かまくら
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葵の話というのは、ランドセルの事だった。大きな買い物は相談したいとの事だった。結局、雪で遠出するのは大変だからと、入学式に間に合うように、ネットで注文した。
「かまくら……狭いね。」
「やっぱり大人二人は……」
何も相談を、かまくらの中でしなくても……。
子供達を寝かしつけた後、葵がかまくらに入りたいと言い出したから、中の壁に窪みを作って小さなキャンドルを置いた。足元にもキャンドルを置いて、明かりを確保すると、何だか幻想的だった。
「この年になって、かまくら入りたいとかちょっと恥ずかしいんだけど、何だか……いいね。落ち着く。」
「床、冷たくないか?」
「段ボール重ねたから平気だよ。」
葵はポットからコーヒーを2つのカップに注いだ。カップから、湯気が溢れていた。その1つを俺に渡してくれた。
「ありがとう。」
中は寒くはない。でも、温かいカップを持つと、何だかホッとして気が緩む感じがした。
昼間みたいに、変な事を口走らないように気をつけよう。
「ランドセル、色決めるの大変だったんだよ?ルンは白がいいって言ってて、ポロは何色って言ったと思う?」
「うーん。ポロなら金とか?」
白はありそうだけど、金は無しだな……。
「玉虫色だって……。」
た、玉虫色は…………悪趣味!!
「黒がカブトムシみたいで格好いいよ~って説得して、なんとか黒になったの。」
格好いい=虫…………その発想は確かにポロらしい。
「葵のそうゆう所、尊敬する。俺だったら全然そんな風に説得できないと思う。」
「全然、そんなの凄くないよ。紅葉君こそ、こんなにしっかりしたかまくら作れて凄いよ!」
雪遊びが得意でも、何の役にも立たないけど……それでも、褒められたら嬉しい。
「ルンとポロが凄く喜んでたね。そり滑りも楽しかったって話してくれたよ?」
「じゃあ、葵も一緒に滑るか?」
「本当に?そり壊れたりしない?」
一瞬考えた…………。
「壊れ…………ない?かな?」
「何で疑問符つけるの?もぉ!」
葵が肩で俺の肩を押した。持っていたコーヒーが少しこぼれた。
「熱っ!」
「あ、ごめん!」
葵は慌ててポットに乗っていたお手拭きで、俺の手を拭いてくれた。
「あはははは!大丈夫だよ。そんなにかかってない。それよりここ、狭いから。」
「気をつけるね。」
そう言って少し二人で笑った。
「なんか、紅葉君は何でも器用にこなしていくから山とかでサバイバルできそうだよね。」
「え、サバイバルとか嫌だよ。できれば都会で普通に暮らしたい。」
また、口が滑った……。
「そっか……だから、ここは嫌で、都会に行っちゃうんだね……。」
「違う!別にここが嫌で消える訳じゃない。できるなら、ずっとここにいたいと思ってるよ!」
「本当?ずっと……ここに?」
葵の側に、ずっといたい。そう、口走りそうになった。
「あ…………雪……。」
どうりで寒い訳だ。また、雪が降って来た。
かまくらの中から二人で肩を並べて雪を見ていると、葵の口からこんな言葉がこぼれ出た。
「好き…………。」
「え…………?」
「…………雪。」
あ、そっちか。一瞬ドキッとした自分が恥ずかしい。
「紅葉君は?」
「…………好きだよ。」
そう言った時、葵と目が合った。
しばらく見つめ合っていたら、なんとなく、葵とキスがしたいと思った。そして、葵のほうへ顔を近づけると…………先に葵にキスされた。
それは…………フライングってやつ?
……………………反則だ。
葵と初めてのキスは、苦くて甘いコーヒーの味がした。