オタマジャクシ
78
今日もポロは泣いていた。
「うぇええええ……。」
梅雨になると、鬱陶しいほどの雨に……
「うぇええええ……。」
いや、鬱陶しいのは雨で……
「うぇええええ……。」
「わかったよ!わかったから!何だよ?どうした?」
「あーちゃんがね、おたまじゃくし、田んぼに帰して来なさいって
……。」
あ、蛙の卵かえったんだな……。
「じゃ、帰しに行こうか。」
「うぇええええ……。」
「いや、これ以上は無理だよ。蛙の為にも葵のためにも、ポロのためにも、俺のためにも、帰そう!な?」
それでも、ポロは首を縦に振らない。
「紅葉からもお願いして。お願い!」
ごめんポロ……確実に説得を頼む相手間違ってる。それでも何度も何度もお願いされて……承諾してしまった。
「一度だけ……お願いしてみるけど……期待はしないで待ってて。」
期待するなって無理だよな……。
一方。ルンは別の事で叱られていた。
「食べて無いもん。」
いやいや、口の周り紫だから。
「あちこち勝手に取って食べちゃダメだって言ったよね?毒があったら死んじゃうんだよ?それに、他の人の物だったら泥棒さんだよ?」
「田んぼの近くの木だもん。」
「多分、田んぼの近くの桑の実を食べたんだろ?今度、ルンに食べてもいいやつだけ教えるから、今回は許してやってよ。」
俺がそう言うと、葵がため息をついて言った。
「何も一人で行く事無いのに……。」
「一人じゃないよ。晋さんと行ったの。だって……ポロは泣いてるし、あーちゃんと紅葉、忙しそうだから……ダメって言いそうだし……。最近……つまんない。」
つまらない。それは……雨のせいじゃない。ルンは俺達の微妙な空気を察して、誘えなかったんだ……。
俺は葵にポロのおたまじゃくしのバケツを、このまま外に置かせて欲しいとお願いした。葵は泣いているポロに見兼ねて、折れた。
「じゃ……じゃあ、足が生えたら!足生えたら田んぼに帰して!」
「やった~!あーちゃんありがとう!」
「いい?足が生えたら帰す。約束だよ?」
葵は何度も何度も念を押していた。
「紅葉もありがとう!紅葉があーちゃん説得できるとは思わなくて、正直期待してなかったんだ~!」
それ正直過ぎるだろ……ポロ……。
俺は葵に確認した。
「いいのか?長く置けば置くほど離れられなくなると思うけど?」
「だってずっと泣いてて……」
「鬱陶しい?」
葵は、そこまでは言ってないという顔をしていた。
「だって、だってさ、夏になるとよく玄関にへばりついてるじゃない?」
「それはまぁ、よくある。」
「ペタペタ這いずり周りながら、あの白いお腹が見えて……考えただけでもゾッとする……。」
葵は想像してぶるぶる震えていた。……蛙は夏のホラーなのか?
ポロは外に戻ると、長靴からバケツに移された、愛しのオタマジャクシに話しかけていた。
「安心してね。僕が守ってあげるからね。タマ。」
あーあ。名前つけだしたよ。あれ絶対オタマジャクシのタマだよ。いやいや、何匹タマだよ?全部か?全部タマか?
「守るって何から守るんだ?」
「学校に行く途中でね、蛙が車に引かれてたんだ。だから、車に引かれないように、僕が守るんだ。」
ポロ……優しいけど……優しいんだけど…………どう説得したらいいんだろう?
子供の頃、梅雨が嫌いだった。車に引かれた蛙の死骸がそこらじゅうにあったからだ。昔は今より田んぼが多かったせいか、それはもう、登校途中に毎日数えるほどあった。中でも、あの、大きなヒキガエルが内臓丸出しで転がっている所は……子供ながらにショックだった。それが自然の厳しさなような気がして、怖かった。
そこへ晋さんがやって来て言った。
「卵、無事かえったなら、帰してやろう。ポロは守ってるつもりでも、このオタマジャクシ達はそうは思って無い。オタマジャクシにとっては、自由の無い檻になる。この子達の為に、お家に帰してあげよう。」
晋さん……。
「でも、それじゃ、車から守れないよ!」
「守らなくていいんだよ。人間と違って、この子達は自分の力で生きて行けるんだから。ポロだって、自分で出来る事全部やってもらえるからって、檻に入りたいかい?」
「…………僕、返して来る。」
そう言ってポロはバケツを持って出掛けて行った。
「別に……オタマジャクシの1匹や2匹、手元に置いておいても良くないですか?」
「良くないよ。葵さんは良くないんだから。じゃ、これ、口止め料。」
そう言って晋さんは、お饅頭を半分くれた。え…………賄賂?これ、何の賄賂ですか!?
「人間の時は血糖値が上がりすぎちゃうから、なかなか甘いもの食べられなくてね。熊になったら食べられるのは嬉しいよ。葵さんが成功報酬は2個くれるって。」
賄賂は葵からか!!
ポロ、みんな…………大人だな……。