卒園
47
結局、次に人間の姿に戻ったのは、ルンとポロの卒園式が終わってからだった。
俺はこっそり窓から保育園を覗くと、卒園式の最中だった。葵は二人の姿に涙ぐんでいた。とうとう俺は、二人の大事な日に、人間に戻る事ができなかった。きっと、これからも、こんな事が続く……。
「あー!紅葉!やっぱり紅葉も見に着てくれたんだ!!」
ルンに見つかった。ルンは外に出て俺の所に来た。すると、卒園式を終えて、外に出て来た子供達が寄って来た。
あ、やめて!しっぽ掴まないで!おい、誰だよ。背中に乗ってるのは!てか何人乗るつもりだよ!重い!!潰れる!潰れる~!
「みんな、ストーップ!ワンちゃんが怖がってるからもう止めてあげてね~!」
俺は葵の後ろに隠れた。子供コワイよぉ……。
すると、葵は織部に話かけられていた。
「伊沢さん、里梨は?」
「えっと、今日は私だけなの……。」
「なんだ~!俺は謝恩会行かないから一緒に飲もうと思ってたのに……。」
卒園式の後は、確か子供と親で謝恩会に行くって言ってたな……。織部は行かないのか。
「あ、織部君、もし時間あるなら、この子を家に連れて行ってくれないかな?」
葵は少し横にずれて、後ろにいた俺を織部に見せた。
「OK!任せろ!」
こうして俺は狼の姿で織部と保育園を後にした。
織部は保育園の隣の神社を通りかかると、神社の前で足を止めた。そして、二礼二拍手一礼の挨拶をした。
「今日卒園した子達は、もう、こうやって毎日毎日、朝晩お参りすることもないんだな。」
ここに通う園児は、必ずと言っていいほど神社の前を通る。俺も子供の頃は朝晩、必ずここで挨拶して登園していた。俺も手は合わせられないが、神頼みしとくか……。
「早く人間に戻れますように。」
「え?お前、人間じゃないの?」
「え?は?何言ってんだ?織部……」
人間に………戻っていた。俺は思わず神社に向かって言っていた。
「神様ありがとう!」
「ありがとうじゃねーだろ。里梨、服どうした!?」
「お前、車だよな?家まで送れ!今は何も訊かず、今すぐだ!」
俺は織部の車に乗って、徒歩5分の距離を後部座席の足元で丸くなって移動した。
家に着くと、急いで服を着た。すると、車を家の後ろの方の駐車場に止めて来た織部が家の方に来た。
「悪かった。まぁ、入れ。」
「あ、ああ。」
織部は居間にあがって、こたつに入って呆けていた。
「ビールあった。飲むつもりで来たなら、迎えに来てもらえるんだろ?」
「おう。サンキュー。」
そう言って二人でビールを開けて、乾杯した。
ビールで一息ついて、織部が口を開いた。
「で、里梨はいわゆる……なんつーの?犬?」
「狼だ。」
「狼男って………月見てああなったのか?スゲー!」
スゲーじゃねーだろ!
「あの姿なら、風呂覗き放題じゃん!あ、もしかしてもう伊沢さんの裸見た?見たか?いや、もうとっくに見てるか!」
いやいやいや!見てない!あんまり、ほとんど、いや、全然見てない!見てないから!まぁ、俺を洗っていて、ついでに入る事はあるけど………頭が熱い。いや、これは久しぶりの酒がまわってるせいで……。
「な~に思い出してんだよ!ずりーな里梨!」
「ずるいって何だよ!既婚者が何言ってんだよ!」
「何ムキになってんだよ?」
ムキにもなるわ!今の今まで、一度もそんな事考えた事が無かった!軽くカルチャーショックだ!天変地異だ!俺…………本当に男か!?
「あ、それとも何か?人間の女じゃ欲情しない?」
「んな訳あるか!」
すかさずそこをいじってくるお前……さすがだな……。織部は携帯でメスの狼の画像を検索して見せて来た。
「どうよ?イケてるねーちゃんか?」
「いや……全然?」
どっからどう見てもただの狼にしか見えない。そもそも写真だけで雄か雌かの区別さえつかない。
「俺はこっちの毛の色の子の方がイケてると思うんだけど……」
「お前狼もイケるの?メスだったら何でもいいのかよ。」
「うーん…………俺には無理だな。」
そこ、一応考えるんだな。いや、考えるまでもないだろ?
思いがけず織部にバレたけど……織部はいつもと変わらず俺と接してくれた。恐怖も嫌悪感もなく……。
「え、じゃあ里梨、お前、俺の事美味しそうに見えてたわけ?」
「はぁ?人なんか食うかよ!それに、たとえ餓死しそうでも、お前だけは食いたくない!」
「何でだよ!見ろ。俺のこの腹の脂肪。絶対刺しが入っててうまいぞ?」
織部は腹を出して見せて来た。
「腹をしまえ!なんで自分から売り込んでんだよ!」
酒が飲める歳になってから、こんな風に楽しい酒を飲んだのは始めてだった。
こんな風に、葵も受け入れてくれるだろうか……?笑って、受け入れてくれるだろうか?
織部のおかげで、少し希望が持てた。