ホームシック
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「な、何これ!?泥棒!?泥棒に入られたの!?」
部屋の凄惨さに、葵は驚いていた。部屋は、半年前ルンとポロを連れて、慌てて出てきたままだ。
東京の住んでいたマンションは売る事にした。その手続きやら引っ越し準備やらで、今夜はここに泊まる事になった。葵と初めてのお泊まりドキドキ……とか言ってる場合じゃないほどの部屋の荒れようだ。あの二人にあちこちイタズラされてる……今さら気づくなんて……。どんだけいっぱいいっぱいだったんだ?
明日は引っ越し業者が来たり、晋さんの家族に会いに行ったり、大忙しだ。
「あ!そっちは……!!」
行かない方がいい。
そう言おうと思ったら…………
ガチャン!!と、キッチンで音がした。
「何!?トラップ!?」
「いや、それは……」
「紅葉君、これ、独特の防犯方法だね。割れたお皿の上に雑誌が乗ってるって気づかないで、素足でこれ蹴ったらアウトだね。」
葵がスリッパを履いていて良かった……。ルンが割った皿がそのままだった。狼の姿では片付けられず、そのままだった。
「ゴルフクラブがどうしてこんな所に……?これも防犯方法?犯人に武器渡すようなもんじゃない?」
いや、だから違うって。
廊下に落ちていたゴルフクラブに気がついた葵は、拾って持って来た。
「あ~そういえば、それ、メロン割りに……」
「メロン割り?!これでメロン割ってたの?」
「あ、いや、未遂だよ未遂!」
色々と説明が難しい。
「これ……血?」
「はぁ?!どれ?」
ゴルフの先に赤い何かがついていた。
「これ……………………朱肉?うわ~びっくりした。今、完全に事件に巻き込まれた!って思ったよ。」
それ何?殺人事件って事?
「ゴルフクラブ触っちゃった私が事件の容疑者になって……紅葉君は針で眠らされて、寝てる間に喋り出して事件の謎が解かれるのかと思った。」
ちょ……それ……
「必要な書類はこんなもんかな……。」
「本当にこれでいいの?本当は紅葉君はこっちで暮らしたいんじゃないの?」
「いいんだよ。住めば都。葵のいる所が俺の帰る所だから。」
自分で言ってて恥ずかしい……。そう言ってごまかしているけど、本当は…………俺もそのうち、晋さんみたいにずっと人間に戻らない時が来る。その時は……あの山に……
「コーヒー飲む?半年前のだけど。」
「大丈夫かな?」
「死にはしないと思う。」
葵は半年前のコーヒーの粉を持って来て、キッチンに戻ってコーヒーを入れた。
「全て謎が解けた!じっちゃんの名にかけて!じっちゃんの名、とかけまして~」
こらこら!探偵違いな上に、かける違い……。
「歯ブラシと解く~」
「その心は?」
「どちらも葉がつくでしょう?」
え?これかかってる?ありなの?確かに俺のじっちゃんの名前には葉がついてるけど……。
俺の微妙な反応に不満なのか、葵は割れた食器の入った段ボールを俺に渡しに来た。
「やっぱりルンとポロも連れて来れば良かった……。」
「まぁ、また今度、両家顔合わせの時にでも、ご両親に会わせられるよ。」
葵の両親には、ルンとポロの事も話した。本当の所どう思ったのかはわからないが、葵が大丈夫ならと言ってもらえた。
「そうじゃなくて…………落ち着かない。」
そう言って葵は家に電話をかけた。
電話には、まずは母さんが出たようだ。
「もしもし?あ、葵さん?こっちは大丈夫よ?二人は今寝る準備してる所。かわる?」
「あーちゃん!」
「ルン、ばーばといい子にしてる?ポロは大丈夫?」
ふと、思った。
「ルンは大丈夫。ポロにかわるね!」
「あーちゃん……僕……」
「うん、うん。私も寂しいよ。明日には帰るからね。」
多分、葵はホームシックにかかってるんだ。
「紅葉君?うん、いるよ?かわるね。」
そう言って俺に携帯を渡して来た。俺が二人と話をしていると、コーヒーの香りがしてきた。
電話を切ると、寂しさが少し残った。あの二人が未来へ帰ったら、こんな風に電話する事もできない。
俺が、ソファーに座ると、葵がコーヒーを持って来てくれた。
「ありがとう。」
「半年も寝かせたから美味しいと思う。」
「いや、絶対不味くなってるって。これ、ありがとう。」
そう言って葵に携帯を返した。
「どうしたの?紅葉君元気ないね。ホームシック?」
「それはそっちじゃないの?」
「バレた?」
葵はそう言って少し笑った。そして、自分コーヒーを持って隣に座った。
「ラーメン美味しかった~!ラーメン久しぶり~」
「ラーメンで良かったのか?せっかくならもっとイタリアンとかフレンチとか……」
葵と夕食に何がいいと訊いたら、即答でラーメンと答えた。それも、激辛ラーメン……。
「だって、田舎には美味しいラーメン屋なかなかないし、子供と一緒だと辛い物なかなか食べられないし……アジアン料理と迷ったけど、今日はなんか疲れたから激辛かな?と思って……。」
彼女なりのストレス発散だったらしい。
「あーあ。…………早く帰りたい。」
葵は正直に、本心を言葉にしていた。
「私ね、東京に来ていいことなかった。」
「そういえば、葵、高校卒業してどうしてた?東京なら大学とか専門学校とかあちこちに……」
「フリーター。なんとなーくバイトして、売れない役者の追っかけしてた。」
えぇええええ!初耳!!
「何だかふわふわしてたの。ただ、都会の波に流されて、ふわふわふわふわ漂ってた。」
「でも、あの家にはほとんど住んでないって……」
「お義父さんが来てからは……一人暮らししてた。狭~い部屋でね、窓の外から見えたのは、隣のビルと狭~い空。風も全然入って来ない。自由に見えて、檻みたいだなぁ……自分は一生ここにいるのかと思ったら嫌になって、新宿御苑に行ったの。」
そこでどうして新宿御苑……?
「空は広いけど、綺麗すぎて、まだ何か足りないな~って。思って、高尾山に行ったの。」
さらにアウトドアに……。
「気がついたら紅葉君の家にいた。」
話飛び過ぎ!!
「だから……都会はふわふわしそうで不安になる。ふわふわして、流されそうで怖い。」
「じゃあ、ゲームするか?」
「ゲーム?どんな?」
俺は葵を元気づけようとゲームを提案した。
「里梨家を思い出していくゲーム。思い付かなかったら負け。じゃあ、俺から、ルンとポロ。」
「お母さんと晋さんもね。」
「藤田のじっちゃん。」
「お気に入りの枕」
「それって葵、枕がかわると寝れないタイプ?」
「負け?もう負けなの?」
「えーと、じゃあ、ドジョ子」
二人で思い出しては言葉を並べた。
「星空。」
「川の大きな石。」
「ウシガエル。」
「あれ、本当に大きいの!」
「あれ?負け?負けか?」
「まだまだ。ヤモリ!」
やがて、眠くて少しうとうとしてきた。
「葵がふわふわしてたって聞いて、少し羨ましかった。何も気にせず、ふわふわしていられるって幸せだよ……」
「私はふわふわが嫌だったんだよ?」
「俺は少しはふわふわしたかった。」
眠い……。でも、せっかく二人きりなのに…………
「紅葉君、ふわふわしてる。」
「え?今?確かに無職だし。」
「そうじゃなくて、狼に戻ってるよ?」
ギャーーーー!!本当だ!!腹の毛ふわふわしてる!!なんでこのタイミング!?