カントリーベア
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「ギャーーーー!!」
俺が肥料を持って移動していると、家の方から母さんの叫び声が聞こえた。
「どうしたんだ?…………あ!!晋さん!!」
そう思っていたら、髪を振り乱した母さんが畑の方にやって来た。
「熊……熊が…………」
「あ、驚かせてごめん。母さん、あれは……」
「熊がコーヒー飲みながら新聞読んでたのよ!!」
晋さんコーヒー飲みながら新聞読んでたんだ……。
「母さん、あれは……」
「あれはカントリーベア?本物のカントリーベアが家の居間にいたのよ!!」
「晋さんカントリー歌わないから!」
母さんはパニックだった。パニックのせいで不可解な行動に出た。きっと、気が動転していたんだ。うん、きっとそうだ。
母さんは……押し入れからギターを持って来た。
母さんは恐る恐るギターを晋さんに渡していた。すると…………晋さんは熊の手で器用にギターの音を鳴らし始めた。ファ……ファンシー!なんて愛らしい!それは正に、リアルカントリーベアだった。
晋さんは器用にギターを引き始め、歌い出した。
「アォウ~!アォウ~!」
う、歌ってる!!熊が歌ってるよ!!
こうして、うちの母親は、晋さんのファンシーな熊の姿に心を鷲掴みにされた。
俺が苗植えに戻ると、母さんは作業服に着替えて、やって来た。
「懐かしいわね~!土の匂い。ほら、これ、さっさと終わらせるわよ!終わったら母さん、晋さんと遊ぶんだから!」
おいおい晋さんの事何だと思ってんの!?
母さんと作業をしていると、母さんが色々と訊いて来た。
「で?どうなの?葵さんとは?結婚するの?」
「はぁ?」
「だってあんた、高校の時から好きだったでしょ?だからOKしたんだもん。」
「何でだよ?」
何でみんなにバレてるんだ?
「やだ、バレバレよ~?だって、高校生の男子が捨て犬の写真捨てないで持ってる方が不自然じゃない?あれは捨て犬じゃなくて葵さんの写真だって誰だってわかるわよ~!」
高校の時、捨て犬の引き取り手を見つけるために、写真を配っていた。その写真には、子犬を2匹抱えた葵が映っていた。俺はその写真の、優しい横顔が好きだった。
「あんたは相手の気持ちが考えられる優しい子だけど、答えを人任せにする所あるから。それは優しさじゃなくて、丸投げって言うのよ?わかってる?」
「わかってるよ!」
「言うべき事、ちゃんと言わないと、葵さんだってもういい歳だし……。」
いや、だからわかってるって!なんで母親にプレッシャーかけられなきゃいけないんだよ?小言言いに帰って来たのか?
そこへ、ルンが帰って来た。
「紅葉~!ただいま~!ルンもこれ植える~!!」
ルンは二株の苗を両脇に抱えて持って来た。
「…………誰?」
母さんをまじまじと見てルンは言った。
「あ、えーと、俺の母さん。つまりはルンとポロの」
「ばーばだよ~!」
「ばーば!」
え?母さん孫にデレデレ!?意外なんですけど!!
「初めまして。ルンちゃん、ばーばだよ~!」
「はじめまして。ルンです。」
「葵さんから話は聞いてる。双子の姉弟なのよね?熱を出したのは男の子の方?」
きっと母さんは俺に聞きたい事だらけだろう。誰の子で、どこでどう育ったのか。
「うん。ポロはすぐ熱を出すの。昨日ドジョ子を捕まえるのに体が冷えたんだろうってあーちゃんが言ってた。だから、この苗は私が1人で植える事にしたの。」
1人で植えるって言ったって……。
「これ、どこに植えるんだ?」
「あーちゃんがね、白くて可愛いプランターに植えようって言ってた。プランター持って来る!」
そう言って、ルンは倉庫の方へ走って行った。
ルンを見送ると、俺達は作業に戻った。
「あんたも大人になったのね……。」
「それ成人式にも言ってた。あれから10年経ってるんだけど?十分すぎるほど大人だよ。」
「あんたが人の親なんてねぇ……。」
母さんは信じられないという素振りを見せた。
「よし。こんなもんかしらね。あんた、さっきから何ポケットに入れてるの?」
「ああ、これ。ミミズ。川釣りの餌にしようかと思って。ルンとポロと釣りする約束したんだ。」
「そう。良かった。なかなか可愛がってるじゃない。」
そう言って、母さんは微笑んだ。それはきっと…………父はなかなか子供を可愛がる人じゃなかったから。今思えば、不器用な人だったのかもしれない。
庭には、シロツメクサの花が揺れていた。