当たり前の事
4
俺は、ルンとポロが買い物に行っている間、スーパーの外で待っていた。昼下がりのスーパーは、人の出入りが少なかった。
すると、…………見知らぬおばさんが俺を見て言った。
「大きな犬ねぇ……。やだ、この子首輪してないわ!野良犬かしら?保健所に連絡した方がいいかしら……。」
保健所!?犬じゃないのに!?まぁ……こんな所に狼がいるとは思わないか……。保健所?保健所って…………
俺は頭の中で最悪のシナリオを考えていた。保健所→捕獲→マンションで飼えない大型犬→貰い手無し→殺処分
殺処分…………!?逃げよう!!
でも……ルンとポロがまだ……!!
どこか……どこかに隠れよう!とりあえず、自動販売機の影に隠れた。どうか……どうか……見つかりませんように。見つかっても、役所に通報されませんように……。
い、いや、野良犬なんて普通どこにでもいるもんだろ?普通……普通…………いねぇよ!今時、野良犬がフラフラしてる所なんか、見た事ねぇよ!怖い…………捕まったら殺される!!野良犬じゃないのに……。犬じゃないのに……!!
自動販売機の隅で丸くなって、震えながら待っていた。すると今度は、ルンやポロより大きい子供がマスクをしてやって来た。
「あ、動いた!本物だ!」
そんなに驚くか?少年……。
そうか……!!動かなければ、ぬいぐるみのふりができる!?偽物になりきればいいんだ!そう思って固まっていると……
「お母さん!こいつ全然動かない!」
「あ!犬に触っちゃ駄目よ!犬は色んな菌持ってるんだから!」
は…………はぁ?勝手に触ろうとしてバイ菌扱いかよ!こいつの方が明らかに菌持ってるだろうが!!
「ゴホッゴホッ!」
さっきから咳き込みまくってるぞ!?
「お前、偉いな。主人の帰りを静かに待ってられる、賢い犬だな!」
少年は、屈託の無い笑顔で俺を誉めた。
…………褒められた。
いや、だから犬じゃないし。あいつら主人じゃないし。
でも、俺は…………こんな風に素直に褒めた事があったか?あいつに、少しでも褒めてやれてたら…………
俺は会社の後輩の事を思い出していた。仕事ができなくて、ろくでもない奴だったけど…………悪い奴じゃなかった。
そんな事を考えていると、ルンとポロが帰って来た。
「遅い!!早く帰るぞ!!」
「うんしょっ!」
え…………?何買ったの?
「重そうだな……。何買って来たんだ?」
「紅葉が何でも好きな物買っていいって言ってたから……ジャーン!」
「メロン!!」
め、メロン!!メロン…………メロン!?
「はぁ?!ふざけんな!普通、弁当とか、パンとかだろ!?」
「…………。」
「…………ごめんなさい。」
そう言って二人は泣き出した。
ああっ!そんな大声で泣いたら目立つ!!
「あ、いや、いいんだ!俺も、俺もメロン好きだし!」
「紅葉、メロン好き?」
「…………良かった。」
俺のフォローに二人は涙を拭きながら抱きついて来た。
こいつらは…………当たり前の事が当たり前にできない。
今は俺も同じだ。それなのに…………二人きりで買い物へ行った事を、むしろ褒めるべきなのに……。待ってるだけの俺が、怒る資格なんてどこにもない。そういえば、後輩も言っていた。
『里梨さんが当たり前に出来る事、全ての人が当たり前に出来る訳じゃないですから。』
俺はあの時、犬だったから少年に褒められた。人間だったら褒められたりしない。求めている能力以上の事をやれたら褒められるんだ……。俺は、こいつらに一体何を求めていたんだろう。こんな、何も出来なくて当たり前の幼児に……。