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お汁粉


41


縁側のある廊下は、日の光がたっぷり入って、暖房がいらないくらい暖かかった。


台所の方で、葵の声が聞こえた。

「ルン、ポロ、二人に座布団持って行ってくれる?」

「はーい!」

二人の返事の後、すぐに座布団を持った二人がやって来た。

「座布団どうぞ。」

「お、悪いな。」

そう言って藤田のじいさんは少し腰をあげて、ルンから手渡された座布団を下に敷いた。


「ここ、暖かいね。二人で日向ぼっこするの?ルンもする。」

そう言ってルンは普通に藤田のじいさんの膝に座った。

「おい、ルン……。」

「いい、いい。紅坊の子か?」

俺がポロを呼んで、二人を紹介すると、藤田のじいさんは嬉しそうに言っていた。

「子供は宝だな。」

そんな藤田のじいさんに、ポロは恥ずかしがって、俺の後ろから出て来なかった。


「あ、藤田のじいさん、二人にお年玉ありがとうございます。」

「いい、いい。そんな堅苦しいのはいい。そっちの坊の方がなぁ、ちっせぇ頃のお前にそっくりで……懐かしくなったわ。」

俺のはじめてのおつかいも、藤田のじいさんのあんこ屋だった。小さい頃は、俺もポロみたいに泣き虫で、お金を渡す手が震えた。そんな記憶がある。


「ここからの景色も懐かしいわ……。」

ここからは、近くの山々が見渡せる。

「お前の親父ともよくここで飲んだなぁ……。」

藤田のじいさんは俺のじいさんの親友だったらしい。じいさんが亡くなってからは、親父とよくここで飲んでいた。


そこへ葵が酒とお猪口とつまみを持って来た。

「おつまみ、こんなものしか無くてすみません。」

おつまみは、お裾分けした焼豚と同じだった。

「いい、いい。出してもらえるだけありがたい。あ、そうだ。これ、冷凍庫置いといたこしあんだ。もう作らねぇから、最後のやつ。食べてくれ。」

「いただいていいんですか?」

「あんこ!」

ルンは藤田のじいさんが開けたあんこを見て興奮した。そこには、薄く小豆色をした、白いこしあんが入っていた。


「ポロ~!ポロ~!あんこだよ!」

「綺麗なこしあん……。ありがたくちょうだいします。」

葵はそう言ってこしあんを受け取った。

「坊があんまりがっかりした顔をしてたから…………まあ、食わせてやってくれ。」

ポロは俺の後ろから出て来て、目を輝かせてこしあんを見ていた。


「ありがとうございます。じゃ、お汁粉にしていただこうか?」

「うん!ルン手伝う!」

「僕も!僕も!」

そう言って三人は台所へ行った。


俺と藤田のじいさんは小さなお猪口を合わせて乾杯をした。久しぶりに飲んだ日本酒は、辛口で美味しい酒だった。

「藤田のじいさん、ありがとう。二人に、じいさんのこしあん食べさせたかったんだ。めちゃくちゃ旨いって話したら二人で買いに行くって言い出して……もう、作ってないとは知らなくて……。」

「俺ももうこんな歳だ。力仕事はもうえらい。跡継ぎもおらんしな。」

「そっか……。」


静かな時間が流れた。台所の方で、三人が嬉しそうにお汁粉を作っていた。

「お砂糖、これくらい?もっと?」

「味見する?」

「僕も!僕も!」


すると、藤田のじいさんが少し酒を飲んで、口を開いた。

「紅坊、お前、いくつになった?」

「じいさん、もう坊って歳じゃないよ。今年で31。」

「ほうか……もう31になるだか。」

藤田のじいさんはそう言うと、また山の方を見た。


「もう、狼にはなったか……?」


え…………?


「紅坊が戻って来たって聞いた時から、そうじゃねぇかと思ってたんだ。」

「じいさん、それ、知ってたの?」

「おお、お前のじいさんも親父もそうだからな。」

もしかして、ここの地域のみんなは知ってる?

「心配すんな。知ってるのは俺だけだ。俺も誰かに言うつもりもねぇ。」

藤田のじいさんだけなのか……。


「この前、山で狼を見かけてな。緑葉の名前を呼んだら、近くに来た。」

それは……緑葉、親父の名前だった。

「親父は母さんと台湾にいるんじゃ……。」

「母ちゃんから聞いてねぇか。親父さんいなくなったって。」


やっと、何故葵が雇われるようにここにいるのかわかった。母さんは、消えた父さんの帰る場所を、残しておきたかったんだ……。


じゃあ……じゃあ…………俺もいつか、狼の姿のまま人間に戻らず、あの山に行く事になるのか……?


親父や、じいさんのように…………。


そう思うと…………絶望感しか無かった。


「紅坊…………お前……。」

藤田のじいさんは酒を飲む手を一瞬止めた。そして、酒を一気に飲み干した。

「そろそろ冷えて来るな。そろそろおいとまするか。」

気づけば、日が傾いて来ていた。


藤田のじいさんは立ち上がると、俺の頭に手を置いて言った。

「心配すんな。お前は1人じゃねぇ。支えてくれる人がいるじゃねぇか。」

それは…………葵の事?

「お母ちゃんを大事にしてやれよ。」

それも…………葵の事?

「じゃあな。またな。紅坊。」

そう言って、藤田のじいさんは玄関へ行った。


「お母ちゃん、帰るよ。ごちそうさん!」

「おじいさんもうお帰りになるんですか?ちょうどお汁粉できあがった所なのに……。あれ?紅葉君は?」

「それはそっちで食ってくれ。じゃ、あんがとさん。」

そう言って藤田のじいさんは帰って行った。


「紅葉~!フサフサ~!」

ルンとポロは俺の姿に気がついて、抱きついて来た。


ちょ…………口にあんこついてるから!毛にあんこつくから!



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