不確定要素
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「手伝おうか?」
そう言って梅の実を手に取った。
「じゃあお願い。」
葵はそう言って、どこかへ行ってしまった。
台所で梅のヘタを無言で取っていたら、晋さんにこう言われた。
「君はこんな所で梅のヘタを取っていていいのかい?」
「どうしてですか?それは引き抜きですか?引き抜かれても熊にはなれないですよ?」
「そうじゃないよ。」
晋さんが言いたいのは多分……東京からの帰り道、俺達は喧嘩?いや、話し合いをしながら帰って来た。それから、微妙な距離感がある。
「一見平和と見せかけて、微妙に空気がぴりついてるのが気になって仕方がないよ……。」
「わかっちゃいました?すみません。」
「子供はそうゆうのに敏感だから、気をつけた方がいいと思うよ。まぁ、気をつけられたら苦労はしないんだろうけど。」
晋さんはそーっと梅の実のヘタを取ろうとした。すると、梅の実は晋さんの手からポロリと転がり落ちた。
「喧嘩の原因は一体何なんだい?」
晋さんは床に落ちた梅の実を器用に拾いながら言った。
「多分、マリッジブルーってやつだと思うんですよ。多分……。」
それは、東京から戻る帰りの車の中……。
「お土産、クッキーで良かったのかな?」
「じゃあ……きな粉餅なら確実喜ぶと思うけど?」
「それは、東京のお土産としてはおかしくない?」
まぁ、確かにおかしいか……。
「ポロはお家で作ったクッキーの方がいいって言いそう。」
「それは、俺もそう思う。日持ちしない味がいいんだよな~」
「そうだ!今年はクリスマスツリーのオーナメント、クッキーで作るのどうかな?アイシングで飾りつけして……」
葵が俺の雰囲気を察して黙った。
「あの二人…………今年の冬には帰るんだってさ。」
「冬っていつ?どこに?」
「わからない……。」
しばらく黙った後、葵が言った。
「紅葉君、結婚する意味無くなっちゃったね。」
は…………?
「だって……あの二人の為に、結婚するんだと思ってた。」
「それはそっちじゃないの……?」
俺は少しイラついて、そう言ってしまった。
「そうかもね。あの二人には私が必要だから……二人の母親になろうと思って……」
「あ~!あれか!結婚とかいいから、子供だけ欲しいってあれか!」
「そうじゃないよ!そうじゃないけど…………今……じゃなくてもいい?少し…………時間をくれない?」
時間って…………どれぐらいだよ?
俺には……時間が無いのに。
晋さんは梅の実をしばらく眺めて、かごに戻した。
「まぁ、それは許可するしかないね。でも、なんで挑発するような事言うかな?」
「それは、俺も反省してます。」
「熊になる事を隠して結婚した僕が言うのも何だけど……子供がいなくて、君との未来は少し考える必要があるって事だよね?」
考えるってどれぐらいの期間?1週間?1ヶ月?一年?
葵のその言葉に、俺は焦った。
「時間ってどれぐらい?1年?2年?」
「どうしたの?何焦ってるの?」
そりゃ焦るだろ……。
「俺には時間がない。」
「時間が無い…………?」
「あの二人が未来から来たって信じるか?信じるなら……」
これを言ったら終わりな気がした。
「多分……5年以内には……消息不明になる。」
「はぁ?何?何それ?」
「もう一度考えてみてくれ。もし、それでもいいなら……いや、期待しないで待ってる。」
期待しないのか?嘘だろ?
「期待しないの?」
嘘だよ。
「期待して待ってもいいの?」
「うんん。期待しないで。」
期待しないで……?期待しないで待つって…………待てるかよ。そんなんじゃ安定したメンタル保てねーよ。
「ほ~た~るの、ひかぁ~り♪まどのゆ~き~♪」
「ヤメテー!!蛍の光歌うのヤメテー!!」
「もう終了の音楽がかかったね。」
それはわかってるけど!!
「それは期待しないで待った方がいいね。あとは捨てられるのを待つだけだ……。」
捨て犬扱いすんな!
「その後、俺達が家に着いたら、何も知らないルンとポロが寝ないで起きてて…………母の日のお祝いを…………」
あれは試合に負けたのに、更に追い討ちされた気分だった。
「騙したりはいけないとは思うけど、そんなに不確定要素で相手を揺さぶらなくても……。そこは伏せても良かったんじゃないのかな?君はマゾなのかな?」
「いや、揺さぶるつもりは全然ないですよ!話の流れでそうなっただけで……。」
「二人が帰るのも不確定、君が5年以内に死ぬのも不確定、それでもいいか?って…………結婚にどれだけの覚悟させるつもりなんだい?結婚は勢いだと思うよ?冷静に考えれば考えるほど、遠退く……。」
人生を左右する一大事に、考えるなって……。
「晋さんは考えなかったの?」
「考えなかった。だからこうなったんだよ。今も…………深くは考えないようにしているよ。深く考えるのは…………愛しい人の事だけにしてる。」
え…………それ、ポロじゃないよね?大丈夫だよね?ねぇ晋さん!!