言葉の凶器
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ふと目が覚めて、壁に飾られていたカレンダーが、カーテンから漏れた月明かりに照らされていた。
ああ、今、俗に言うゴールデンウィークだ。人間の姿をしていたら、葵と子供達を連れてどこか旅行にでも行けたのに……。だからあの二人、ここに来たのか。それにしても、もっとマシな旅行先を選べばいいものを……。
そう思っていると、2階から物音がした。葵の部屋だ……。行ってみよう!
俺が葵の部屋に入ると、葵は吉野に襲われていた。
「止めろ!吉野!!」
そうだ。吉野は酒に酔うと誰構わず襲う癖がある。本当に誰構わずだ。女だろうが男だろうが、関係無しに。
「痛っ!何だこの犬!」
俺が吉野の脚に噛みつくと、吉野は俺の首を捕んで離そうとした。それでも俺は離さなかった。すると、吉野は俺を蹴り飛ばした。そして、続けて何度も繰り返し蹴った。
「止めて!紅葉君を蹴るのはもう止めて!!」
「え?!……は?先輩?何でここに?」
「いってーな……吉野……。」
俺はこのタイミングで人間に戻った。この際、吉野にバレようがどうでもいい。俺は頭に来ていた。
「お前、よくも葵を…………」
俺が吉野を掴みかかった瞬間、ドアが開く音がした。
そこには、宮本さんが立っていた。
「どうして……?さっきの犬はどこ?さっき、ここに入って行った犬……どうしてここに里梨君が?」
「紅葉君、とにかく何か着て。」
俺は混乱した吉野を1階に降ろして、そこら辺にあった携帯の充電コードで吉野の腕を縛った。そして、子供部屋に着替えを取りに行くと、子供達を起こしてしまった。
「紅葉?人間に戻ったの?」
「ごめん。起こしたか?何でもない。寝てていいぞ。」
そう言って、俺は服を着て、電気のついていた台所へ行った。そこで、宮本さんと葵が話をしていた。
「里梨君に……こんな秘密があったなんて……。」
「少し落ち着いて下さい。お茶入れますから。」
俺は思わず足が止まった。
「これが落ち着いていられる?あなた知ってたの?知ってたから落ち着いていられるの?」
宮本さんが混乱するのは仕方がない。
「里梨君の正体がわかっても、本当に結婚したい?あなた、あの化け物の子供を産む事になるのよ?」
宮本さんの言葉は凶器のように、俺の胸を潰して来た。
葵が宮本さんに平手打ちをした。
「紅葉君の事を化け物だなんて言わないで!!」
葵…………でも、人は本当の事を言われると……キツイ。……そして、何だか…………笑える。
そうだ…………。俺は…………化け物だ。
俺が暗闇の中、廊下で頭を抱えていると、何かがそっと触れて来た。その手は小さく柔らかい。…………ルン?
「ねぇ、私達……化け物の子供なの?」
「ルン…………違う!違うよ!!」
俺の大きな声に気がついた葵が廊下の電気をつけた。
「ルン…………?起きちゃったの?ごめんね。」
「あーちゃん、あーちゃん、私達、本当にあーちゃんの子供なの。」
無駄だ。今、そんな事言っても何もならない。俺が化け物なのは変わらない。ルンやポロが化け物の子なのは…………何も変わらない。
「うんうん。もう遅いから寝ようね。今日は一緒に寝ようか?」
そう言って葵はルンを抱き抱えた。葵は震えていた。ルンが重いのか、平手打ちしたからなのか、俺の正体がバレたからなのか、何が原因かわからない。でも、ルンの背中をさするその手は、震えていた。
「ポロはどこ?あーちゃん、ポロがいない!!」
ポロが…………いなくなった。
「探して来る!」
「警察に……」
「俺がそこら辺探して来るから、帰って来て見つからなかったら連絡しよう。」
もう時間も遅い。警察なんて何分後に来るかわからないくらい田舎なんだ。自力で探すしかない。
「私も……」
「葵はルンといてやってくれ。」
「おーい!ポロ~!どこだ?」
学校も、遊び場の川も野原も、ポロが行きそうな所は全部探した。それでもいない。
どこだ…………?ポロ…………!!
思い当たる所と言ったら、もう、山しかなかった。夜の山になんか入りたくない。だけど、ポロの命がかかってるんだ。行くしかない!!
俺は走った。里山を走り回った。