表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/105

春の香り


49


決死の覚悟で、葵をデートに誘った。梅の花を見に行こう!と、誘ったのに…………気付けはもう桜の季節になっていた。山は春の香りでいっぱいだった。


「ごめん。本当は満開の梅の花を見に行くつもりだったのに……。」

俺が狼の姿でいた2週間の間に、見頃は終わってしまった。申し訳ない……。

「うんん。誘ってくれてありがとう。」

葵はそう言ってくれたけど、俺は正直、山には来たくは無かった。狼の姿の父親に出くわしたく無かったし、自分の死に場所みたいで嫌だった。

「桜の花も少し咲いてるし、どっちも見れて良かった。」

葵は気を使ってそう言ってくれた。でも、どっちも微妙に見れただけだ。


それより、二人で山に花を見に行くって……老後の夫婦かっつーの!もっと誘うべき所があるだろ!?夜景の見える場所とか、どこそこ?オシャレなレストランとか、どこにある?


「…………。」

二人きりだと…………何を話していいかわからなかった。今更、ご趣味は?なんて訊けないし……。


結局、俺達は子供経由でしか、繋がってないのかもしれない。


「あの……あのね……私、考えたんだけど、あの二人、未来から来たんじゃないのかな?」

「え…………?」

「おかしいよね。おかしい事言ってるってわかってるんだけど……。」

葵は携帯の画面を差し出して言った。

「これ、見てみて。」

俺は、携帯を受けとる手が震えた。


本当は、薄々気づいていた。玄関しか映っていない写真は、あの写真は…………ルンとポロだけが映っていない。

「あの二人だけ……映ってない……。」

葵の携帯には卒園式の写真が何枚も何枚も入っていた。

「二人の卒園式なのに、二人だけ映ってない。そんなの……おかしいよね……?」

そのどの写真にも、ルンとポロは映っていない。気味の悪いこの写真を見て、葵は…………どうしてそんな風に平気でいられるんだ?


「前から思ってたんだけど、二人に教えたつもりのない事知ってるから、きっと紅葉君から聞いたんだろうな~って思ってたんだけど…………紅葉君知らなかったよね?私、ミカン苦手だって……。」

え…………?

「その事、子供達は知ってた。だからルンは、冷凍ミカン代わりに食べようとしてくれたみたい。あ、でも、本当に冷凍ミカンは美味しかったよ?」

そんな風に…………無理するなよ。

「あ、別に、あの二人が幻でも、人間じゃ無くてもいいの。ただ……写真や動画で撮ったのに、二人に見せてあげられないな……って……。……見せるって……約束したのに……。」

そう言って、葵は泣いていた。


昨日の玄関のあれは………この事に気がついたせいか………。当たり前だ。撮った写真くらいすぐに確認する。きっと……何度撮っても、映らない子供達に驚愕したはずだ。葵の携帯には、何でもない写真が大量に入っていた。


「紅葉君は幻じゃないよね?人間じゃないなんて事ないよね?」

「…………。」

俺は…………今まで、写真を撮って映らなかった、なんて事は一度もない。だから、幻って事はないと思う。だけど……人間じゃないは否定できない。


「あーちゃん!紅葉~!どこ~?」

「あ、あの二人、こっちに来ちゃったんだ!」

ルンの声に、葵は涙をふきながら、山の入り口の方へ向かった。

「二人だけで山に来ちゃいけないって……」

「見て見て!イチゴ見つけたよ~!」

ルンは葵にヘビイチゴを見せていた。

「ルン、残念だけど、それは食べられないよ?」

「えー!美味しそうだから、みんなで食べようと思ってたのにー!」


ルンはがっかりしていた。それを見た葵が言った。

「あ、でも、フキノトウは食べられるよ。採って帰ろうか?手伝ってくれる?」

「うん!」

「僕も~!」

そう言って、みんなで山菜取りを始めた。


俺が離れた所でその様子を見ていると、二人は目の前に来て、片手づつ掴んで葵の所まで引っ張って行った。

「あーちゃん!紅葉も連れて来たよ!」

「紅葉も手伝ってよ!」


触れれば、ちゃんとここにいると確認できる。声を聞けば、ちゃんとここにいると確認できる。


それが、偽りの事実だとしても、今は、ここにあるものが真実だ。そう、信じようと決めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ