川釣り
71
晋さん…………シュール!!リアルな熊が釣竿で魚釣りは、ファンシー通り越してシュール……。熊は多分、川に入って魚取るのが正解じゃない?いや、だからと言って川に入れとは言わないけど……まだ水冷たいし。
「ミミズ可愛いね~!」
餌のミミズを見てルンが言った。いやいや、この子達今から魚に食われるんだけど……そんなに愛でられると餌つけづらい。ルンは平気なんだな。葵はあんなに拒否していたのに……。
「女って難しいですね……。」
「男と女は別の生き物だからね。」
やっぱり大人な妻帯者は言う事が違うな~。……おかしい!!織部も大人の妻帯者なんだが……。
「晋さん、家庭があったんですね。」
「ああ、妻と……子供が1人。娘はもう高校生になったかな?娘が小さい時には、ここに連れて来た事もあったよ。」
晋さんはルンの方を見て言った。
「熊の姿から元に戻らなくて、東京に家族置いて、実家のある山に帰って来たんだ。」
俺と同じだ……!
「紅葉君、君はまだ人間の時間の方が長いだろう?でも僕は、この1年、1度も人間に戻っていないんだよ。」
一年も……。あの山に……?その話にゾッとした。
「君は今人生で一番幸せな時だよ。羨ましいね……。父親はオジサンになればなるほど家族の扱いが雑になるんだ。」
いや、それは何となくわかるけど、急に切ない話に……。
「ウザイ、キモい、クサイは当たり前、二人とも、僕がいなくなって精々してるよ。」
晋さんは釣竿を立てて、針を一度戻して、俺はその針にミミズをつけ直した。
「晋さん、もしかして、何も言わずこっちに来たんですか?」
「僕は何の前触れも無かったからね、身辺整理もできなかったよ。」
「いやいや!晋さんそれ蒸発って言うんですよ!?」
突然夫が、父親が消えたら……残された家族はどうしてるだろう……。
「晋さん、俺が葵とご家族に会って…………」
そう言いかけた瞬間、晋さんの竿に魚がかかった。
「来た!」
「来た~!?来たって魚来たの~!?」
「魚来た~!」
晋さんは小さな小魚を釣った。
俺が晋さんの針から魚を外すと、晋さんが言った。
「あ~やっぱり時期が早いから小さいね。」
「見せて!見せて!」
「僕も!僕も!」
ルンとポロは俺の手の魚に釘付けだった。
「これ、ヤマメですかね?」
「線がないから鮎かな?まだ小さいから戻してやろう。」
「えー!戻しちゃうの!?」
ルンはまた持ち帰ろうと言い出した。こうやって生き物が増えてくのか……。
「ダメダメ!家にはチビとドジョ子がいるだろ!?」
今やチビは立派な鶏になって、たくましく生きている。毎朝、若干早すぎる朝を知らせて鳴いている。ドジョ子はどっかの誰かさんと同じで、食欲旺盛だ。
晋さんがワガママを言うルンに言った。
「ルン、この魚はまだ若い。自由にしてあげよう。紅葉君、リリースして。」
「リリース?」
「お家に帰してあげるって事だよ。」
俺は鮎をそっと川に逃がした。
川に帰って行く小さな鮎を、みんなで見送った。鮎の姿が見えなくなると、二人はまた川遊びに戻って行った。
「こらこら。ジャバジャバすると魚が逃げる!」
そう言うと、二人は遠くの場所で遊び始めた。
しばらく、静かな無言が続いた。全然釣れない。釣れないはずだ。針に餌をつけるのを忘れた。
「日も落ちて来たし、もうそろそろ帰ります?」
「そうだね。」
「おーい!そろそろ帰るぞ~!?戻って来~い!」
釣竿の針を巻きながら、晋さんは言った。
「あの魚みたいに……若ければね、この機会にお願いする所だけど……必要とされてない人間に、それはもう必要ないよ。」
「必要とされてないなんて……」
そう言おうとした瞬間、ジャポーン!と音がして、後ろを見ると、ポロが滑って転んでいた。
「大丈夫か?ポロ!」
俺が竿を置いていると、晋さんもすぐに釣竿を置いて、ポロを抱き抱えて川から引き上げた。
「うぇええええ」
ポロは号泣していた。晋さんはポロの背中を優しくさすって川からあがった。
俺は晋さんの釣竿と自分の釣竿を持ってポロの元に来て言った。
「晋さん、やっぱり俺、東京行って晋さんの家族に会って来ます。そうさせて下さい。そうすれば、ご両親に挨拶に行くのも気が楽になりそうです。」
「君がそう言うなら…………でも、嫌な思いをさせるかもしれないよ?」
俺は笑って言った。
「その時は、また釣りに付き合ってくださいよ。」
「寒いよ~!!早く帰ろうよ~!」
気がつけばポロがぶるぶる震えていた。
「あ、そうだな!早く帰ろう!また熱出されたら困る!」
俺達は急いで帰った。
晋さんは優しい人だ。家族が探していないなんて事は…………ないと思う。ないと思いたい。そう信じたい。