ホタル
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父の日から数日後、俺がやっと人間に戻った時、葵が急にこう言って来た……。
「話があるの。」
き、来た……。審判の時がとうとう来た……。
女の人の『話があるの……。』って…………だいたいは別れ話する時の台詞だよね?話し合いとか言っても、答えはもう決まってて、一方的に別れようって言われるだけの話し合いだよね?決定を覆せるだけの材料が何もない!!
なんとか最悪の結果を避けるために、晋さんにお願いした。それは、ずるい方法だった。
「晋さん、俺が外の田んぼの方に葵を連れ出すんで、子供達と一緒に後から来てもらえませんか?」
「え?どうして?二人で話をするんじゃないの?」
「いや……それが……」
晋さんは俺の顔を見て察した。
「何?話、したくないの?時間が無いとか言っておきながら、フラれるとわかったら先延ばしにしようとしてる?」
「う……。」
図星です。
「他人の恋路を邪魔するみたいで嫌だな。」
「いや、逆ですって!協力ですって!」
先延ばしが正解かどうかはわからないけど……。
「子供にチューするところとか見せたくないし。」
「しないですよ!」
だったら…………奥の手を使うしかない!俺はルンにもらったキャラメルを晋さんの前に差し出した。
「御主も悪よのう……。」
そう言って晋さんはキャラメルを食べた。晋さんはすぐに甘いもので買収される。
その日の夜は、風が無くて湿度が高く、蒸し暑かった。月明かりも星明かりもなく暗い。空気が重苦しい、静かな夜だった。
わかってる。空よりも、空気よりも、俺の気持ちが一番暗くて重い!!
「話って言うのはね……。」
「あ、そういえばクッキー、もう一度作り直してくれてありがとう。」
「結局形は崩れちゃったけどね。」
俺は話を逸らした。
「葵の顔が奇跡的に怒って出来上がって、二人がウケてたな。」
「だからってみんなでウケないでよ!そのうち本物の顔の怒り顔が出来上がっちゃうんだからね?」
「あ…………今光った!」
田んぼの上に小さな光が舞いあがった。
「…………ホタルかも。」
「どこ?」
「ほら、向こう。」
葵は俺が指を指した方を目を凝らして見ていた。
「あ、本当だ!また光った!あっちの方に行ってみようよ!」
葵は俺の思惑通り、話を忘れて、ホタルの方へ近づいた。
水路の分岐点が草が繁っていて、そこに一匹、2匹ほどのホタルがいた。
「ホタル~!」
そこへルンとポロと晋さんが来た。
「ルン、ポロ……寝てなかったの?晋さんに連れて来てもらったんだ……。」
「晋さんが二人はホタルを見に行ったって言うから。二人だけでずるい!!」
「そうじゃないよ!たまたまだよ!たまたまホタルが見えたんだよ?」
晋さんは俺に言った。
「間に合ったのかな?チューの前に来ようかと思ったんだけど……早すぎたかな?」
いやいや、それ、話の趣旨が違ってないっすか?邪魔しようとしてます?
「邪魔されると燃えるって言うからね。炎上炎上。」
全然炎上どころか消炎ですよ!
「あ!また光った!」
「ルン、少し静かに。ホタルが驚いちゃうよ?」
「あ~飛んで行っちゃった。」
でも、重い話より…………ホタル見てる方がずっといい。
「まだこっちにもいるよ~!」
「ポロ、それ以上行ったら水路落ちるよ~!」
「連れて帰る!」
また始まった~!
「ホタルは寿命が短いから帰してあげて。最後の時は……自由でいさせてよ……。」
空に放されたホタルを見て葵が言った。珍しい……。虫は平気なのに。いや、単純にホタルが可哀想だからか……。
その先延ばしが、思わぬ事になるとはこの時は思いもしなかった。