梅の実
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クッキー作りを楽しみにしていた二人の願いとは裏腹に、あれから晴れの日が続いていた。
6月に入ると、梅の実が膨らんできた。黄色梅もちらほら見えてきたから、収穫する事にした。
「紅葉~!もっと右~!」
「はいはい。」
「晋ポロコンビに負けてるような気がする!」
どうしてルンは無駄に闘争心を燃やすんだよ。肩車で肩に乗せたルンに命令されて、右往左往した。
山の斜面に生えている梅の木の下に、ブルーシートを敷く。もいだ梅の実をブルーシートに置くと、斜面に沿ってコロコロと転がり落ちて、梅の実が下に溜まる。それを最後に集める。
梅の実は子供でも簡単に取れる。
「こっちは青いけど、こっち黄色い。」
「黄色いのは熟してきた実だよ。青いのより柔らかいから別にしておこうか?」
そう言うと、ルンは大事そうにポケットに梅の実を入れた。黄色い梅はルンのお気に入りになった。
「梅の実、生のまま食べちゃダメだぞ?」
「えぇえええ~!!何で?ルン、まだ我慢してたのに!」
我慢は偉い。でも、そんなにガッカリしなくても……。
「白雪姫の毒リンゴの毒が入ってるから。」
子供の時、ばあさんに冗談でそう言われた事がある。
「毒リンゴの毒!?死んじゃうの?!」
「少しだよ。少~し。まぁ、食べても腹壊すくらいだろ。」
「なんだ~オリベのハニーに教えてあげようかと思ったのに~!」
こらこら!オリベを仕留めようとするな!
「ルン~!いいもの見つけたよ~!」
ポロがルンを呼んだ。きっと生き物なんだろうな~!
「キャー!何これ~?ゲジゲジ~!」
ポロは腕に乗せた毛虫を見せて来た。
「素手で触ろうとしてたから、そこにあった軍手借りたよ。」
「晋さんありがとう。ポロは何でも素手でいこうとするから心配だよ。」
「まぁ、毒のない毛虫だから死にはしないと思うけど……素手だとかぶれるかもしれないからね。」
そこへ葵がお弁当を持ってやって来た。
「みんな~!お昼にしよ~!斜面だと食べづらいから、こっちに用意したよ~!」
「は~い!」
子供達は元気よく坂を降りて行った。
「あーちゃん!見て見て~!」
「何~?」
「毛虫だよ~!」
葵は驚くのか?どうなんだ?葵は毛虫を見ると、一瞬止まって言った。
「可愛いね~!」
あ、可愛いんだ……。爬虫類じゃなきゃいいんだな。
お弁当を食べながら、ポロが悩んでいた。
「このゲジゲジ何かに似てるな~」
「何?私のマフラー!?私のシュシュ?止めて~!私の何かに例えるの止めて~!」
「違うよあーちゃん。」
葵はホッとしていた。
「あ、ポロ、あれだよ!あれ!」
「だからそれが言葉にできないからポロが悩んでるんじゃないか?」
「ゲジゲジって言ったら眉毛しか思い付かないよね。」
晋さんがそう言うと、ポロは閃いた。
「眉毛だ!坂の下のおじいちゃんの眉毛!」
「本当だ~!」
「確かに~!」
ルンも葵も納得の様子だ。確かに、坂下のじいさんは立派な眉毛で、顔に毛虫が2匹いるみたいだった。
「良かった……眉毛で本当良かった……。」
良かったな……葵。
葵はしばらく考え事をしていた。葵の視線の先を見ると、風に揺れた木の葉が1枚落ちた。
「どうした?」
「え?うんん。何でもない。」
何を考えていたんだろう……。もしや…………これが俗に言うマリッジブルー!?
その後、葵は機嫌を直してお弁当を食べていた。何か気になる事があるのか?あ、まさか、また狼になってる?!自分の体を見ても、人間だ。
「紅葉君こそどうしたの?」
「あ、いや?狼になったかと思って心配になって……。」
「心配性もここまでくるとおかしいね!」
そう言ってみんなに笑われた。
「梅ジュース作ったら、坂下のおじいちゃんの所にお裾分けに行こうか?」
「うん!毛虫もお裾分けに行く!」
「ポロ、毛虫はお裾分けできないよ~」
確かに…………毛虫をもらって喜ぶのはポロだけだ。
午後は集めた梅の実を選別した後、子供用プールに入れて洗った。それを見た二人は大興奮で家に帰って行った。え……何で帰るんだ?不可解に思ったけど、二人を見送った。
「どうしたの?」
「いや、何でもない。」
「こっちのかごはおばあちゃん達にお裾分け用、こっちは道の駅に出す用、こっちは梅干し用と、梅ジュース用。」
次に二人が戻って来た時には、その手に大きなスプーンを持って現れた。そして、お椀にスプーンで梅の実をすくい始めた。スーパーボールすくいならぬ、梅の実すくい……。
「僕、これにする!」
「私、この子!」
「どうせなら傷んでるやつで遊んで~!」
葵がそう言って虫食いや傷んだ梅の実を二人に渡した。梅の実でどうやって遊ぶんだろうと不思議に思っていたら…………
坂の上から転がして遊んでいた。なるほど……。
「よし、ポロ、梅の実と競争だ!」
転がる梅の実と競争すんの?!ルンは梅の実とも競争するんだな……。
「追いつかないよ~!あっ!」
あ…………。坂の途中でポロが転んだ。
「うぇええええ……。」
「ポロ、泣かないの!泣いたら負けだ!!」
何だろう…………最近ルンが暑いな。暑苦しいな……。修造に見えてきた。結局、ポロは擦りむいた膝をかばいながらヨロヨロと帰って来た。