれ食べられるんだ~!狙ってたんだ~」
既に狙われてた……。
「さくらんぼかと思った~!」
「さくらんぼよりは少し長い実だね~」
うちにはさくらんぼの木もある。でも、木が弱っているのか、今年は実がつかなかった。剪定や追肥が必要なのか?剪定ってどうやるんだろう?さくらんぼの実のなる桜は、坂下のじいさんの家にもある。今度聞いてみるか……。
「グミ甘い!うま~!」
「そうかな?少し渋いよね?」
「ポロは苦手か?ルン、食べ過ぎて腹壊すなよ?1日に食べる量は片手に乗るくらいにしとけ。」
ちゃんと量を言っておかないと、1日で食べつくしそうな勢いだ……。
「僕、あーちゃんと晋さんに取って帰る~!紅葉、両手貸して。」
「両手?」
「こう。」
そう言ってポロは両手を器のように開いて見せた。俺が両手を開くと、ポロは次々と採ったグミを乗せた。ルンは片手に乗せては食べ、乗せては食べを繰り返していた。それ、結局エンドレス……。
それを見たポロが一言言った。
「ルン、食べ過ぎだよ。また服がきつくなるよ?」
ポロの一言にルンの手が止まった。
「ポロ、女子には言葉を選ぼうか?もっとオブラートに包んで……」
「オブラートって何?」
「それは、薬飲む時に……」
もうポロは話を聞いていない。ポロの一言は、ブローの重みが半端無い。
「気にするなよルン……。」
「…………。」
ルンは黙って、持っていたグミを俺の両手に乗せた。あっという間に、俺の両手いっぱいにグミが乗った。これ…………落とさず運ぶのは至難の技だなぁ……。
そう思って運んでいると、ちょうど葵が庭に出て来た。
「葵!ちょうど良かった!落ちる落ちる!」
俺の様子をすぐに察した葵は、俺のグミでいっぱいの両手を横から支えるように開いた。思わず手が触れると、動揺してグミがこぼれた。
「あ、落ちた!」
「こっちも。」
二人で、こぼれ落ちるグミにあたふたした。
落ち着いた頃に、葵が言った。
「ルン、お皿持って来て。ポロ、下に落ちたの拾って。」
ルンはすぐに家に入って行き、ポロは落ちた数個を拾った。
二人でずっと、両手をそのままで…………動けないでいた。
「これ、グミ?美味しそう。」
「好き?」
「うん、好き。」
葵はそう、笑顔で言った。俺は一瞬、雪の降るかまくらの中での事を思い出した。
「桑の実の方が好きだけど……グミも好き。」
葵も少し声が震えていた。
「今年はさくらんぼは実をつけなかった。」
「え?あれ、実をつける桜だったの?」
知らなかったのか……。じゃあ、あの木は、去年も実をつけていないのか。
「剪定したり、追肥したりして、来年は実をつけるように色々やってみるよ。」
「本当?さくらんぼできたらいいね。楽しみ~!」
「坂下のじいさんに剪定の仕方、聞いて来ようかと思って……」
葵の顔が少し……変わった気がした。気のせいか?
「じゃあ、今度一緒に行こうよ。私も坂下のおばあちゃんに会いたいし……。」
そこへルンがお皿を持って来た。
「ルン~これじゃ全部乗らないよ~!」
ルンの持って来た皿が小さ過ぎた。
「ぷっ!あははははは!」
みんなで笑った。ルンが持って来たのは、ルンの手のひらくらいの二枚の小皿だった。
「てっきり、あーちゃんと紅葉はお皿に乗せて食べたいのかな?って思って……。」
「それもいいね。ありがとう。」
ポロが俺達の手からグミを皿に移すと、葵はその手を離した。そして、ポロからお皿に山盛りに乗ったグミをもらっていた。そして、一粒口に入れた。
「うん、美味しい。」
「あーちゃんそれ落ちたやつだよ?」
「ポロ、それ早く言ってよ。」
そう言ってまた笑っていた。
「3秒以内に拾ったから大丈夫!3秒ルール!」
「それ、3秒以内に食べたらOKっていうルールだから。拾っただけだとアウトだろ?」
「え?そうなの?!」
葵はそれを聞いて笑った。
「笑ったら、なんか元気出た。ありがとう。」
葵はポロにお礼を言った。
「なんで僕?」
今度はルンに言った。
「ありがとう。」
「なんでルン?」
最後に俺に言った。
「ありがとう。」
そこはお約束だった。
「何で俺?」
「みーんな、ありがとう。」
そう言って、葵はまた笑った。
「そういえば、あーちゃんどうして外に出て来たの?」
「あ!忘れてた!そうそう!あれ!」
葵は空を指差した。
空には、今にも消えそうな薄い虹がかかっていた。
「薄いね~!」
「ごめん。グミに気を取られてて忘れてた!」
「あははははは!ルンと同じだな。花より団子だ。」
そう言ってまた、みんなで笑った。