クイズ
74
全然修羅場になるはずもないのに…………
修羅場になりました。
「本当の事を言いなさいよ!あなた、本当はあの人の女なんでしょう?!本妻の家に乗り込んで来るなんていい度胸してるじゃない!」
ひぃいいいいい!!俺は逆上した晋さんの奥さんと葵の間に入って止めた。
「いえ、違います!本当に違うんです!」
俺達が何度そう言っても信じてもらえない。
「だから違うんですって……何で信じてもらえないんだろう……。」
奥さんは頭を抱えていた。
「いや、信じる訳ないよね?これどうするの?まさか、ノープランじゃないよね?」
「いやぁ……まぁ……その…………」
葵は睨みを効かせて無言でこっちを見た。視線が痛い痛い!!
そこへ、高校生の娘らしき女の子が帰って来た。
「ただいま~。」
娘は俺達を見て驚いた。
「この人達…………誰?」
「お邪魔してます。はじめまして。里梨紅葉です。」
「伊沢葵です。」
自己紹介を手早く済ませて、訳を話した。
「俺達、お父さんの実家の近くに住む者で……」
「お父さん、やっぱり実家にいるの?お父さんはどこにいるの?」
やっぱり……晋さんがいなくなって精々なんかしてない。それがわかって少し安心した。
「女?」
「だからそれはさっきから違うって……」
「じゃあ借金?」
奥さんがそう言い出した。
「それも違います。」
「他に何がある?まさか薬に手出しちゃった!?」
娘がそう言うと奥さんはため息をついて頭を抱えた。
「いやいや、薬だったら本人連れて来ますよ。」
「それもそうね……。」
何だか………クイズ?これ、クイズなの?不謹慎にも気分はクイズ番組になった。父親蒸発クイ~ズ!果たして誰がその答えにたどり着くのか!!
「晋さん、少し……いやかなり?容姿が変わってしまって……。」
「まさか…………」
はい娘さん!答えをどうぞ!
「性転換手術しにタイに行ったとか?」
「ぶーーー!!」
いや、これは間違った時の音声ではなくて、娘があまりにも真面目な顔で、とんでもない事を言うもんだから……。出してもらった飲んでいた俺はお茶を吹いた。
「ちょっと紅葉、君汚いな~!も~!」
それが葵にかかった。
「お母さん、やっぱりお父さんはオネエになって、ゲイバーにいるんだよ。」
娘の中ではそれが一番有力なの?俺的には一番考えたくないんだけど……。
「ちょっとそれも違うかな?」
「女も借金も違う。薬でもない、性転換でもなくて、あ、じゃあ、男だよ!おっさんずラブ的な!だってお父さん、私が男だったらなぁ~って言ってたもん!」
「いやいや、その台詞にそんな深い意味はないと思うけど……。」
奥さんは頭を抱えたまま言った。
「確かにあの人、小さな男の子見て可愛いなぁ。男の子は元気でいいなあって言ってた……。」
「いや、だから、そんなに深い意味はないと思いますよ?」
でも、俺はハッとした!確かに娘がいるのに、ポロを可愛がっていた…………ポロは大丈夫なんだろうか?!
「ちょっと紅葉君、自分で深い意味無いって言っときながら何不安になってんの?」
「え?何でわかったの?」
「全部顔に出てる。二人が余計不安になるからやめて。これから本当の事を言いづらくなるよ?」
はい、答え合わせの時間です。俺は呼吸を整えて、正座に座り直して言った。
「晋さんは、熊の姿のまま戻らなくなりました。」
「え?熊野古道で姿を消して戻らなくなりました?」
「いえ、ちょっと似てるけどかなり違います。」
突拍子もない事というのはなかなか伝わらないんだな……。
俺は携帯の写真を見せて言った。
「これが……現在の晋さんです。」
写真を見た奥さんと娘は、口が塞がらなかった。
「これ……熊ですよね?主人、人間ですけど?」
「はい、ですから、熊の姿になって、戻らなくなったんです。」
娘が奥さんを隣の部屋に連れて行き、二人で話をしていた。普通に話声が聞こえて来た。
「お母さん、あの人達きっと、詐欺の人達だよ。この後、お父さんを元に戻す為とか言って、壺とか水晶とか売り付けてくるんだよ?あんなの、どう考えたってお父さんな訳ないじゃん。」
娘の言う事は、至極真っ当な事だ。そりゃそうだ。初対面の見知らぬ男女が訪ねて来て、お父さん熊になりました。って…………普通は信じられない。
「葵、今日はもう帰ろう。家に着くのが遅くなる。」
「もう、いいの?」
「最初から信じてもらえるとは思ってない。とりあえず、二人が探してるって事がわかれば十分だよ。」
晋さんを元に戻す壺や水晶が本当にあれば、俺が買いたいくらいだよ。
「そうだね。後は二人が晋さんの実家に来てくれれば会うチャンスもあるんだけどね。」
「会ってどうするんだよ?」
「会ったら何かわかり合える事もあるかもしれないよ?」
そうか?動物の顔を見て何かわかるか?なかなか難しいと思うぞ?ましてや晋さんは熊……。
「あの、私達そろそろ帰ります。」
葵は隣の部屋に向かって声をかけた。
「あ、はい……。」
少しホッとしたように、奥さんと娘が隣の部屋から出て来た。
玄関で靴を履いた後、挨拶をして帰ろうとした。最後に一言だけ……
「晋さん、山で初めて会った時に言ってたんです。いいよ、いいよ。それでもいいよ。そう…………誰かに言われたいって。その誰かって……俺達以外にも、必要だと思います。だから、実家に来てください。」
「旦那さんがいないのに、旦那さんの実家に行くのは行きづらいですよね?もし、旦那さんの家に行けないなら、家に来てください。あ、住所……書くもの……何かあったかな?」
葵……。葵がそう言うと、娘がメモ帳を渡して来た。熊が書かれた可愛らしいメモ帳だった。
「これ、家の住所です。」
「本当だ……。お母さん、この住所、お父さんの実家と近い。」
「お邪魔しました。」
こうして俺達は、晋さんの家を出た。
「来てくれるかな?」
「まぁ、晋さんに何も言ってないし……。期待はしないでいよう。」
「そうだね。」
そうだ。期待させてはいけない。晋さんは今後人間に戻る可能性は……俺より低い。それでも、俺以上に、人間に戻りたいはずだ。これ以上期待させて、戻りたいと願わせてはいけない。ただ…………残された家族は、精々していない。心配している。そう伝えよう。