梅の咲く季節
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雪の残る道は、保育園への道が、なかなか進まない。だいぶ雪もなくなって来たけど……路肩にはまだまだ雪が残っていた。その雪を蹴ったり登ったり、ルンとポロの二人はなかなか前へ進まない。
この前、勢いでああなったものの……迷っていた。葵の事は好きだ。でも、この先一緒にいて、葵を幸せにできる自信は…………正直あまりない。狼になれば、必ず心配をかけたり、苦労をかける事になる。しかも無職で子持ち……。葵にとっては、他の誰かと結婚して幸せに暮らした方が…………他の誰かって誰だよ!…………そう考えると、胸がざわついた。
そんな事を考えて眠ったら、次の日の朝、気がつけば狼の姿になっていた。
「あ、今日は卒園式の練習があるんだった!あーちゃん、早く行こう!」
いやいや、遊んでたのはそっちだよね?
「あ!待って!ルン、ちゃんと白い線の外側歩いて!」
葵はどんどん先へ行ってしまうルンにそう伝えると、今度は後ろのポロを呼んだ。
「ポロ~!行くよ~?ルン!車来るから1人で先に行かないで!」
「ほら、俺の背中に乗せてやるから、早くしろ。」
こうゆう時、性格の違う双子は大変だな。こんな二人が4月から小学生になるのか…………大丈夫か?
「モフモフ~!」
モフモフじゃない!ちゃんと歩け~!
保育園へ行くと、ちょうど堀田がよし坊を預けに来ていた。
「おはよー!サチ、仕事行く時間まで家でお茶しない?」
堀田はそのままウチにお茶をしに来ていた。俺は耳を立てて隣の玄関に座って、静かに二人の話を聞いていた。
「は?キス?」
「そう…………うわ~何だか恥ずかしい!!」
「ちょっと待て。あんたら中坊なの?もう三十路だろ?三十路過ぎだろ?恥ずかしいとか言ってる年じゃないよ!早く子供作れ!」
いやいや堀田、そんな急に段階飛ばせないから!
「子供を産む事を考えると、結婚も考えるけど……。」
「何?何が問題なの?酒?女?ギャンブル?趣味?稼ぎ?姑?」
堀田、お前のそのハッキリした所嫌いじゃない。だけど……この女子トーク、聞いてて怖ぇええ……。
「どれも当てはまらないよ。紅葉君、無職だけど、農業の方手伝ってもらって、かなり助かってるし。それに、紅葉君にネットで無農薬野菜売ろうって提案されて、売り出してから収入も比較的安定してるし……」
「じゃあ、何が問題なの?」
葵は少し迷って言った。
「突然、いなくなるの。」
まあ、いなくなってはいないんだけどね……。
「でも、帰って来るんでしょ?」
「うん。長くて1ヶ月、短くて1日くらいかな?」
「それは……ちゃんと話し合ってみた方がいいよ。理由次第では、私がしばきに行くから。」
ちょ、ちょと!狼になる~なんて言ったら…………確実にしばかれる!!
葵はため息をついて言った。
「あーあ。相手を好きってだけで、結婚ってできないんだね……。
「そりゃそうでしょ!結婚は契約だよ?必須条件をできるだけ揃えてするのが普通でしょ?」
それはまた極端な意見だな……。
「なんか、想いが伝わって嬉しい反面、子供のために私の事好きになったのかな?とか……ネガティブ思考の自分もいるんだよね……。」
「はあ?言っとくけど、里梨は高校の時から葵の事好きだったけど?」
っ!!ば、バレてた…………!!
「それに、子供は可愛がってるんでしょ?」
「うん、家にいるときはよく面倒見てる。少し過保護ってくらい心配してるし。」
「だったら、可愛い自分の子を任せられるほど信頼されてるって事じゃないの?それは、結婚に値する理由にはならない?そのうちプロポーズされるんじゃない?」
堀田!止めてー!そのプレッシャー止めてー!!
「でも、プロポーズなんて…………なんて…………」
っぽいもの…………した記憶がある。
「でもでも、だって私達、デートさえしたこともないし。」
「すればいいじゃん。」
「どこで!?大自然しかないこのド田舎のどこで!?」
いや……そのド田舎に、好き好んで住んでるのは貴女ですよね?
「まぁ、うちはド田舎でやること無いからでき婚したんだけどね。」
「でも、サチは幸せなんでしょ?」
「そりゃあ幸せだよ?だけど、いい事ばっかりじゃないよ?旦那の稼ぎ少ないから私も働かなきゃいけないし。」
嫌だなぁ……。主婦のガチの愚痴を聞かされるのか……。そう思っていた。
「でも、仕事で疲れて帰った時に、家に灯りが見えて、お風呂から旦那と子供の笑い声が聞こえて来ると、なんか幸せだなぁって思う。」
「それは私も思う~!」
「あとは、あれだね。冠婚葬祭の帰り。アレなんか帰り道しんみりするじゃん?そんな時、家族が出迎えてくれくれるとホッとするよね。」
全然…………愚痴じゃねーじゃん。
「私もルンとポロが出迎えてくれるとホッとするよ~。」
「あれ?もしかして葵、里梨いらないんじゃない?」
ええっ!!そ、そんな!!
「独身の友達みんな言うよ?旦那はいらないけど子供欲しいって。良かったね~葵~。」
えぇええええええ~!!
「いやいや、私、旦那いらないとか言ってないから!」
葵~!良かった……!!今一瞬、捨て犬になった気分だった。
いつの間にか、二人の会話は夕飯の献立になっていた。
「今日はひな祭りだからちらし寿司かな~」
「あー!そっち女の子がいるのか~!うちは男しかいないから、ひな祭りとは縁がないんだよ~。あ、じゃあ、ルン、今年七五三じゃない?」
七五三…………!?あ、七歳か!
「お参りは保育園の隣の神社行くとして、お着物どうしよう!」
こうして考えると、毎日家事こなして、仕事して、子供の世話して、イベントの準備まで…………母親は凄いな……。そりゃ頭が上がらないよ。
俺は…………こんな姿でのんびりしていいのか?
最近、体の変化に慣れて、あんまり考えないようにしていたけど……人間に戻らない焦りや、二度と戻らない可能性の恐怖は、やっぱり消えない。
「これ、桃の花?」
「あ、これは梅の花だよ?隣のおばあちゃんがくれたの。」
もう、梅の花が咲く季節か……。