帰ろう
27
あれは、高校3年のこの時期だった気がする。受験勉強をしていた事以外、この頃の記憶がほとんどない。この頃の伊沢さんは、良くも悪くも、印象に残らない人だった。でも…………今、思い出した。
「里梨君、犬…………」
え…………?
「犬、飼わない?」
ああ…………そうゆう事……。
「2匹の子犬を拾ったんだけど……貰い手がいなくて……。」
そうだった……。伊沢さんは…………葵は、寂しい動物を放っておけない、お人好しだった……。
「もう、名前つけちゃった。メスがルン、オスがポロ。」
ルン…………?ポロ…………?
その犬、結局どうなった?え?もしかして鶴の恩返し的な?いや、俺は何もしてないし。それともルンとポロは仲間とか?狼人間仲間とか?
雨が降っていた。霧のような小雨だった。山は冷える。吐く息が白くなった。
「寒い……。」
葵、早くここを離れよう。歩けるか?俺は葵の袖を咥えて引っ張った。少し遠回りだけど、こっちから帰ろう。とにかく、山を降りよう。でないと、土砂崩れに巻き込まれたりしたら…………命に関わる。
「ルンとポロの事…………覚えていてくれたから、自分の子にあだ名としてつけて呼んでるんだと思ってた……。」
俺は…………全然覚えてなかった。ずっと自分の事に必死で、犬の事なんか……。今だって……二人を育てるような余裕は無い。
「パパ~!ママ~!」
遠くで、声が聞こえる。ルンと……ポロ?家にいるはずじゃ…………
「ルン!ポロ!こっちに来るなよ!入り口の所で待ってろ!必ず!必ず葵を連れて行くから!!」
葵、帰ろう!!
「うぇええええん!」
「うわぁああああん!」
二人が泣いてる……。
「二人が泣いてる……!帰らなきゃ!紅葉君がいないなら、あの二人には、私しかいない。」
葵はそう言って崖を登り出した。マジか…………。足、怪我してるのにここ登るの?!こっちに道あるんだけど……。伝わらないって大変だ。俺は今にも落ちそうなお尻を頭で押し上げた。少し登ると、頭を蹴られた。痛っ!
「あ、ごめん。当たっちゃった!」
葵…………狼の姿だからって扱いヒドくない?
葵は登りきると、すぐに山を降りて行った。俺は遠回りして、崖を登り、葵の後を追った。
俺が山の入り口に着いた時には、三人で抱き合っていた。
「大丈夫。大丈夫だからね。不安にさせてごめんね。」
「……ごめんな。ルン、ポロ。」
「紅葉~!!」
ポロがこっちに気がついた。葵が俺を見て言った。
「あ~あ、やっぱりこの子ついて来ちゃった……。野犬って飼って大丈夫なのかな?飼うなら飼い犬登録と注射が必要だよね……。」
「注射必要なの~?」
「あと首輪も……。」
完全に犬として飼おうとしてる!?
「本当は紅葉君に相談してからと思ってたけど…………仕方ないよね。」
そう言って葵は俺の頭を撫でた。
…………これは仕方ない。
まぁ、実際のただの犬だったら1度は反対してたとは思うけど。
まぁ…………それで、三人の側にいられるなら…………飼い犬でもいいか。
「せめて、紅葉君と同じ名前はやめない?」
「紅葉は紅葉だもん!」