種植え
52
入学式に、思いがけず想いが伝わってしまった。
伝えようとした事が、なかなか伝わらなかったり、伝えようとしない事が伝わったり、伝えるという事は、難しい事なんだと思い知らされた。
狼の姿の親父を埋葬した日の夜、久しぶりに母さんに電話をした。
「もしもし?俺、俺だよ。」
「紅葉?アンタ、電話口の文句が詐欺みたいよ?アンタ本当に紅葉?」
ちょっ!母さん!
「いや、本当に紅葉だって。母さんに色々聞きたい事があるんだ。」
「お金ならないわよ~?」
「だから詐欺じゃないから!」
話が全然進まない!!
「母さんは知ってたの?親父の正体。」
母さんはそれを聞いて少し黙った。
「もしかして、あんた…………もう、その正体になったとかじゃないよね?」
「やっぱり……」
「それなら、養生しなさい。無理はしないでしっかり休みなさい。」
それは………どうゆう意味だ?
「お父さん、5年くらい前かな?突然家に帰らなくなって、時が経つにつれて、失踪する時間が長くなったから、アタシ、離婚するって言ったのよ。そうしたら、狼の姿から戻らないってお父さんから話があったのよ……。」
待て…………それは…………今の俺の状態じゃないのか…………?
母さんがこの山から離れたのは………きっと、弱ってゆく狼の姿を見たくなかったからだ……。
「冷たいと思うでしょ?でもね、お父さんが行けって言ったの。若葉の所、台湾へ行ってろって。なんかやましい事でもあるのかしらね~?」
逆か……。父さんが母さんに見せたくなかったんだ……。
「父さん、山でみつけたよ……。今日、山に埋葬してきた。」
「…………そう……。」
母さんは、その一言だけを絞り出すと、声をつまらせた。
「…………。」
しばらく、沈黙の間が開いて、母さんが言った。
「近々一旦そっちに戻るわ。葵さんによろしく言って。じゃあね、お休み。」
そう言うと、電話は一方的に切られた。
5年…………そう、余命宣告をされた気分だった。これからもっともっと葵の側にはいられなくなる。そう思うと、いてもたってもいられず、葵に会いたくなった。
「どうしたの?」
ああ…………葵だ。葵はコーヒーを入れてくれていた。
「良かった。ちょうどお茶しようと思ってたの。これ、ルンとポロと一緒に作ったクッキー………」
葵が喋り終わる前に、葵を抱き締めた。
「ちょ、どうしたの?」
「ごめん……。」
時計を見て誤魔化した。
「今日はエイプリルフールだから……。」
「嘘………紅葉君、嘘つくの?」
俺は…………嘘つきだ。いつも側にいるのに、すぐ側にいるのに、犬のふりをして、葵を騙している。
「本当の事を言う。葵……俺…………狼人間なんだ。」
「へ?はぁ?」
葵は思わず声が裏返ってしまった。
「はぁ……。」
そして、俺は少し深呼吸をして言った。
「多分、あと5年もすれば、狼の姿のまま戻らず、山で死ぬ……。」
「…………。」
葵は困惑して、何も言えない様子だった。そして、しばらく考えて、ようやく口を開いた。
「あの……紅葉君、許せる嘘と、許せない嘘があると思うの。狼人間は許す。でも…………5年もすれば死ぬ。それは許せない。許せないから……。」
「…………ごめん……。」
「どこか体調悪いの?どこか心配?それとも、心細いの?寂しいの?大丈夫?」
葵は、俺の顔を見て、こんなにも心配してくる。顔を見るだけで…………こんなにも伝わる事があるんだ……。やっぱり、俺はずっと顔を合わせていたい。
葵の入れてくれたコーヒーが……少しづつ冷めていくのがわかった。
時が経つのが…………恐ろしく早く感じた。
もう、あっという間に、苗作りの季節だった。みんなで種まきの手伝いをした。葵が塩で洗ったモミを俺が熱消毒して、土を入れておいたセルトレーに、みんなでモミを入れる作業をした。
「一部屋に3粒くらい入れてね。」
「はーい!」
この地味な作業を子供達は意外にも根気よくやっていた。
「ネックレス、本当にありがとう。いつ買ったの?この前いなくなった時?」
作業をしながら、葵が話を始めた。
「あー、それは、この前地域の水路掃除あったじゃん?あ、ネックレスの話詳しく聞きたい?」
「ルン、聞きたい!」
ポロは僕も!とは言わず、熱中していた。
「う~ん、じゃ聞こうかな?」
「あの後、たまたまホームセンター行く用事があって、その途中にジュエリーショップがあったから、チャンスだと思って寄ったら、作業着でめちゃくちゃ恥ずかしかった。」
「あははははは!」
葵とルンは笑った。
「んで、出て来た店員さんがめちゃくちゃおばあちゃんで、勧めてくる宝石が玉虫色してた。あ、玉虫色の方が良かった?」
「あははははは!それだと、虫に熱狂的な子供にモテそうだね。」
「玉虫色は嫌~!」
葵は、だんだん作業の手が止まって話を聞いていた。
「どんな服にも合う、シンプルなやつくださいって言ったら、あれになった。宝石1つだけだと寂しいか?」
「うんん。全然寂しくないよ。ありがとう。あれは、特別な1つだね。紅葉君がくれくれる物は、いつも特別だもん。…………嬉しい。」
特別な物も特別じゃないものも…………全部差し出してもいい。
だから、ずっと葵の側にいたい。