お汁粉
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縁側のある廊下は、日の光がたっぷり入って、暖房がいらないくらい暖かかった。
台所の方で、葵の声が聞こえた。
「ルン、ポロ、二人に座布団持って行ってくれる?」
「はーい!」
二人の返事の後、すぐに座布団を持った二人がやって来た。
「座布団どうぞ。」
「お、悪いな。」
そう言って藤田のじいさんは少し腰をあげて、ルンから手渡された座布団を下に敷いた。
「ここ、暖かいね。二人で日向ぼっこするの?ルンもする。」
そう言ってルンは普通に藤田のじいさんの膝に座った。
「おい、ルン……。」
「いい、いい。紅坊の子か?」
俺がポロを呼んで、二人を紹介すると、藤田のじいさんは嬉しそうに言っていた。
「子供は宝だな。」
そんな藤田のじいさんに、ポロは恥ずかしがって、俺の後ろから出て来なかった。
「あ、藤田のじいさん、二人にお年玉ありがとうございます。」
「いい、いい。そんな堅苦しいのはいい。そっちの坊の方がなぁ、ちっせぇ頃のお前にそっくりで……懐かしくなったわ。」
俺のはじめてのおつかいも、藤田のじいさんのあんこ屋だった。小さい頃は、俺もポロみたいに泣き虫で、お金を渡す手が震えた。そんな記憶がある。
「ここからの景色も懐かしいわ……。」
ここからは、近くの山々が見渡せる。
「お前の親父ともよくここで飲んだなぁ……。」
藤田のじいさんは俺のじいさんの親友だったらしい。じいさんが亡くなってからは、親父とよくここで飲んでいた。
そこへ葵が酒とお猪口とつまみを持って来た。
「おつまみ、こんなものしか無くてすみません。」
おつまみは、お裾分けした焼豚と同じだった。
「いい、いい。出してもらえるだけありがたい。あ、そうだ。これ、冷凍庫置いといたこしあんだ。もう作らねぇから、最後のやつ。食べてくれ。」
「いただいていいんですか?」
「あんこ!」
ルンは藤田のじいさんが開けたあんこを見て興奮した。そこには、薄く小豆色をした、白いこしあんが入っていた。
「ポロ~!ポロ~!あんこだよ!」
「綺麗なこしあん……。ありがたくちょうだいします。」
葵はそう言ってこしあんを受け取った。
「坊があんまりがっかりした顔をしてたから…………まあ、食わせてやってくれ。」
ポロは俺の後ろから出て来て、目を輝かせてこしあんを見ていた。
「ありがとうございます。じゃ、お汁粉にしていただこうか?」
「うん!ルン手伝う!」
「僕も!僕も!」
そう言って三人は台所へ行った。
俺と藤田のじいさんは小さなお猪口を合わせて乾杯をした。久しぶりに飲んだ日本酒は、辛口で美味しい酒だった。
「藤田のじいさん、ありがとう。二人に、じいさんのこしあん食べさせたかったんだ。めちゃくちゃ旨いって話したら二人で買いに行くって言い出して……もう、作ってないとは知らなくて……。」
「俺ももうこんな歳だ。力仕事はもうえらい。跡継ぎもおらんしな。」
「そっか……。」
静かな時間が流れた。台所の方で、三人が嬉しそうにお汁粉を作っていた。
「お砂糖、これくらい?もっと?」
「味見する?」
「僕も!僕も!」
すると、藤田のじいさんが少し酒を飲んで、口を開いた。
「紅坊、お前、いくつになった?」
「じいさん、もう坊って歳じゃないよ。今年で31。」
「ほうか……もう31になるだか。」
藤田のじいさんはそう言うと、また山の方を見た。
「もう、狼にはなったか……?」
え…………?
「紅坊が戻って来たって聞いた時から、そうじゃねぇかと思ってたんだ。」
「じいさん、それ、知ってたの?」
「おお、お前のじいさんも親父もそうだからな。」
もしかして、ここの地域のみんなは知ってる?
「心配すんな。知ってるのは俺だけだ。俺も誰かに言うつもりもねぇ。」
藤田のじいさんだけなのか……。
「この前、山で狼を見かけてな。緑葉の名前を呼んだら、近くに来た。」
それは……緑葉、親父の名前だった。
「親父は母さんと台湾にいるんじゃ……。」
「母ちゃんから聞いてねぇか。親父さんいなくなったって。」
やっと、何故葵が雇われるようにここにいるのかわかった。母さんは、消えた父さんの帰る場所を、残しておきたかったんだ……。
じゃあ……じゃあ…………俺もいつか、狼の姿のまま人間に戻らず、あの山に行く事になるのか……?
親父や、じいさんのように…………。
そう思うと…………絶望感しか無かった。
「紅坊…………お前……。」
藤田のじいさんは酒を飲む手を一瞬止めた。そして、酒を一気に飲み干した。
「そろそろ冷えて来るな。そろそろおいとまするか。」
気づけば、日が傾いて来ていた。
藤田のじいさんは立ち上がると、俺の頭に手を置いて言った。
「心配すんな。お前は1人じゃねぇ。支えてくれる人がいるじゃねぇか。」
それは…………葵の事?
「お母ちゃんを大事にしてやれよ。」
それも…………葵の事?
「じゃあな。またな。紅坊。」
そう言って、藤田のじいさんは玄関へ行った。
「お母ちゃん、帰るよ。ごちそうさん!」
「おじいさんもうお帰りになるんですか?ちょうどお汁粉できあがった所なのに……。あれ?紅葉君は?」
「それはそっちで食ってくれ。じゃ、あんがとさん。」
そう言って藤田のじいさんは帰って行った。
「紅葉~!フサフサ~!」
ルンとポロは俺の姿に気がついて、抱きついて来た。
ちょ…………口にあんこついてるから!毛にあんこつくから!